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強歩大会は指定された長距離コースを〝歩く〟のが基本だが、例年、スタートから延々と走り続けて昼時には完走するという
どうやらソラちゃんと嘉宮くんもその一人のようだ。もっとも、今は休憩がてら私達と同じペースで歩いているのだが。
「お茶くれん?」
体操着の襟元を掴んでパタパタと風を送りながら、私のお茶をせがむソラちゃん。
私が「はいはい」と水筒を手渡すと、ぱっと嬉しそうに笑う。
「愛華ってあんま気にせんタイプ?」
美音がこそっと耳打ちしてきた。
「何を?……あー、回し飲み?」
「うん」
「んー、ソラちゃんだからなぁ」と私は首を捻る。
そりゃもう高校生にもなったんだから、異性との回し飲みには抵抗をおぼえる。ソラちゃん以外の男子が相手なら、そう易々と自分の水筒を差し出したりしないだろう。
多分、ソラちゃん相手だから何とも思わないだけだ。
「それって、幼馴染みだからってこと?」
「んー。というよりは……弟みたいだからかなぁ」
弟ねぇ、と美音が視線をやったので私もつられてソラちゃんをちらと見ると、それに気付いたのかソラちゃんが「生き返ったー」と満足そうに水筒を返しにくる。
額や首筋に汗が光っていて、私は思わずそれに向かって手を伸ばす。
残念ながら私の背丈ではしっかりと届かないので、ソラちゃんに少し体勢を低くするよう言ってから常備していたタオルで軽く汗を拭った。
「甘やかしすぎ」
そう隣で美音が呟くと同時に、
「俺また走るわ」と歩きながら軽くストレッチを始めるソラちゃん。
それを見た嘉宮くんは嘆くような声をあげる。
「ちょ…オレはギブ、歩くわー」
「まじけや」
「だってお前速ぇ…あ、じゃあ望月走る?」
突然矛先が私に向く。
「えぇっ!いやムリムリ、私にはそんな体力ないよ。ほら、帰宅部だし?」
だから2人揃ってそんなキラキラした目で見ないで…
あわあわと顔の前で手を振る私を見て、ソラちゃんは分かりやすく落胆する。
「じゃあ、私走ろうかな…」
ソラちゃんを見兼ねたように、なっちゃんがおずおずと手を上げた。
歩いていただけでも慣れない長距離コースに体力を削がれてしまった私達(なっちゃんはそうでもなさそうだが)に比べ、さっきまで休みなく体力を消耗しているはずのソラちゃんは何故かまだぴんぴんしている。
持っていた荷物を全て嘉宮くんに預けたなっちゃんは、長袖の体操着を脱ぐと下に着ていた半袖の体操着の皺を軽く伸ばした。
長袖の下から出てきた腕と脚はすらっと長く、程よく筋肉がついている。
女子の割に約170cmと高い身長。
かっこいいモデルさん体型だ。
ソラちゃんと並ぶとなんだか絵になる。
当の本人は少しソワソワと落ち着きがない。
これからソラちゃんと一緒に走れるのが嬉しいらしい。
「桜木ー、あれない?」
ふと思い出したようにソラちゃんが言うと、リュックのポケットから美音が取り出したのは塩レモン味の飴。
「さすがー」とソラちゃん。
美音が塩レモン味の飴を持っているのはもはや当たり前なのだろうか。
「美音ー、オレにも塩分くれ…」嘆くように美音の肩に手を置く嘉宮くん。
突然のことに驚いたのかびくっと肩を震わせた美音に「触れんな」と冷たく手を払われ、しょんぼりと肩を下ろした。
そういえば、最近よくこれと似たような光景を目にする。以前から思っていたことだが、美音は嘉宮くんに対しよそよそしかったり素っ気なかったり、安定しない態度をとることが多い。
嘉宮くんはむしろ距離を縮めたがっているようなのだが、美音との意識の差ゆえにことごとく空回りしてしまっているみたい。
言い方が冷たいんじゃ…なんて私が口を挟もうとした時だった。
自身の毛先にすっと指を通して軽く髪をすきながら、美音は体操着のポケットから取り出した何かを嘉宮くんに差し出した。
え?え?と驚いた様子の嘉宮くん。
はよ受け取れ、と目で訴えかける美音が手にしているのは飴。レモン味の。
「ごめん今のは違うで」
ちゃんと弁解したところを見るに、決して嘉宮くんを嫌っているわけではないのか。
「……これ、若干溶けてえん?」
「だってそれしかないもん」
また髪をすきながら顔は俯き気味に答える美音に、嘉宮くんはありがとうと
「なん?」私の隣でソラちゃんが呟いた。
理解していないのは私だけではないらしい。
きょとんと目を開いているソラちゃんとアイコンタクトをとる私。
「さぁ?」
考えても2人の関係性は正直よくわからない。
よそよそしかったり素っ気ない態度をとったりすることが多い、それは事実だが、その割に2人はよく一緒にいる。
まだ彼女等と知り合ってから日も浅い私の知ることなど殆ど限られているが、私の知る限りでは、美音も嘉宮くんもどこかしら波長が合うのか一度語り出すと周囲が割って入るまで延々と話込んでいたりする。
隣では、なっちゃんが軽く安堵のようなため息をついていた。
なっちゃんは私達以上に美音と嘉宮くんの関係性を分かっているのかもしれない。
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