2話  一週間

 ―――転校初日から、一週間が過ぎた。


 窓ガラス越しの先にある景色には微かに舞っていく桜の花弁が見えた。

 それと肌を刺激する冷たい風は意地悪に吹いている。自ら居場所を決められず、未知なる世界に運ばれる運命は、何物にはなれないのだろうか。


 孤独を強いたげられる。

 現在の自分のような空気扱いの存在みたいに。


(早退したい。鬱だ家に帰ろう。前の高校の方がまだ幸せだった。友達が恋しい)


 新藤弥彦は机に踞って外の景色を眺めていた。


 既にノックアウト状態に陥る。退屈が増すばかりの学校生活に果たして意味があるのだろうか。ひたすら放課後まで耐え凌ぐ束縛にはうんざり。転校する前の生活の方が価値があったと思うと不意に後悔してしまう。


 初めてだ。早起きして作った弁当がこんなにも美味しくないとは。

 それと景観が悪い。


 昼休みの余興を過ごすクラスメイトは相変わらずのように賑わいに満ちていた。クラス替えによって一新した学生達と共に送る青春は太陽みたいに眩しい。


 これは、失明してしまう。

 席の位置が最前列でなければきっと即死だったハズ。


(これが本物のリア充なのか。流行に敏感な掌返し面白軍団)


 興味がない。全く興味がない。全然興味がない。

 後ろに振り向く必要がない弥彦にとって彼らの行いは茶番の出来事。なのに勝手に情報が入ってくるため相当の厄介。ただの雑音だと思って勝手に無視する。


 しかし、たったの七日間で陰口を言われていた事実にショックが大き過ぎた。


(……だからか、人を簡単に傷付ける軽率な発言が出でくるんだろう)


 校内を詮索し終えた頃。

 教室から突然と放たれる、言ってはいけないあのタブーを。


(怖くて話し掛けられない。何を考えているか分からない。協調性ゼロ。挨拶しか言ってないのに、どうしてそうなった……?)


 理不尽に植え付けられた印象に苦渋を飲んだというのに、評価は最悪。転校初日から誰にも声を掛けられなかった結果には予想外すぎて流石に絶句した。もはや黒歴史と過言ではないくらいの失態は、あの瞬間で期待を捨てて良かったと心底思えていた。


 何せ、この居場所には自分が必要とする存在価値が存在しないこと。

 あくまでも人生の穀潰しに過ぎない。


 だがしかし、最低な評価を下した残酷な噂話は何処へ。


 詮索しても時間の無駄だろうと考えた弥彦はとある行動を実行させる。


(いいや、一年過ごせばこんなつまらない生活は終わる。それだけの問題なんだ。自分は空気扱いのまま学生時代を送ってやる。誰かと話す言葉は要らない)


 クラスメイトの名前も顔も覚えることも無駄だろう。

 これ以上関わる理由が弥彦にはない。転校生を演じるだけの歪んだ青春に他人を許す必要があるのか。


 答えは否。

 何者にもなれない以上、自分自身が孤独の道へ進む時がきた。


 隔たりのある関係なんて崩壊が待ち受けるだけだ。偽りの笑みで下らない談笑を繰り返す輩は友人とは呼べない。上下関係を築くちっぽけな社会ごっこに感傷する勘違いだらけの王様は弱者の隠した悲愴の思いすら知らない。


 そんな傲慢で猜疑心に満ちた学校生活に、新藤弥彦は決意する。

 まるで望んでいたかのようなシナリオ通りに。


(捻くれた人生でも、歪んだ人生でも、自分は何も変わらない。前と同じように)


 決して誰にも知られずに。

 メガネの奧に潜む瞳を鋭利に光らせる転校生は不敵に微笑んだ。


(上辺だけの友情を、青春讃歌を、否定してやる)

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