第四部 the Garden of Vampire
第四部プロローグ ―王国魔法使いの憂鬱―
「ほう、では混血人種の寄せ集めが、誉れ高き我ら王国師団に勝るとでも?」
ハナート山脈から南東に離れること三日の距離、スタニーク王国隆盛の礎となった豊穣なるステクリー大平原の中央。
千人の魔法使いが二十余年の歳月をかけて造り上げたと言われる白亜の大城壁に囲まれる、ハルバーチュ大陸で一二を争う大都市、スタニーク王国の王都。
「カラミタを討ち果たし、このステクリー大平原からアンデッドどもを追い出したのは誰だと思っている?」
その中央にそびえる王城の奥まった場所にある謁見の間では、昨今のカラミタ侵攻に関する集大成ともいえる御前会議が行われていた。
「その後も我ら王国軍は、この大平原にアンデッドの一匹たりとも入れておらぬ。それも第二師団だけでだ。相手は数が多いだけのスケルトンとグール、一時の勢いは最早ない。満を持して掃討戦に出る我らが、そんな雑魚に不覚を取るやもしれぬ――貴殿はそう言っているのかね?」
王の視線を横目で意識しつつ、冷え冷えとした口調で詰問を続けているのは、ドラホスラフ=イエニーチェク軍務卿。
侯爵の位を持つ大貴族であると同時に叩き上げの軍人であり、出世の階段を昇りつめて王国直衛軍五万の頂点に君臨するスタニークの英雄だ。
「貴殿ら無駄飯喰らいの宮廷魔法師団の助力など不要! この掃討戦はカラミタを討伐しアンデッドどもを追い返した、我ら栄光の王国軍だけが参加する権利を持つ名誉ある戦いなのだ!」
軍務卿がその老体を震わせ、ドン、と白亜の床を踏み鳴らす。
現在この場で王へと具申されているのは、前触れなしにハナート山脈から現れた複数のカラミタと、王都を目がけて押し寄せてきたアンデッドとの戦いの方針についてだ。
全ての発端は半月ほど前のこと。
辺境領で出現したという
遥か北にある魔の森の抑えをザヴジェル辺境伯家に一任してから二百余年。
すっかり平和に慣れてしまっていたスタニーク王都は、その報せだけで恐慌に陥った。王が直々にあらゆる地方領主に援軍を要請し、直衛軍に大動員をかけたのだ。
そして今は。
王国の英雄イエニーチェク軍務卿の指揮により、前線に出てきていたカラミタは全て討伐し、大平原からアンデッドを見事押し返したという状況。現在は王国軍のうち第二師団が、その先のハルーザ丘陵へとアンデッドの残勢を完全に封じ込めている。
つまり、追撃して完全勝利を掴むのは今。
長々とした事前の諸侯会議を経て、集まった諸侯軍も合わせてここで総攻撃をし、一気にアンデッドを殲滅すべしと意見も集約された。残すは御前会議で王へ具申し、王命を得るだけとなっていたのだが――
「ですが、魔獣勢の挙動はあまりに不自然かと!」
今や時の英雄となっているイエニーチェク軍務卿に対し、執拗に自らの出陣を要請しているのは宮廷魔法師団を率いるエルフの面影を持つ優男。その名はユリウス=シェダ。
ザヴジェルに本家があるシェダ家、その分家筋の当主である彼は、先祖のハイエルフの血が強く出た魔法の才を引っ下げ、齢三十にして宮廷魔法使いの筆頭に登りつめた若き英傑だ。
「通常の大規模侵攻ならば、壊滅状態にしてようやく魔獣は退いていくと聞いております。先立ってザヴジェルを襲撃したあちらのカラミタ勢も退却の気配は最後までなかったとか。それが火魔法を軽く打ち込んだだけでこちらのアンデッドは簡単に逃げ出し、道を空け、カラミタを露出させたというではありませんか。アンデッドが火魔法に弱いのは周知の事実ですが、ならば尚更、ここで慢心せず念のために我ら宮廷魔法師団も随伴した方が――」
彼の不審は、ザヴジェルのシェダ本家から時折伝わってくる、魔獣の大規模侵攻に関する情報を元にしている。
今の王都は王国軍の鮮やかな勝利に酔い痴れているが、折に触れて対魔獣戦の本場であるザヴジェル領での話を耳にしているだけに、魔獣はそんなに甘くはないと聞いているのだが、と首を捻る日々が続いているのだ。
「――ほう、では我々が慢心していると、シェダ卿はそうおっしゃるのですな?」
が、ついつい口から零れてしまったユリウスのそのひと言を、軍務卿の若き腹心が聞き咎めた。
