3

前方に明らかに手作りな小ぶりの立て付け看板を見つけて、私は思わずあっと声をあげた。


『ゴールまであと3km』美音が読み上げる。いよいよ終盤だ。


ソラちゃんはもう昼頃にゴールしただろうなぁ、なんて考えながら最後の追い込みをかけて歩く今は3時頃。



疲れた足とは裏腹に、心做しか私の気分は軽い。

もうすっかりクタクタだが、ここまでよく頑張ったと心の中で自分を賞賛した。





「そういえば、なかなか珍しい組み合わせだよね」

何気なく私がそう言うと、「まぁ、朝倉くんえんしなー」と気だるげに美音が答える。いよいよ限界といった顔で、声のトーンが異様に低い。



「確かにな。望月の隣に朝倉がえんのは新鮮」と嘉宮くん。


「え、そうなの?」

「そーやろ!愛華と朝倉くんもはやセットじゃん。 ラッキーセットじゃん」



なにその某ファストフードのメニューみたいな名前は。





「私とソラちゃんって、そんなに一緒にいる?」



美音と嘉宮くんが同時に頷いた。



「朝倉くん、愛華にべーったり」

「幼馴染みって言うより姉弟じゃないんか?」

「うちからすれば保護者と子。…あーでもそれじゃ結婚できんか」


「え、何言ってるの」



狼狽える私に向かって、大丈夫うちが2人くっつけたる!なんて突然意気込んだ美音がぐっと親指を立てる。


「いやほんと何言ってるの!?」




「何って、あるべき姿にしてやろうって言ってんのさ」

「ソラちゃんはかわいい弟分なんだけど」

「んぇーお似合いやと思うんやけどうちは」



まさか。心の中で呟いた。



本当にお似合いなのは、お似合いになるべきなのは、私ではなくてなっちゃんじゃないか。




なっちゃんはソラちゃんに好意を寄せているわけで、友達としてもソラちゃんのことを考慮しても、私はなっちゃんの想いを応援するつもりでいる。


それでも美音は私とソラちゃんの関係を恋愛と結びつけて考えているようで、ソラちゃんに対するなっちゃんの好意を知っていながら、どういうわけだか私達の恋愛成就を望んでいるようなのだ。


今のところ、美音がなっちゃんの背中を押すような素振りを見たことがない。





どうして、と私が発した声に美音の耳がぴくっと反応した直後。



「菜月のことは応援せんのや?」

続けて発せられた声は、意外にも私ではなく嘉宮くんのものだった。



だが、


親友菜月優先せんのは珍しいな。望月の応援ならまだ納得いくけど、実質今美音が応援してるの朝倉やんか」



まるで心を除き見られたかのように、私の言いかけた言葉と考えにぴったり一致した。



嘉宮くんに同意する意味で、私はうんうんと首を縦に振る。





ちらと美音に視線を向けると、ふぅっと軽いため息を漏らす美音。隣に並ぶ嘉宮くんを横目におもむろに口を開く。



「なちゅには…幸せんなってもらわんと…」


「?」




「うちが朝倉くんの応援すんのは、愛華に対する気持ちが本気やって確信持てるでや。うちはマジな奴しか応援できん」憧れだけじゃ上手くいかんのやで。なんて、いつに無く落ち着いた声で淡々と言葉を並べ立てた彼女。



なっちゃんを応援しない理由としてははっきりしないその言葉の真意は図ることが出来ないが、今の話ではなっちゃんがソラちゃんに対し抱く恋心を偽物であると遠回しに言っているように聞こえる。




「それよりよ」

美音はいつも通りのいたずらな笑みを浮かべる。



「モテ男でしょっちゅう告られてる朝倉くんがやで?なんで未だに彼女作らんのやと思う?」

妙に楽しげに声を弾ませた。



「…へ?」

突然の方向転換に呆気にとられる私。

同様に嘉宮くんも「ぇ」と声を漏らした。



心做しか美音に話を逸らされたような気もするが、これ以上追求するのは気が引ける。部外者が首を突っ込めるようなことでもなさそうだし。



「切り替え早いなぁもう…」

「ふふん。はいっなーんでだっ!」



美音のふにゃっふにゃな締まりの無い口元で、言いたいことはなんとなく想像がついてしまう。




「また私がどうのって言うんでしょう?」

「そーよー。愛華は永遠に朝倉くんのラブぅ」


指先でハートを作って私の目の前でほれほれと見せびらかすように揺らす。

えーい、とか何とか言いながら私がそのハートを手刀で割ると、大口を開けてオーバーなリアクションをとる美音。




「言っとっけどこれ冗談じゃないかんねー。んねぇ、大ちゃん?」

「オレも同感やけど…でもま、朝倉に聞かん限りはなんともな」

「ほぉ。要は本人に白状させちゃえば…」

「まぁつまりそう言うことやな」



美音と嘉宮くんが揃って口元を緩ませる。

ついには2人して頷き合いながら目で語り合う始末。




「嘉宮くんまで意外に乗り気だねぇ!?」



一体何を考えているのか分からないけど何だかとっても悪い顔…!

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