第1話




エーデルファイト王国、ラルグンド地方エストミア大森林。色々と調査した結果、それが私の村の所在地であるようだ。


「ようだ」などと不確定な言い方をしているのは、それがあくまで私の主観でしか無いからである。正式な地図は勿論、それを教えるべき存在の教師や学校すらこの村には存在しない。

唯一この村で物が教えられる人間といえば、村長や一部の青年など村の外に出たことがある者くらいであり、肝心の知識もあまり当てにはならない。


村の所在地はこの地に生まれ落ちてから私が自力で調べた物である。地質、地形、野生動物の分布……様々な条件を私の元々住んでいた世界と照らし合わせた結果、上記の結果が結論として出てきた。


勿論、この世界が前の世界と同じと確定したわけでは無い。だが、この世界に存在していたとある物によって、私は半ば確信の様なものを持ってはいた。


さて、少々言い訳がましくなってしまったがこの辺りで本題に戻ろう。要するに私が言いたいのは、とにかくこの村での生活が退屈だということである。

朝に起きては畑を弄り、昼を食べては畑を弄り、夜になったら泥のごとく眠りにつく。そんな決められたルーティーンをこなす毎日はもう沢山なのだ。せめて気を紛らわす趣味の一つや二つが無ければこんな村などとうの昔に飛び出して、今頃前世の知識をフルに生かして科学者でもやっていただろう。


それを実行せず、あくまで趣味の範囲で留められているのは、一重に妹のお陰だと言えるだろう。前世では家族というものに恵まれなかった私からすれば、天真爛漫な妹というのは実に可愛く映るものだ。


目に入れても痛くないなどと前世の知り合いが言っていたのを聞いたことがあるが、まさか生まれ変わってからその意味を知る事になるとは思わなかった。人生とは実に数奇である。


……おっと、また話が明後日の方向に。いけないいけない、妹のことになるとすぐ話が脱線してしまう。


詰まる所私が言いたいことを集約するとーー野良仕事を行う傍、私は新たな霊機鎧ギアメイル作りに精を出していると言う事である。





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「ふう、今日はこんなものか」


目の前に転がった腕ーー勿論精巧な人形の腕であるーーを前に、額に流れた汗を拭いつつ一息入れる。


過去に人形を作っていた記憶をどうにか捻り出し、それを頼りに土から作り出したかいな。本物と遜色が無い程に磨き上げられているが、過去の作品を知っている自身からしてみれば到底認められる品質では無い。


今回腕一本作り上げるのに掛かった時間は一時間。全盛期と比べて何と惨憺たる結果だろうか。嫌、下手をすれば死に際ですらこれよりまともだったかも知れない。


身体フォーマットや経験の違いがそれほど大きいということかもしれないが、いずれにせよ自身の技量が落ちているというのは紛れも無い事実である。これ以上やっても得られるものは無いだろうと、私はその腕を丁寧に近くの茂みへと隠した。


「……兄さん、一体何をしているのですか?」


「おっと、誰かと思えば我が妹たるエミリアではないか。いやいや、これは驚いた。いつの間に私の背後に立っていたんだ?」


やや大仰に肩を竦め振り返って見ると、胡乱な目線を向けてくる妹が立っていた。手には数本の薪木を抱えており、既に自身の仕事を終えてきているというのが分かる。


彼女の名はエミリア。何を隠そう我が自慢の妹である。平民故苗字は無いが、兄としての欲目を差し引いてもちょっとした美人だ。


快活そうな亜麻色のポニーテールに、透き通るようなアメジストの瞳。田舎娘に代表的なそばかすに手荒れ、キューティクルの乱れといった特徴は一切無く、それこそこのまま着飾ればそこらの貴族の娘と間違えられても可笑しくは無いだろう。農家としての役割を果たしつつもこの容姿というのは、最早才能の域と言わざるを得ない。

とはいえ、いくら容姿が美しくとも我が妹は未だ十五。悪い虫がつかないよう、私が努力しなければならない。手始めに、最近妙に色気付いてきている村の男共に釘を刺す事から始めなければと考えている。


「ついさっきからです。全く、嫌な予感がして来てみればやっぱり仕事してないんですから……」


「仕事をしてないとは心外だな。こう見えて仕事をしようとする気概だけは持っているというのに。今は……そうだな、休憩時間だ」


「言い訳は結構です! さ、早くお仕事して下さい。私も忙しいんですから」


「わ、わかった、わかったから襟を引っ張るな……!」


閉まる首を抑えつつ、なんとか妹の手を振り払う。全く、いつからこんなに気が強くなってしまったのだろうか。一昔前は私の後を雛鳥のごとく付いてくる愛らしい存在だったというのに、今では事あるごとに親の如く口うるさくなる始末だ。いや、親が大して小言を言ってこない分、むしろ親より親らしいかもしれない。


妹が母親……何か新境地に目覚めそうなワードだが、まあそんなことはどうでもいい。このままサボり続ければ我が妹から嫌われ、サボリ魔という不名誉な称号を被ってしまう事は想像に難く無い。人形の研究はまだまだ不十分だが、不承不承薪を作る作業に戻る事にした。


横に転がっていた斧を手に取り、無言で木に叩きつけ始めた私を見て満足したのか、エミリアは踵を返して自身の作業に戻っていく。そんな彼女の後ろ姿を横目で確認しつつ、その姿が完全に見えなくなった所で、私は闇雲に斧を振る手を止めた。


「……回路接続アクティベート。『剛力ストレングス』、『研磨シャープネス』」


全身に何かが走り回る感覚と、その後に僅かな脱力感。一瞬手の甲が発光すると、その光は全身に回り、やがて消える。


二、三確認するように斧を振るうと、先程までは欠片も聞こえなかった風を切る音が周囲に響き渡った。準備が整った事を確認すると、今度はその斧を再び目の前の木へと叩きつける。先程までは、僅かな切れ込みを入れるに留まっていたのだがーー


「成功、か」


その幹は決して細くは無く、例え村一番の力持ちだとしても完全に断ち切るには数時間を要するだろう。


しかし、未だ十七の少年によるただの一撃で、その三分の二程まで斧は食い込んでいた。私が斧を引き抜くと、支えを失った木はその身をゆっくり地に落とし始める。


そして、その倒れて来る木の下に何の躊躇いもなく入り込み、地面に付く前に支える。端から見れば明らかに異常な光景だと言えるだろう。


勿論、私の筋力が特別優れていると言う訳ではない。言うなれば、ただの種あり手品であろうか。

世界に干渉し、超常の力を振るう《魔術》。それが種の正体である。


魔力という弾を充填し、呪文というトリガーを引く事で、望みの効果が結果という形で発射される。そうイメージするのが手っ取り早いだろう。


ならばなぜ、この力を妹の前で使わなかったのか。これは一重に、私の世界では魔術を使えるのは貴族という限られた人間だけである為だ。ただの村人たる私が使えるとなれば、無用な混乱を引き起こすことは必至と言える。故に、そう軽々と人前で扱う事は出来ない。


……む? 使わなければいいだけの話? そこはそれ、これはこれである。人の身で人の領分を手軽に超えられるという実に便利な物、これを使わずに取っておくのも勿体無い。


倒れた木をなますのように切り分け、丁度薪の形になる様調節していく。余す所なく切り刻んだ所で、今回の目的である燃料の調達は大方完了したと言えるだろう。


事前に用意されていた籠に次々と薪を入れる。あっという間に上限一杯まで埋め尽くされたそれを背に負い、私は妹の後を追うべくゆっくりと村へ向けて歩を進めた。

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