中
第6話
「こ、これが王立セレスティアル
何も知らずに見なければ、一国の城と見紛うほどの荘厳な威容を放つ白亜の学び舎。仰々しい門構えも相まって、どこか侵し難い神聖な雰囲気が漂っている。
現に私の隣に立っているエミリアは、実に緊張した面持ちで遥か聳え立つ学院の天辺を見つめている。
ふむ、普段の大人びた雰囲気は好みだが、こういった実に初々しい態度も新鮮でなかなか良いものだ。
そんな私達を緊張していると捉えたのか、背後に立つ一人の女性が私達の背中を叩く。
「ふ、そう固くなるな。見た目こそ堅苦しいが、中に入ってみれば大した事はない。リラックスしていけ」
このやけに気安い女性はシェリル・アマルガム。王国随一のアマルガム家唯一の息女であり、王国所属の霊機鎧大隊を統べる隊長。そしてさらに、このセレスティアル学院の一クラスを受け持つ教員でもある。
普通の村民には考えられない、生きている内では目にする事も無いであろう雲の上の存在。そんな彼女と何故私達が行動を共にしているのか。
話はおよそ一週間前に遡る。
◆◇◆
「わ、私達がアカデミーに……ですか?」
私が伏しているベッドの側で、エミリアが疑問の声を上げる。
村を襲撃され、過去の遺物である『オリジン』を起動してから三日ほど経った日の事。そして『カガリ』ごと回収された私が目覚めてから三時間程経った時の出来事でもあった。
少し離れたところに立つ、ぴっちりとした特殊なスーツを身に纏う一人の女性が、彼女の問いに答える。
ともすれば痴女として通報されそうな姿格好だが、この服装が霊機鎧と
「ああ。出自不明の特殊な機体を駆る少年に、見目麗しいその妹。言い方は悪いが、これはもうただの村人として収まる事態ではないのだよ」
彼女こそがシェリル・アマルガム。辺境で起きた異変を受け、真っ先に飛んで来た大隊長だ。恐らく私が意識を失う直前、遥か彼方に見たあの機体であろう。全くタイミングが良いと言うか。
貴族の子女らしく、丁寧に手入れされ枝毛一つない金髪に、珠を弾くような真っ白い肌。光に照らされキラキラと輝く碧眼など、客観的に見て美人である事は事実だろう。
おまけに身体のラインを強調するようなタイトスーツを着ている事で、自然と視線はその巨大な双子山に吸い寄せられ……ゲフンゲフン、何でもない。
最も、美しさでは我が妹に遥か及ばないがな。
しかし最も特徴的なのは、唯一剥き出しになっている右手の甲、そこに刻まれている紋章だろう。
血統紋。貴族が貴族たる証拠として、貴族の血を引いている者には、身体のどこかに黒で描かれた紋章が現れるのだ。形は家ごとに変わり、出生した時から刻まれているので偽装も効かない。
なんでもこの紋章を以て、貴族は自分たちが選ばれた証拠などと吠えているのだからちゃんちゃらおかしい。
前世で検査してみた結果、この紋章は魔力を持った者同士が積極的に近親婚を繰り返した結果、近しい魔力同士が凝縮を繰り返し生まれた、ただの偶然の産物である。
確かに保有魔力量が増えると言うメリットはあるが、所詮恩恵としてはその程度。それを有難がって自身たちのプライドの拠り所としているのだから腹を抱えずには居られないというものだ。
かく言う私も前世では貴族。立派な血統紋を持って生まれたのだが、両親とは紋の形状・サイズなど何から何まで違った為に、不義の子として家を追い出されたのだ。
まあそんな親でも欠片ばかりの愛情はあったのか、追い出されたのは物心付いた十五の頃。その時期にはもう自身の状況を理解し、様々な開発品を売り払う事で私財を蓄えることが出来た為特に苦労はしなかった。
因みに紋の形が違ったのは不義を犯した訳ではなく、純粋に私が突発的に生まれた天才だったからというこの上なくシンプルな理由だ。
血統紋は魔力に左右される。この事実が知られていなかった為に起こった不幸な──といっても不幸になったのは私の両親ぐらいだろうが──事故である。
因みに血統紋の真相は、一応論文にして世間に公表はしておいたが、それが日の目を浴びる事はなかった。恐らく都合の悪い事実として貴族たちが握り潰したか、隠蔽を施したのだろう。
まあ、私からすれば片手間ついでの研究に過ぎない為無視されようがどうでも良かったのだが。というか実際、こうして再び貴族を目にするまで記憶から飛んでいた。あの論文、資料くらいは何処かに残っていないだろうか。
……おっと、話が逸れた。要するに、目の前の女性は本来平民とは関わらない筈の貴族サマであるということだ。そんな彼女の提案はおよそ急な話であり、こちらも想定していなかった事態である。
「……まだ若い君たちには急な話かも知れないが、こちらにもあまり余裕がないんだ。いくら書類を改ざんしても、例の所属不明機と争った何者かがいるということは隠せない。そうなれば必然的に、唯一の生き残りである君たちが疑われてしまう」
