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それより、だ。



「そういえば。なっちゃん、どうだった?」




「…え?」

何テンポか遅れてなっちゃんが気の抜けた返事をする。


さっきから殆ど会話に参加しておらず、ただただそこに居てニコニコと聞き役に回っていたなっちゃん。そのせいで、まさか自分に話が降ってくるとは予想していなかったんだろう。

豆鉄砲でも食らったように驚きで見開かれた瞳がようやく私の視線と重なる。



「ソラちゃんと何か話せた?」

私の問いかけに、照れたように頬をほんのりピンクに染めて「うん」と小さく頷くなっちゃん。かわいい。



うらやま羨ましいーっ」

きゃあきゃあと周囲が盛り上がる。

「びっくりしたんやでーうちら!朝倉くんが菜月と2人で帰ってたから!」「やったじゃん菜月!奥手やと思ってたのに」

高い声でまくし立てるようにクラスメイト達が騒ぎ出した。



その勢いに私も思わず呆気にとられてしまった。

なっちゃんに至っては、「で、でもちょっとだけやで」と慌てて周囲の熱を抑えようとしている。




「黙らっしゃぁぁいっ!」

美音が持ち前のよく通る声で叫ぶ。というか、美音のよく通る声が聞こえた。



…どこから?



きょろ、と美音の姿を探す私達の耳に、「ここにいるんすけど」と不服そうな美音の声が届く。主に下から。



「何やってるの」

思わずツッコミを入れてしまった。




美音は、私達の輪のおよそ中心部で股を開いてしゃがんでいた。いわゆるヤンキー座りというやつだ。今は体操着を着ているため制服のスカートとのように隠す必要もない、とはいえ、女の子がその体勢とはいかがなものか。



「それはまずいよ、美音」

「んぉ?」



缶の乳酸菌飲料をちょびちょびと飲む表情は、流石美少女…どの角度から見てもかわいいが、周囲を気にせず股を開くその格好が全く釣り合わない。



「美音さ、じっとしてればかわいいのに」

「それな」

クラスメイトの誰かが呆れたように、でも堪らず笑いながら言った。


「いいじゃん、可愛くなりたいとも思ってないし」

自分のことなのにまるで興味がないといった風を見せる美音。



やはり美音は残念系美人ってやつなんだろうか。

なんと言うか、ものすごくキャラが濃い。



「いや、でも実際モテるんやって美音は」

「まじ?」

「まじまじ!この間だって…」

「ほら、隣のクラスの…」

「あぁ!あの人!」


やいのやいのと盛り上がるクラスメイト達は、美音の噂話に夢中のようだ。あちこちから飛び交うその声がごちゃごちゃと入り交じるせいで全ては把握し切れないが、ちらちらと聞こえる箇所だけ拾うと…正直私としてもとっても気になる内容。



本人うちに聞こえてますけどぉっ!?」

美音が輪の中央から負けじと声を張る。



「やーもー、敢えて聞こえるように言ってんじゃんっ」

「だって結局、美音なーんも教えてくれんかったがー」

「なんで黙ってたのさー」

四方八方からヒートアップして高まった声が美音を集中的に攻撃する。



「お前らの情報網が怖ぇからだよぉっ」

噛み付くような勢いでピシャリと言い放った美音は、慌てて立ち上がるとクラスメイト達に何か耳打ちする。


美音にしては抑えた声だったので距離のあった私の耳には届かず、また、私の隣にいるなっちゃんの耳にも届かなかったようだ。



ちらと隣を見ると、なっちゃんと目があった。

そこでようやく気付く。


「あ、なっちゃんのリュック…」

「?」

聞こえていないのかピンときていないだけなのか、きょとんと目を丸くしているなっちゃん。私は彼女の背中を指差して「リュック、嘉宮くんが持ってるんだったね」と言い直した。


「あ」と小さく声を出した後、「忘れてた」となっちゃんが言う。



なっちゃんがソラちゃんと走る際、荷物があっては動きづらいだろうと判断した嘉宮くんが、彼女のリュックを預かると言った。それで今なっちゃんは手ぶらなのだが、それをまだ返してもらっていなかったのだ。



嘉宮くんは今、ソラちゃんと一緒に学校の敷地内を走り回っている。いつの間にやら男子が増えているような気もするが。よく通るソラちゃんの笑い声が一際目立つ。




一瞬躊躇ったが、私はなるべく声を張ってソラちゃんの名前を呼んでみた。この距離で聞こえるかな。



「朝倉くん気付いてえんね」


案の定だ。



「あれ?でも…」


ほんの少し間を空け、ふとソラちゃんがこちらを振り返った。



ソラちゃんは私と目があうと速度を緩め、追い付いてきた嘉宮くんやその他周囲の男子に背後から取り押さえられた。今の今までお得意の脚力で逃げ切っていたソラちゃんは、私に気を取られ隙を付かれたようだ。



ソラちゃんは、しまった、と一瞬顔を歪めたが、周囲に集まる男子から逃れようとジタバタ奮闘しつつ、込み上げてくる笑いを堪えきれずアハハと大口を開けた。


この距離でもその声はよく聞こえる。




「か、かわいい」

誰かがそう呟いて、それを皮切りにまたまた黄色い声が双方から入り交じり始める。



「ねぇ見たっ今の?」

「一瞬焦った顔!」

「でもあれ愛華と目合ったでやおな」

「羨ましいぃ」



ジロリ。視線が私に集まった。

恐る恐る彼女等を見ると、明らかに私をみている。


しかしどうやら、単に怒りや嫉妬で取った行動ではないらしい。よくよく見れば、彼女等の口元には薄らと笑みが浮かんでいる。



「え、それはどういう表情…?」


「んー、軽く嫉妬を含んだ女の悪巧み?」

なんつって!と冗談なのかそうでないのか分からない脅しを掛けてきた美音。



「な、何それ笑えないよ…」

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