第2話




暫く歩を進めていると、前にはゆっくりと歩いているエミリアの姿が見えてくる。彼女の方が荷物こそ少ないとは言え、魔力で強化された私の方が速度としては上なのは自明の理である。その為、遠くに見えていた彼女の背中はあっという間に目の前まで近付いた。


ポンポン、と人差し指を立てながら彼女の右肩を叩く。振り向いたら頰に刺さり、少々間抜け面になるという良くある悪戯だ。

私の思惑通り、くるりと振り返った彼女の頬に指先が埋まる。ぷにん、とした柔らかな触感が心地いい。


「……なにひてるんですか、にいふぁん」


「ふむ、ちょっとした悪戯心の暴走だ。許せ」


頰を突いているせいか少し覚束ない発音になっている為、いくら凄んで見せても恐怖は感じられない。それどころか、妹の愛らしさが強まった様な気もする。心地良い感触も相まって、正直もう少しこのままで居たい様な気もする。


だが、いつまでもこうしてエミリアの機嫌を損ねる訳にもいかない。名残惜しさを胸の内にしまい込み、彼女の肩から手を離す。


「まあそう怒るな。これも愛情表現の範疇だよ」


「全く、兄さんは……せめて少しでも反省の意思を見せたらどうですか? 兄さんに謝られると謝られてる気がしないって父さんも言っていましたよ」


呆れた様に溜息をつくエミリアの頭を撫でようとするも、敢え無く延ばした手は払われる。悲しい。


「これでも心は込めているのだが……まあ別にいいか。エミリアに愛情さえ届けば、他は特にどうでもいい」


「はいはい、わかりましたからもう行きますよ」


「……昔は顔を赤くして愛らしく照れていたのに、最近は冷たいな……これが慣れか、マンネリか」


随分と逞しく育った妹の後姿を見て、安堵とも落胆ともつかない溜息が口から漏れ出る。エミリアの変化を兄として喜ぶべきか、悲しむべきか。


と、そんな下らないやり取りをしていると、何処からともなく甲高い飛行音のような音が聞こえてくる。エミリアも気付いたようで、何の音かと辺りを見回しているようだ。


「……この音は」


瞬間、吹き荒れる突風。


「きゃぁ!!?」


「くっ!」


咄嗟に妹を庇い、暴風からの盾となる。それでも彼女にとっては十分に脅威だろうが、気休めにはなるだろう。


幸い、突風は長く続かずにすぐ収まる。原因となった何かが過ぎ去っていった方向を見やるも、既に下手人は遥か彼方に飛び去ってしまったようだ。


「あれはまさか……」


「そ、その、兄さん……そろそろ離してくれると有難いのですけれど」


ふと自身の胸元から当惑したような声が聞こえてくる。勿論私の胸がそんな事を言っている訳が無い。声の主は我が妹だ。


どうやら庇う際に偶然抱きすくめる形になったらしく、丁度彼女の顔が私の胸に埋められている。ふむ、流石に妹とは言え、運動後の男子の胸に飛び込ませるのはデリカシーが足りなかったか。


「おっと、すまない。他意はないんだ」


直ぐにエミリアを離すも、彼女は私に目線を合わせようとしてくれない。これはいよいよ嫌われてしまったか、と心配しながら表情を確認する。


「む、若干顔が赤い……?」


「き、気の所為です! ええ、気の所為ですとも! 案外胸板が逞しかったとか、そんな事は断じて! ええ!」


「そ、そうか……」


何か勝手に自爆してきたような気もするが……まあ、うん。気にしたら負けという奴だ。


エミリアはコホン、と一つ咳払いをするといつもの調子を取り戻す。


「それよりも、先程のあれはもしかして霊機鎧でしょうか? 姿は良く見えませんでしたが……」


霊機鎧ギアメイル。それは前述の魔力とも違った特殊なエネルギー、霊子レイによって動く傀儡の事である。

傀儡の形は様々あるものの、その機体と霊子接続レイラインを結び意識を憑依させて動かすという基本機能は全てに共通しており、この世界における重要な要素となっている。この世界が私の元いた世界だと確信を持った原因でもある。


……まあ、元々私が研究していた時と比べると、随分本来の目的から掛け離れた存在となっているようだが。

とはいえ、現在の霊機鎧は恐らく私の弟子によって独自の発展をしてきた、最早別物とも言える存在である。これについて私が愚痴愚痴と言うのもお門違いだろう。彼らの行動に対して碌に指示もしなかった為、仕方の無い結果だ。


話が逸れたが、恐らく先程のは霊機鎧で間違いないだろう。だが、一体何故こんな辺境の田舎に? あれ程の性能であれば恐らく戦闘用の霊機鎧だろうが、ここは戦略的に重要な場所でもなければ、要人が居る訳でもない。

……いや、強いて言えば私は要人か。何しろ霊機鎧を開発した当事者である。私が生まれ変わっているのは両親を始め、我が妹ですら知らない情報だが、何かしらの方法で発覚したという可能性も捨て切る事は出来ない。


「あれは村の方角か……どうにもキナ臭いな。エミリア、お前は一度家に帰って両親と合流しろ。私は村へ行く」


「兄さん、それはどういう……」


「良いから言う通りにしておけ。何もなければそれが一番だが、万が一という事もあるからな。なに、唯の確認だ。そう気張るものでもない」


エミリアの頭を一撫ですると、私は村の方角へと歩を進める。


一瞬だけ感じた嫌な予感は胸の内に仕舞いながら。





◆◇◆






ああーー煌々と村が燃えている。煉獄のような炎は旋風を伴い、息も出来ない程の熱風を私の身に叩き込んでくる。


バチリ、と何かが爆ぜる音を立てながら、すぐそばの家が崩れてくる。既に破壊されていたのか、家としての原型は最早留めていない。悲鳴すら聞こえてこないところを見ると、住民は避難した後だったのか。それともーー。


「……何があったんだ一体」


この片田舎にある閑静な村に、何かが狙う程価値がある物が存在するとは思えない。ならば考えられるのは天災か、獣による被害か。いや、広範囲に影響するそれらならば自分達が気付かないのは明らかにおかしい。では何が原因か?


……嫌、深く考えている余裕は無い。何はともあれ、生き残りがいるか探さなければ。


『……なんだ、まだ生体反応があったかと思えばただのガキか』


ふと、一歩前に足を踏み出した時。


背後からそんな冷たい声が聞こえた、その瞬間。


焼ごてでも押し付けられたかのような熱さが急に私の右肩を襲った。

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