第8話




「しかしお二方とも実にお美しい。シェリル先生は勿論、そこの黒髪の君も共に食事なんてどうですか? 最高の体験をお約束しますよ」


「いえ、私は……」


「私だけなら兎も角、これから教え子になるであろう相手まで口説こうとするのはどうかと思いますよミスタ・ベルメール」



エリンと意外な再会を迎え、しばし言葉を交わした後に部屋を出ると、そこには廊下の壁にもたれかかったシェリルとエミリアが不機嫌そうな顔で一人の男に応対していた。


気障ったらしい金髪を靡かせ、いかにも自信に満ち溢れた表情で彼女達を必死に口説こうとしている。服装も高級感を演出しようと煌びやかな装飾がいくつも付いているが、生憎とこの学院の雰囲気には全く合っていない。金の使い所を間違えているとしか言いようが無いだろう。


横顔は確かに悪くない。世の中を知らない世間知らずの女学生であればすぐに落とせるだろう。だが、残念ながら彼が口説いているのはそんじょそこらには居ない美女二人だ。


貴族の子女であるシェリルはこういった手合いなど見慣れているだろうし、エミリアに至っては愛想の良い男ほど信用がならないと再三言い聞かせている。まあそれが無くとも、彼女ならば相手の本質をある程度見抜けるだろうが。


と、私が学院長室から出てきた事に漸く気付いたのか、シェリルが男から視線を外してこちらを見る。



「おや、話は終わったのか? 学院長にしては随分と長話だったようだが」


「この短さで長話なんですか……」


「その通り、あの学院長はとにかく話が短い。要点を掻い摘んで話す……というよりか要点しか話さないからな」



口を開けば無駄な罵倒ばかり出てくる前世の彼女からは考えられないが、序盤の対応を見るに間違いでは無いのだろう。

一体どこでああも性格が捻じ曲がったのか甚だ疑問である。少なくとも完成した直後はしっかりとメイド然とした口調ではあったのだが……私に対応する時もあの位簡潔に済ませられないものだろうか。



「それは初耳だな……ところで二人とも、この男は誰だ?」



私が露骨に顎をしゃくると、言われた男は面白く無いのかあからさまに不機嫌そうな顔をする。私としてはいつもの様に聞いてみただけなのだが、どうにもこの聞き方は相手の機嫌を逆撫でするようで毎回相手が激怒してしまうのだ。


いい加減変えるべきか、とも思ったが怒っている相手からは本音を聞き出しやすくもなる。それに面倒臭いという理由もあって、結局直すこともなかった。



「これはこれは、我が校の学生ともあろう者が当の学校の教員を知らんとは! 最近の生徒は質が低いのか、それとも君が無知なだけなのか。これでは我が校の品位が知れるというものだよ」



男が自らの前髪を弄びながら、仰々しい仕草で話し始める。パーマの掛かった髪をくるくると回す動作は、見れば見るほど実に腹立たしい。端的に言えばイライラする。


というより、この男は自身が知られている事を前提に動いているのだろうか。もしそうだとすれば自信過剰にも程があると思うのだが。



「品位だか何だか知らんが、霊機鎧を作る為にそいつは必要ない。そもそもこちらが名前を聞いているのだから、まずは自己紹介くらいしたらどうだ?」


「なっ──教師に向かって無礼な! まずは丁寧に頭を下げ、自身の名前を名乗ってから私に乞うのが礼儀だろう!」


「なんだ、学校の教師ともあろう者が生徒の名前も知らないのか? これではこの学校のレベルも知れたものだな」


「っ、貴様ァ!」



先の発言を少し弄ってそのまま返すと、たちまち男の顔は真っ赤に染まり、暴言を吐きながら詰め寄ってくる。どうやら自身に対する煽りには極端に弱いタイプの様だ。嫌味を武器にしていても、熱くなってはその一つも出ないだろうに。


流石にこれ以上は不味いと感じたのか、シェリルが腕を伸ばして男を止めに入る。



「落ち着けミスタ・ベルメール! 相手は生徒だぞ!」


「それがどうした! 無礼な生徒には正当な教育を施すべきだろうが!」


「問題になったら追い出されるのは貴方だ! 頭を冷やせ!」


「っ……」



拘束から逃れようと藻搔いていたが、それでもシェリルの力の方が強かったのか、暫くすると歯噛みしながら暴れる事をやめる。


だが、怨みのこもった目線はこちらに向けたままだ。だからどうという事もないが、ただ鬱陶しくて仕方がない。



「……興も冷めた。私は失礼する。お嬢様方は食事の件、是非に考えてくれたまえよ」



背中に着いた高級そうなマントを翻し、何処かへと去っていく男。そのマントは一体何の意味があるのか、そもそも名前をまだ聞いていないとか色々と謎な部分はあるが、捨て台詞にも口説きを忘れないその根性はある種中々だ。


彼の後ろ姿を見送ると、シェリルは一つ溜息をつく。



「ふう……どうにか大事にならずに済んだか。ロムウェル、腹立たしいのは分かるがあまり挑発するのは止してくれ。あれでも彼はそれなりの大貴族の子息なんだよ」


「挑発? 悪いが私としては余り挑発の意を含めたつもりは無いのだが」



実際挑発したのは相手の言葉を意趣返しに使った時くらいである。それ以外は全て素の心情だ。



「自覚無しか……彼のクラスに君が配属されていないのがせめてもの救いだな」


「そんなものこちらから願い下げだ。ああいうタイプは往々にしてプライドばかり高く、その癖中身が無い。くれぐれもエミリアを奴のクラスに入れてくれるなよ? 仮にそうなったとしたら、私はカガリを使ってでもこの学園から出て行くからな」


「に、兄さん……過保護が過ぎますよ……」


「君の妹に対する執念は筋金入りだな……まあ、あの男が軟派な奴だというのは知っていたからな。君が嫌がると思って、担任はしっかりと別の教師にしておいたよ」


「ならば良い。仮にも国一番の学院ならば、アレ以下人材はそうそういないだろうと期待しているからな」


「だから君は……ああもう、せめて当人の前でそういった物言いは控えてくれると嬉しいんだがな。これからの学園生活が著しく不安だよ」



嘆息するシェリル。別に憂うことなど何も無いだろうと疑問に思っていると、背中にエミリアからの平手を受けた。



「もう! そういう言い方はいけませんって前にもいったじゃないですか! 友達が出来なくなりますよ!」


「ぬ……し、しかしだなエミリア。お前に張り付こうとする害虫を払っておかなければ……」


「しかしも案山子もありません! 他の人を馬鹿にするような兄さんは嫌いです!」


「き、嫌い!? まて、落ち着け、分かった! 出来る限りそういった言動は控えよう。ああ、控えるとも! 相手を尊重して会話すると約束しようじゃないか。だからそんな事を言わないでくれ!」


「……そして本当に妹に弱いな君は……」



背後で苦笑いを浮かべるシェリルの事など露知らず、私はひたすらエミリアに向かって頭を下げ続けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る