生まれ変わっても、ロボ作り。

初柴シュリ

プロローグ




 揺らぐ視界の中、自分の目の前にはどこか見覚えのあるような、衰弱した老齢の男が薄い毛布を掛けつつ横たわっている。


 備え付けの窓から覗く空には、数え切れないほどの星々。それとは対照的に、弱々しく震えるロウソクの火が室内を照らしていた。


 ああ、これは夢だ。私はなぜかハッキリとしない意識の中、ぼんやりとそんな事を考えていた。


「……そろそろ、か」


 男がポツリと呟く。俺と彼以外誰もいない部屋に、その小さい言葉はやけに響いた。


 一体何がそろそろだというのか。


 私は朦朧としつつも、そう老人に話しかける。だが目の前にいるはずの彼は、何故だかこちらを一顧だにしない。まるで私の声が聞こえていないかのようだ。不思議に思いつつ彼に触れようとすると、その手はむなしく空を切る。


 ――ああそうか。夢だから触れないのか。


 そんな当たり前のことを思い出すのにも少し時間を掛けてしまう。おそらくこの不明瞭な感覚のせいだろう。さっきから思考に霞が掛かったかのような気分がする。まったく、非常にやりづらい。


 そんなことを考えていると、唐突に部屋のドアがノックされる。コン、コンとゆっくりとしたノックの音が耳に優しい。


「……入れ」


「失礼します」


 入室を促す老人の嗄れた声が響く。続いて入ってきたのは、思わず目もくらむような美しい女性であった。


 流れるような黒の長髪に、玉のような肌。澄んだ赤色の瞳は、夢の存在であるはずの自分まで見透かされるような気がしてくる。


 メリハリの付いた肢体は驚くほど魅力的で、もし自らの意識がハッキリとしていたのであれば、思わず凝視していたことは間違いないだろう。こればかりは現状に感謝しておくべきかも知れない。


 そしてその肢体を隠しきれていないメイド服。これが老人の趣味だとすればグッジョブと言わざるを得ない。己の好みをストレートど真ん中に貫いている。


「……ご主人様、体調は如何ですか?」


「ああ、ご覧の通りだ。最早立つこともままならず、今や言葉を発するのも億劫な状態。全盛期の私が観れば、おそらく価値のなくなった、しかし生にしがみつくだけの見にくい存在だと嘲笑うのだろうな」


「それだけ饒舌ならばしばらくは大丈夫ですね。先日いきなり血を吐きながら倒れた時はもう駄目かと思いましたよ」


「何、私の作品を未完成のまま放置するわけにも行くまい。お前の『歯車』も欠かさず作って置かねば……あれは私以外に作れないからな」


「その仕事中毒ワーカホリック、なんとかした方が良いんじゃ無いですか? 仕事をしながら死んだ、なんて笑い話にもなりませんよ。それに『歯車』なら向こう十年分はストックがあります。その間に作れる者も出て来るでしょう」


「しかしだな、まだ私の体は動くのだからやらない理由もあるまい。それにこうして生きているのだから、少なくとも笑い話にはなるだろう」


「私以外、話をする相手もいないのに?」


「む……」


 流れるような言葉のやりとり。それだけで彼らが親しい関係にあるということは容易に想像できる。両者の年の差からして違和感は拭いがたいが……。


 そんな無粋な事を考えていると、徐々に私の視界が揺らぎ始める。


 ――ああ、また・・これか。


「――それ――で――あ――」


「だ――な――」


 不明瞭になる会話。内容もいつしか聞き取れなくなり、目に映る景色が形を崩し始める。いくら現実的に見えても、これは夢。夢である以上、いつかは消えゆく物。


 分かっていたはずなのに、この物寂しさは一体何なのだろうか。


「――た――だぞ――」


 そして、私は。


「――エリンよ」


 夢から、覚め――






◆◇◆







「……ああ、またこの夢か」


 簡素な窓から差し込む日差し。寝床のせいか、やけに痛む節々。そして辺りに響く鶏の鳴き声。その全てが、お前は現実に戻ってきたのだと嫌に実感させてくる。


 未だ残る眠気を振り払い、自分の寝床から立ち上がる。藁のベッドにしても、もう少し嵩増しをして欲しいところだ。これが自身の二度寝を防ぐための対策だとするならば、実に効果的なのだろうが。


とはいえ、自分も農家の子供だ。生まれついてこの方、自身が農家だと実感した事はないが、今ではこの生活にもすっかり慣れてしまっている。ついでに言えば、このまま二度寝を行えば即座に拳が飛んで来るというのもよくある話だ。虐待と思う事無かれ、こんな農村では働かざるもの食うべからず。まだ毎日の飯が保証されているだけありがたい話である。


「……んん、兄さん……そこはダメです……」


隣から聞こえる寝息。本来私の分である藁を半分持っていき、尚今も幸せそうな寝顔を晒しているのは私の妹である。


「一体どんな夢を見ているのやら……」


まあ、例えこんな情けない寝顔を晒していようと愛情というのは湧いて来る。あばたもえくぼとはよく言ったもので、通常下の子に湧いて来る「親を取られた怒り」というのは一切感じない。とはいえ、この辺りは自身の出生に関係してそうだが。


妹の口の端から漏れ出た涎をそっと拭き取る。それでもなおムニャムニャとしているのだから可愛いものだ。思わず表情が柔らかくなってしまうのは自明の理である。


「っと、いけないな。今日は朝から畑の手伝いをしなければならないのだった」


危ない危ない、このまま妹を愛でていたら怒声が飛んでくるところだった。妹の安眠上、それは良くない。私はそそくさと立ち上がると、寝巻きからいつもの仕事着へ着替え始める。


 夢で見た内容は、今でもハッキリと覚えている。それもその筈だろう。アレは私の過去なのだから。


私は夢で見たあの老人だった。彼女に別れを告げ、特に悔いも無く寿命で息を引き取った。


だが、気が付けば見知らぬ女に抱え上げられ、何故だか私はここにこうして生きている。輪廻転生、などとは欠片も信じていなかったが、自分がその生き証人、いや、死に・・証人となってしまったのであれば信じざるを得ない。


まあ、自分に前世があろうと無かろうと私は私だ。この意識がオリジナルの物なのか、それとも前世の物なのか、なんて考え始めてしまえばキリがない。自分が作り上げられなかった『作品』については気がかりなものの、今の自分にはどうにも出来ない事である。


「……随分と遠い所まで来たものだ」


未だ捨てきれない慕情に身を浸し、暫しの瞑目。だが、それも長く続くことはない。扉越しに聞こえる足音は、両親が起床した証拠だ。


「さて、行くとするか」


今日も私は、農家の息子ロムウェルとしての人生を全うする。

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