第1章 ケース01~ユウキハル~

第1話 「私が〇×△理由教えてください」

 ふと、妹のことを考えていた午前8時過ぎ。通学のため電車待ちをしていた。駅がそこそこ都心部付近の土地であるためホームは通勤や通学の人たちでごったがえしている。

(今日はどこを探すかな……)

紺がいなくなった日から毎日日課のように学校帰り夜中近くなるまで付近の街、ときには電車で少し離れた街まで行き、路地裏などもくまなく探してはいるが紺は見つからない。

誘拐されたなら探しているのも無駄なのかもしれない。何処かに監禁されているなら見つけようがない。一年経とうとしているんだ。その可能性の方が高い。そう理論的に考えて頭ではわかっていても、それでも毎日探し続けるのはこれしかしてやることができないからだ。兄の癖に情けない。

ただ、父の言うように誘拐だとするなら神代の家に簡単に侵入できるとは僕も思わないし、紺が自分でふらっと外に出たとしても神代の情報網があるはずだからすぐみつかるはずなのに……

紺がいなくなった日は頭に血が上っていたが次の日にはそういった理由からすぐみつかるものだと思っていた。

(まさかここまで見つからないなんて思わないよな……どこにいるんだよ、まったく)

自分の不甲斐なさと、家にいた妹の笑顔が懐かしく感じることに少し鼻をすすった。


 『…………ので黄色い線の内側までお下がりください』

 電車の到着を知らすアナウンスが鳴る。混んでいる駅の中、運よく先頭に並んでいる僕。その横を通りすぎる半袖の制服を着たポニーテール姿の少女の影……

(紺と同い年くらいか、にしてもこの冬に上着も来てないのか最近の女子高生ってやつは……って)

「おい、なにやって……!」

 とっさに少女の腕をつかんで大声を出してしまった。周りの人達は僕のいきなりの行動にざわめく。けれどそうでもしないとこの少女は今から来る電車とドンッだ。振り向き驚いた顔の少女は抵抗もしないでその場にいた。僕に腕を掴まれたまま。ハッとし腕を離す。

「いや、あの、痴漢とかじゃなくてですね!」

と焦り周囲の人々に説明をしようとして僕は違和感を感じる。僕のことをチラチラみてはいるが《まるで見てはいけないもののように》みていた。そこで僕は自分の体質を思い出し凍りついた。冷えたのは一瞬で、そのあとは恥ずかしさで身体中まるで火が付いたように熱かった。

電車は扉が開きみんな僕を押し退けて乗っていく。固まっていた僕は一人駅に残された。いや、隣に半袖制服のポニーテール少女は残っていたけれど。ポニーテールの少女は心底心配しているような声で

「あの、大丈夫ですか……?」

と声かけをする。

僕はというと心配してくれた少女を一睨みし、その場から走って逃げていた。ホームから改札口への階段を上がり、トイレを見つけとりあえず個室にこもる。


 久々に、しかも壮大にやってしまった。思い出すだけで恥ずかしくて死ぬ。そういえば駅は多いんだった。無意識に両手を顔に被せ、恥ずかしさを実感する。と、そこへ先程の少女の声が聞こえた。

「あのー、大丈夫ですかー?」

少し大きめに出したと思われるが、ここは男子トイレだ。無視して何もなかったように……

「あ!の!」

今度は上から声が聞こえる。無視して……上?

恐る恐る上をみると天井と個室のドアの間からどうやってよじ登ったのかポニーテールの少女が覗いていた。端からみるとこの現象はホラー以外の何者でもない。実際ホラーだが……僕は叫ぶこともせずため息をつく、慣れていたから。だがここまでしつこいのは初めてだ。