「唯一? まさか、離れた場所には私の両親が……」
「……兄さん」
そっと私の手を掴み、悲壮な表情でゆっくり首を振る。それだけで、彼女の言わんとしていることが理解できてしまった。
「……そうか」
慈愛深い、とは口が裂けても言えないが、それでも私のような気味の悪い男を息子として真っ当に扱っていた節を見ると、それなりに可愛がって貰えたのだろうという自覚はある。少なくとも、前世の両親よりはマシな対応だった。
家族としての情はある。が、泣くほどではない。現に涙は出ていないし、妹が死ぬことを想像したほうがよほど泣くことが出来るだろう。冷酷、といえばその通りなのかも知れない。
だが、胸に去来する寂しさだけはどうしても拭えなかった。つい昨日まで目にしていた父の仏頂面、母の笑み。それがもう二度と見られないというのは、なんだか実感の湧かないものだった。
「……すまない。私たちがもっと早く駆けつけていれば」
「早く来ていれば村人の犠牲一つなく終わっていたとでも? 自惚れるな。突発的な襲撃へと完璧に対処できるなら人死になど起こらんよ」
「だが、それでも私たちの行動は遅まきに徹していた。せめて君たちが襲われる前に間に合っていれば」
「くどい。仮にそれが間に合っていたとして、貴様は他の村人の命が奪われたことを悔やまなかったのか? 違うだろう? 出来ないことを悔やむのは悔恨ではなく、唯の傲慢だよ」
私の物言いを受け、プルプルと握りしめた拳を震わせるシェリル。不遜な物言いにエミリアが慌てる一方、プライドを傷つけられて怒ったか? と冷めた目線で観察していたが、予想に反してそれを爆発させる事無く震えを収めた。
「んっ……そうだな。君の言うとおり、もう後悔するのは止めにしよう。だが、学院行きの件に関しては、それとこれとは別問題だ」
「チッ」
思わず舌打ち。彼女へと説教したのは本心もあるが、最も大きな理由としては彼女の提案から話題をそらすことがメインの目的だったからだ。
「ん? 今舌打ち……」
「それで、どうしてもその何とか学院に入らなければいけないんですか? 私はあまり行きたくないのですが」
シェリルの疑念を無理やり押し留める。やや押し気味で言ったのが功を奏したのか、そのまま押されるようにして話題は移り変わった。
ちなみにエミリアはしっかりとわかっていた様で、冷たい目をこちらに向けていた。つらい。
「だが、国一番の接続者養成学校だぞ? 入れば霊機鎧の
「ずいぶんと上手い話ですね。裏がことさらに気になりますよ」
第一、霊機鎧のことならばこの世界のだれよりも詳しい自信がある。それなのにそれを一から学びなおすなど、大人が小学校から算数をやり直すようなものだ。確実に退屈になる。
それに、私には専用機として《オリジン》シリーズの一つ『カガリ』がある。あれは私以外の魔力では反応しないよう特注で作ったものだ。たとえ接収されても他の奴らに動かすことはできないだろう。
つまり、私には行く理由がないのだ。将来を安泰にするのであればそれは妹だけでいい。私は私自身の力で切り開くことが出来る。
「え……兄さん、行かないんですか……?」
「ああ、もちろん行くとも。エミリアの行くところならば大抵の場所には行くさ」
と思ったがやはり行くことにした。プライド? そんなもの犬にでも食わせておけ。
そもそもエミリアの涙目上目遣いによる懇願を断れる男がこの世にいるのだろうか? いや、ない。仮にいたとしたらそいつの命を絶ってやる。私のほかにこの目線を向けられる男がいたらそいつの命も絶ってやる。
「……まあ、来るならいいんだけど」
シェリルのじっとりとした目線は見なかったことにした。
◆◇◆
そんな訳で本来貴族しか入れないセレスティアル学院に、私とエミリアの二人は推薦枠で入学したというわけだ。他にも平民階級の生徒が居ないわけではないが、それでも数はかなり少ないらしい。
私にとってはどうでもいい話だが、エミリアに至っては普通の少女だ。友人の一人や二人、作っておかなければならないだろう。大きなお世話かもしれないが、これは兄として仕方のない気遣いだ。ぜひ許してもらいたい。
だがその過程で、彼女が平民であるからと馬鹿にされるようなことがあれば、そいつの頭を捻じ……おっと、ゆっくり話し合う必要があるだろう。
「よし、とりあえず学院長室に行くとしよう。目通りが叶えば、その後に各クラスへ案内だ。私のクラスに配属されることを祈っているよ」
パチリ、と器用にウインクするシェリル。彼女は若干面倒なタイプだと気付いたのも一週間前だったな、と思い出した。
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