彼の名はレネー、カラミタを撃破しアンデッドからステクリー大平原を奪回した先の戦いの陰の立役者だ。開戦時は名もなき一兵卒だった彼はその修羅のごとき勇猛さで瞬く間に武勲を重ね、アンデッド百体切りや複数のカラミタ同時撃破などの目覚ましい活躍をしてのけた希代の驍将。対アンデッドの作戦立案にも神がかり的な貢献を見せ、今やイエニーチェク軍務卿の懐刀としての地位にまで昇りつめている王国軍勝利の象徴ともいえる人物だ。
「四体のカラミタを討伐し、十万のアンデッドをステクリー大平原から瞬く間に駆逐した我ら誇り高きステクリー王国軍が、実戦経験のない宮廷魔法師団には慢心して見える――類稀なハイエルフの血を持つシェダ卿は、我らにそうおっしゃるのですな?」
思わず後ずさる程の迫力で失言をしたユリウスに迫り、若草色の瞳を半眼にし鼻先で嘲笑う驍将レネー。
その尻馬に乗るように軍務卿も怒号を重ねる。彼の勝利の栄誉に、真正面からケチをつけたように感じたのだ。
「エルフの混血が何をほざく! 手柄欲しさに人を貶すでないわ! ――分かった、ならばはっきりと言おう。この掃討戦に魔法師団の援軍など不要。人族に非ざる血が混じる者は信用できぬゆえ、貴様らは王都で留守番をしていろと言っているのだ!」
あまりにもあまりな軍務卿のその言葉に、謁見の場に居並ぶ文官達が小さく身じろぎする。
純粋な人族を尊ぶ傾向があるこのスタニーク王国に於いて、エルフやブラウニーといった魔法に長けた種族が多くの席を占める宮廷魔法使いへの風当たりは強い。特に王国軍の中枢にはその意識が強く、頑なに蔑視する発言は時に周囲も眉をひそめていたものだ。
が、今は場の誰もが間に入ろうとはしない。
現在はステクリー大平原からアンデッドを撃退した王国軍の権勢が非常に強く、下手な発言は即座に失脚に繋がってしまうのだ。そしてこの場には官職持ちの宮廷貴族だけでなく王の援軍要請に応じた地方領主もいるのだが、彼らは彼らで軍務卿の機嫌を損ねたくない。
せっかくここまで軍を率いてきたのだ。巻き添えで留守番など押し付けられては、せっかくの勲功を得る機会をふいにしてしまう。
特にこの先の相手は、敗走する最下等のスケルトンやグールだと分かっているのだ。戦場で派手な活躍をし、自領に新たな利権のひとつでも持ち帰りたい――それが彼らの本音。
つまり、宮廷魔法師団長を庇う者は一人としておらず、軍務卿を後押しする発言ばかりが謁見の間に流れることとなる。その結果。
「――議論は出尽くした。カラミタを討伐した王国軍の勲功は紛れもない事実。宮廷魔法師団を王都防衛に残し、速やかに総軍で出撃して残るアンデッドを駆逐せよ。ドラホスラフ=イエニーチェク軍務卿に余の剣を貸与し、全権を委譲するものとする」
そう、王の命は下された。
賽は投げられてしまった。
宮廷魔法師団長のユリウス=シェダは独り唇を噛み締める。
ここまでの戦いは、あまりに上手く行きすぎている。
魔法一発で退いていくアンデッドもそうだし、本家筋から入ってきた情報と比べると、撃破したというカラミタですら呆れるほどに手応えがない。
守護魔獣もなく。
周囲のアンデッドが護ろうとするでもなく。
追加のアンデッド召喚で自らを守ろうとするでもなく。
ただの一兵卒の如くその場で交戦して討ち取られていったという。
亜人蔑視の風潮がある王国軍上層部に於いて、同じカラミタ禍を先立って乗り切った亜人の地ザヴジェルからの情報は、奥底で彼らの矜持を逆撫でするものなのだろう。ザヴジェルは王国軍と違い魔の森からの防衛で平時から目覚ましい戦果を上げ続けており、けれどトップは彼らの嫌う虎人族の血が混じる亜人系の家柄で、全体としても躊躇いなく亜人を優遇する辺境の地なのだ。
そのザヴジェルがもっと苦労したらしい、だから我らも油断すべきでない、などという警告は、誇り高い王国軍人の心を意固地にさせるだけに終わってしまった。
せめて自分や宮廷魔法師団が純粋な人族であれば、もう少し話を聞いてもらえたのかもしれない――
やりきれなさに拳を握りしめるユリウスをよそに、イエニーチェク軍務卿を中心とする王国・諸侯軍が勇ましく出撃していくのはこの二日後のことだ。
スタニーク王国の歴史に残る大攻防戦が、今、ゆっくりとその幕を開けようとしている。
―次話より第四部本編 『戦火の王都、ザヴジェルの参戦』―
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