第3話
成熟しきっていない少年の体が、枯れ枝のように宙を舞う。
一体自身はどうなっているのか。何故こうなっているのか。ぐるりと回っていく視界に考えを巡らす余裕もなく、私は思い切り地面へと叩きつけられた。
「ガッハ!?」
背中から落ちたため、肺の中の空気がすべて吐き出される。まともな受け身も取れなかったせいで、あちこちの骨が軋みを上げていた。
土まみれになって痛みに悶える私に、重厚な足音が近づいて来る。必死になって態勢を整えると、その足音の主を懸命に睨みつける。
『チッ、
魔導人形からブツブツと文句を呟く男の声が漏れる。
後者ならばまだ救いがあるが、だとしてもこの村の崩壊具合を見れば隙を見て出し抜くというのはとても楽とは言えない。
自身は傷だらけで、周囲は炎まみれ。おまけに目の前には敵と、状況はかなり絶望的だ。思わず舌打ちが漏れる。
『あー、とりあえずそこのガキンちょ君。ちょっとだけお兄さんの質問に答えてもらってもいいかな?』
ずい、と目の前に突き出される銃口。言葉こそ疑問の体を成しているが、その実ただの脅迫と変わりない。血が流れ出ている右肩を押さえながら、私は冷静さを取り繕い無表情を装う。
目の前に突き出されている銃。これは恐らく、霊機鎧に扱われるエネルギーの霊子を利用し、破壊力を高めた霊銃だ。基本理論は私が過去に構築していたが、破壊力が高すぎる為使う事も無いと開発を停止した兵器の一つ。
もしや、弟子の誰かが持ち出して完成させたのだろうか。だとすれば実に余計な事をしてくれたものだ。霊銃は理論上の破壊力ならば現存する兵器を大きく上回り、それでいて個人でも運用出来るサイズと取り回しが良い。先程肩が抉られただけで済んだのは悪運が良かったのだろう。
だが、こうも目の前にあればそうは行かない。次に食らってしまえば、私の体はまず間違いなく消し炭になる事だろう。
とにかく時間を稼がなければ。その一心で、私は彼へと話しかける。
「……何かな。質問なら手早く済ませてほしいんだけど」
『まあまあ、そうカリカリすんなって。すこーしだけで済むから……よっ!』
「ガッ!!?」
人形の右足が、思い切り傷口を踏み抜く。脳内に伝わる痛覚がオーバーフローを起こし、視界に火花が散った。
幸いにして右足はすぐ退かされたが、傷口は確実に広がってしまった。このままの出血量では、そう遠くない未来に命を落としてしまう。
『んで、ちょっと質問なんだけどさぁ。この村で霊機鎧って見たことある? あるならお兄さんにちょっくらその場所案内して欲しいんだよね。この辺の土地勘あんまり無くてさぁ』
痛みに悶える人間を前にして、この霊機鎧の操縦者は『道に迷ったから案内してほしい』程度の口調で話しかけてきている。
まず間違い無くこの男は異常者だ。人を痛めつけても何とも思わないような精神性に、その痛めつけた人間をさらに痛めつけるような残虐性。こういった手合いの人間には、大抵話し合いは通用しない。
だからこそ、この状況を脱却するには機会が必要となる。私から一瞬でも注意を外せるような何かが。
「……済まないが、寡聞にして知らないな。私はあまり村で活動する機会が無くてね。それよりも、ほかの村人に聞いてみたらどうなんだ?」
『いやー、そいつはもうしたんだけどさ。如何せんだーれも知らないのよ。肝心の村長とかは『ワシは知らん!』とか繰り返すだけで何も言ってくれねぇし、ムカついちゃったから殺しちゃった♪』
「それは物騒な話だな。だが、残念な事だろうが私も何も知らないんだ。他を当たってくれ」
『んー、そうするべきかねぇ』
ただひたすらに、奴を刺激しないように。それを心がけて会話する。このまま話が終わって、ハイそうですかと相手が見逃してくれる筈がない。せめてこの短い会話でわずかにでも注意が逸れれば、回路を起動して魔術で逃走することが――
『じゃあ、とりあえず殺しとくわ!』
「っ!!」
だが、この男に細やかな駆け引きと言うのは通用しなかった。自身の要求に応えるなら生かす、応えられないなら殺す。そんな単純な行動原理に基づいているのだろう。私にとってはまさに最悪、絶体絶命の状況だ。目の前に突き付けられた銃口には、既に煌々と輝く霊子が充填されている。あとは奴が引き金を引くだけで、私の体は消し炭に代わる。
二度目の人生もここまでかと覚悟を決め、せめてもの抵抗に人形の顔を睨みつける。
人形という言葉からは程遠く、単眼のいかにも機械的なデザインをしているその顔が歪むことはない。だが、この機体を操っている奴の顔が歓喜に染まっているであろうことは嫌でも理解させられた。
『それじゃあバイバイ♪』
そして、トリガーが引か――
「――兄さん!!!!!!!」
次の瞬間、どこか聞き覚えのある声が響く。
『あン……?』
「……っ、回路接続!! 『
誰の声か、そんな事は一瞬で分かる。長年一緒に暮らしてきた仲だから。
だが、それを確認してしまっては絶対に私の手は止まってしまう。故に、声の方向は決して見ずに行動を開始した。
自身の顔に向けられていた銃身を思い切り蹴りつけ、射線を大幅に逸らす。ただの十七歳には到底無理な芸当――魔術のブーストが無ければ、の話だが。
案の定、唐突に起きた出来事に成す術など無く人形はあらぬ方向に誤射。遥か彼方の青空に、一条の閃光が伸びていった。
「『
そして、地面に転がっていた石を掴み強化。鋭利になったその先を、銃身からホースのように伸びた管の部分に叩きつけた。
霊銃ならば、必ず人形の
今切断したのはその補給箇所であり、霊銃の生命線でもある。これで少なくとも、遮蔽物の陰からいきなり打ち抜かれるという心配は無くなったわけだ。
当然、その開発者であるのも他でもないこの私だ。霊子を活用し、運用することに関しては誰にも後れを取ることはない。少なくとも、私が開発した技術である以上は。
狙い通りにホースは真っ二つに分かれ、切断面からスパークを散らす。だが、この事に気づけば奴はなりふり構わず私達のことを襲いに来る筈。ならば、それまでに人形から距離を取って置かなければならない。
「っぐ、『
肩が著しく痛むが、それを気にかけていられるほどの余裕は無い。なけなしの魔力を払い、どうにか呪文を発動させる。
強化された脚力を存分に生かし、私は先程の声の主ーー妹の元へと駆け寄った。
「に、にいさ――」
「説明する暇は無い。舌を噛むなよ」
何かを言おうとしたエミリアの腰を抱き、一気に駆け出す。
『ヒハハ!! やってくれるじゃねぇかクソガキがよぉ! 楽しい鬼ごっこと洒落込もうか!」
背後から響く狂気の声。あてども無い、命懸けの逃避行が始まった。
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