やがてヒロインになるであろう彼女達の恋愛フラグを折るための部活動
藤村時雨
1話 転校初日は最悪で
「……新藤弥彦、と言います。一年間、宜しくお願いします」
我ながら冴えない自己紹介だった。
綺麗に整えられたホワイトボードにマーカーで書いた自分の名前。誰でも読める至って普通の文字。何も特徴のないシンプルな羅列はきっと意味を成さない。
これから共に時間を過ごす、2年D組のクラスメイト達。
乾いた拍手が返ってくる。
反応が鈍いのは単純に興味がないように見えた。
それどころか視界に映る転校生について、信憑性の欠けた噂話が教壇の横にいるというのに、鮮明に聞こえてきたではないか。
「この春の時期に転校って、なんか怪しくない? 絶対に怪しくない?」
「やっぱり何かしらの事件を起こしたのかも……」
「まさか前歴持ち……」
口数が増える。勝手な妄想が膨らむばかり。
有りもしない信憑性を言葉にする人達に一切の罪悪感は浮かばない。その代わりに向けられる視線は殺伐としたものだった。
―――反論したい衝動を抑える。この雰囲気だと無理がある。
平穏な学校生活を送りたい。
今回ばかりは強く思う弥彦は沈黙を押し通す。決して感情を表に出さず、違和感ばかりの歪な雰囲気を凌ぐことに。
静寂を壊す噂話という名の喧騒。
行き場のないまま飛び交っていく偽りの情報は留まることを知らない。
「ほら、春って不審者多いじゃん?」
「確かに! やっぱそういうイメージあるもん。もしかして怪しくない?」
「いや、絶対に怪しいよ!」
話に夢中になり過ぎて話題は何処へ。
スポットライトを当てていたハズの転校生が空気扱いになりかけた所で、担任で社会科教師の秦村吉報はため息を吐いては言葉を告げる。
生徒を黙らせるには口を挟むだけで十分のようで、
「笑えないジョーダンはそれぐらいにしとけ。品格を疑われるぞ。……新藤は両親が海外出張。その都合で親戚が住む東京へ上京。水渡高校へ転校する事になった。お前らが想像する物騒な人間ではないことは確かだろう。仲良くしてやれ」
何かしらの資料を目に通しながら声を出す秦村先生。
「ちなみに校則通りいじめはタブーだ。お前ら分かっているな。裏でコソコソ隠れて生徒を貶すようであれば、退学を勧める。自業自得なんだよこの世は」
それだけで暴走していた学生の活気が完璧に凍り付いた。相当の威厳のある先生なのだろうか。流石に迂闊な行いに学生達は反省しており、一斉に口を噤む事で静寂が居場所を取り戻す。
とりあえず安心した。自己紹介が無事に終われそうだ。
余計な印象を払拭できるだろうと、教壇の横に佇む弥彦はそう考えていた。
だがしかし、秦村吉報という男は期待を裏切る形で言葉を述べる。
「とはいえ、新藤の方では友好的だと微塵も思っていないだろうけどな」
「「……」」
唐突に殺気めいた鋭利な視線が全身を刺してくるではないか。
その中には歓迎の感情も浮かばないらしく、剣呑に張り詰める雰囲気はより攻撃的に。桜色に満ちる外の景色とは裏腹に、警戒心に溢れた教室は監獄という言葉が似合うほど殺伐と化していた。
―――これは、もしかして。
何もしていないというのに。まだ始まってもいないのに。
(……転校早々、高校生活終わったかな)
顔色変えずに。
あくまで現状を見定める弥彦は確信に辿り着いた。
期待と不安を抱いた新天地には、どこにも希望など存在していなかった事実を。静かに過ごそうとしても、彼らに対する距離は決して変わらない。
今を刻む時間は、二度と戻らないように。
この瞬間も。
これからの未来でさえも。一回限りの人生に失敗は許されない。
転校失敗のレッテルを貼られ、社会不適合者の烙印を押された哀れな高校生。
新藤弥彦の高校生活の始まりは最悪なものだった。
「…………」
「まあ、なんだ、そこに空いている席があるだろ。あれがお前が使う席だ」
気まずい空気を生み出した張本人の秦村吉報は一応自覚があるのか言葉が滑らかではなかった。目線を逸らす教師にメガネの奥で睨むがそれどころではない。
指定席が地獄めいた場所にあったからだ。
(中央の最前列とか、苦行の極みの何かかな。別に構わないけど)
温暖な教室に入ってきた時。それも教壇の横で既に理解していたが、出来るだけの想像力を打破させられる結果だろうとも、嫌な予感しか考えられない。
言われた通りに着席してみると、その違和感の正体を容易に気付けた。
名前の知らない誰かの視線が注目する。
陰から悪口を言わないのは賢明で、左右にいた女子は蔑むような視線を送りながら少しだけ机を移動させては意図的に距離を置く。
(露骨過ぎない……?)
孤立を余儀なくされる弥彦であったが壊滅的な問題ではない。返って都合が良いと思い素直に現実を受け入れることに。真面目な態度でHRを過ごすメガネを掛けた影が薄い転校生を演じるだけで結構。
何も期待しなければいい。
そうすれば損害はないし無駄な苦悶を覚えないだろう。最初から諦めていれば、全ての出来事は勘違いで締め括る。
この日において弥彦は自らの力で孤高の道を進むキッカケとなった。
人生を変える素晴らしき分岐点を迎えて。
ゼロからのスタートは修羅道そのものだった。
(でも、なんでだろう。全然悲しくないのに、心が痛い……)
無事に一年間高校生活を送れるか。内心では焦りが絶えない弥彦であった。
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