3

「なんか大変なことんなったなぁー」



ベッドに寝転がってマンガを読みながら呑気に呟くソラちゃん。

これっぽっちも大変だと思っていなさそう。



「もうっ、遠恋中の彼氏追って転校してきたみたいになっちゃったよ」

どうするのこれ?と私。



「いっそのこと付き合っちゃぇ_」

「こらっ」

楽観的すぎるソラちゃんの手から漫画を奪い、軽くおでこに落とす。


ぁいたっ、とおでこを押さえ、わざとらしく悶えるソラちゃん。

制服にシワが寄るのを気にもとめず、じたばたとベッドの上を転がり始めた。



「でもさー、今のこの状況見せたら誰でもカレカノって思うでー?」

またまた楽観的にそう言う。




カーテンやら本棚やら、至る所にパステルピンクが施された、少し子供っぽくも可愛らしい内装の部屋。


さして広くないその部屋に、私とソラちゃんは2人でいる。


「女子の部屋に2人きりとかどう考えてもさー」

「ソラちゃんが勝手に来たんだよ」

「いいが幼馴染みなんやし」



うーわー懐かしっ!と、ソラちゃんは私の部屋の本棚を勝手に漁り始める。




「手伝ってくれるって言うから入れてあげたのにー」


始業式のため午前中のみの学校が終わり、再び朝のように自転車のソラちゃんの後ろにまたがり真っ直ぐ帰宅。


家に着くなり引っ越しの手伝いを条件にソラちゃんを部屋に通したものの、今私の横でゴロゴロと漫画を読み漁る姿はどう見てもただ遊びに来ただけだ。


おかげで、まだ整頓されていない段ボール箱がいくつも部屋の中央に残っている。



「でも、手伝わんくても入れてくれたやろ?」

「ん、まぁね」

「ほらなぁ」





私が東京に引っ越す前までは、毎日のようにお互いの家を行き来していたっけ。


だから、ソラちゃんが私の家にいる光景は別に不思議なことではない。


家が隣同士ということもあって移動に時間なんてかからないし、なんと言ってもソラちゃんとはものすごく好みが似ている。



「あ!これ一番好きなやつや!」

俺全巻持ってる!と、本棚から1冊の漫画を取り出し自慢げに言うソラちゃん。


漫画の表紙には、バスケットボールを持つユニフォーム姿の青年。



さすがソラちゃん、それ私の一番のお気に入りだよ。




「まだバスケ続けてる?」


私の問いに、おぅっ!と満面の笑みで親指を立てた。


男子らしく角張った手がとても大きく見える。


喋り方とか仕草とかあまりにも変わらないものだから、未だに弟扱いしてしまうけど…ソラちゃんもやっぱり男の子なんだなぁ。

高くなった背丈も広くなった肩幅もあの頃とはまるで別人に…




「ね、聞ーて聞ーて。俺さ、バスケ部の次期部長候補っ!」


ベッドから身を乗り出して、褒めて褒めてと言わんばかりに頭を突き出す。



「かっ、」

かわいいやつめっ!



やっぱり全然かわってないや…



両手を使って容赦なく、わっしゃわっしゃとソラちゃんの頭を撫で回す。


満足そうな表情のソラちゃんに、まるで飼い主に撫でられて喜ぶ仔犬みたいだ、と今朝と同じようなことを思ってしまった。


目の前のかわいい仔犬に癒されていると、突然仔犬がぴくっと耳を立て(そう見えただけだが)、ねぇ?と疑問を投げかける。




「それ、まだ持ってたんやな」




ソラちゃんは、私のスクールバッグに注目していた。


目線の先には赤いリボンがついたストラップがある。




小学生の頃からずっと持っていたものだ。おかげで、正直綺麗とは言えない状態になっている。




「あれ、ソラちゃんこれ知ってるの?」


私の問に、えっ、と小さく声を漏らすソラちゃん。

もともと大きな目が2倍ほどにも見開かれる。



「なんや」

覚えてるわけじゃないんか…と、瞬きも忘れてソラちゃんが呟く。

安堵とも落胆ともとれる声のトーンで。




「知らん」

すっと目の大きさが戻る。

ソラちゃんの頭の上に乗ったままだった私の手が、ゆっくりとどかされ行き場を失う。



「え、でも、今…」


「知らんて」

今度はハッキリした声だった。


決して怒っているような声ではない。

ただ、これ以上の質問は歓迎されていない、ように思えた。



「ねね、これの続きある?」


ケロッと無邪気な笑顔に戻ったソラちゃんが、さっきの漫画を手に持ち左右に揺らす。



「あ、うん、こっちの箱に…」

私はそれ以上の質問を諦め、行き場の無かった手を未開封の段ボール箱に差し出した。







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