「なんですかねぇ」

「あ!あの、大丈夫……ですか?」

これは、同じことしか言わないタイプかもしれない。無難な回答をしてお帰り願おう。

「平気ですよ。だからもう……」

「そうですか!それはよかったです!」

少女は人の話を聞かないタイプらしい、僕は最後まで言えていない。

「ええ、だからもう……」

「あの!もしかしてなんですけど!私のこと見えてますか?」

「は?」

また遮られた上に意味のわからない質問をしてきた。

「あ!話せているってことは見えてますよね……あれっもしかして声だけかな……」

自問自答している。もう本当に放っておこうと決めた矢先

「あの!私のこと……」

「あぁ!見えてるよ!なんだよもうしつこいな」

あまりの煩さに耐えかねて反応してしまった。ここで選択肢を間違えたかもしれない。

「わぁー!こうなってはじめて生きてる人と話しました!」

素直に喜んでる少女は続ける。

「あのぉもしかしてなんですけど、かの有名な『神代』さんだったりしますか?」

「知ってるのか、神代を」

「はい!有名ですから!」

 『神代』とは僕の姓だ。と共に有名な神社、そして名高い霊媒師としてこの街に古くから伝わる。僕は神代の長男で、僕にも霊能力がある。特別なものではなく、普通の人より幽霊が見えるというだけのメリットもなにもない能力だ。僕には幽霊は普通の人と何ら変わりなく見える。事故当時のままなどの状態でなければ、誰が幽霊で誰が生きてる人間なのか一発じゃ見分けがつかない。だからこうして面倒事がたまに起こる。ここまで執着してくる幽霊は初めてだったが。

「僕は神代だけど、有名なのは両親であって僕は見えるだけだよ」

「それでも、凄いです!カンドーです!」

この少女は僕を持ち上げて何がしたいのか。少し嫌な予感がしたけれどそれは当たる。

「あの、神代さんにお願いしたいことがあるんです!」

「だから僕は…….」

「ただの見えるだけでも、私の腕をつかんで痴漢と間違われても、それをごまかそうとして言い訳していたチキンでも、それでも、私はあなたにお願いしたいことがあるんです!」

「君、頼む気があるの?」

けなされている気がしたが、そんな僕はよそに少女はトイレのドアの上から上半身を乗り込ませたままそのお願いを言った。

「私が死んだ理由、教えて欲しいんです!」


「……君が、死んだ理由?」

 突拍子もない彼女の願い。そんなの僕が知るわけもないし、ましてや本人に言われることではない。

「はい!私が死んだ理由です!私、自分が幽霊ってことだけは解るんですけど、どこでどうやって死んだか……とか何で死んだか……とか全然思い出せなくて!」

……あり得ない話ではない。死んだ時の状況によっては頭がやられてるだろうし記憶が飛ぶのも仕方ないこと、だから。にしても、僕に教えろと言われたところでなにも言えることはない。

「僕は君がどこの誰なのかも知らないし、何で死んだか、なんて知るわけ……」

「あ、申し遅れました!私、白華《はっか》女子高等学校1年A組、友希 春《ゆうき はる》です!」

つくづく人の話を聞かない少女だ。……僕はあまり詳しくないがそこそこ有名な女子高だった気がする。

「で、自己紹介ありがたいけど、ユウキさん……のことも何も知らないし、第一僕は妹を探すことで手一杯なんだ。他を当たってくれないか?」

「妹……?」

しまった。余計な一言を言ってしまった。思ったが遅し、彼女はしつこい。

「妹さん……行方不明なんですか?」

「……ああ、だけど君には関係ない。これは僕の問題だ。」

「あの、私、自分の死因を探すためにいろんな場所行ってたんです。もしかしたら心当たりがあるかも……」

「! 本当か?」

「あるかも……ですけど、そういうのって交換条件っていいません?」

「………………」

 ユウキハルはここぞとばかりに提案した。もしかすると案外頭が良いのかもしれない。そんなことより、僕は紺のことになると必死だ。どんな手を使ってでも、ちょっとしたことでも、情報は手に入れたい。今まで約1年、何一つ情報が得られなかったのだから。


……だから僕の答えは紺の手がかりが出た時点で決まっていた。

「はぁ、君のせいでもう大学に間に合わないな……」

携帯の時計を確認する。一限目は間に合わないが次の授業にはまだ間に合う時間帯だ。

「えっと、あの、ごめんなさい。」

彼女は心底申し訳ないという表情をしていた。

「出るから降りてくれないか?」

「………………」

少女が降りるのを確認してからトイレのドアを開けた。個室に入りたかっただけで用は足してない。うつむき加減の少女を横目にトイレをあとにする……

「あの!」

「妹さんのこと……いいんですか?」

ふぅ、と僕はため息をついてこう言った。

「何してるの、行くよ。」

ユウキハルの顔は曇っていた分、笑顔で晴れ上がる。

「はい!」

こうして僕たちは互いの目的のために手を組んだ。

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