32 再会

 夕焼けに照らされたドウベク街道沿いの木立の中。

 荒々しい峡谷地帯も終わり、パイエルの街まで程近いその場所に、ヤーヒムと十人の鹿人族の家族が身を潜めていた。


 子供達は未だに青白い顔をしており、幼いリジーは父親の腕の中にぐったりと体を預けている。

 ヤーヒムが持ち帰った解毒剤が効かなかったという訳ではない。鬼気迫る勢いで駆け戻ったヤーヒムが小瓶の白い粉を渓流の水で溶いて全員に少しずつ飲ませていったところ、確かに全員の痙攣や震えは収まり、徐々に容体も安定していったのだ。


 問題は、十人という人数に対して明らかに薬が少ないということだった。

 小瓶の中の白粉を全て使い切りはした。いや、それでも充分な量で、そもそも快復まで時間がかかるものなのかもしれない。けれどその後目を醒ました鹿人達の様子を見るに、完全に解毒が出来た訳ではなさそうだった。もしかしたらあの卑劣な小男のこと、自分の分だけを少し多めにしか用意していなかったのかもしれない。


「あの……騎士様、ここまで来れば後は私達だけでも」


 生気のないベルタの傍らに寄り添うように腰を下ろしたヤルミルが、木にもたれつつ申し訳なさそうに小声でヤーヒムに告げた。

 その視線は無残に切り裂かれたヤーヒムのロングコートの右腕部分を不安げにうろうろと行き来している。同行していたセルウスが実は悪人で、昼食に毒を混ぜたと知ったのだ。そして、その後ヤーヒムが戦闘の末に解毒剤を入手し、自分達に飲ませてくれた、とも。


 それは表面的な事実を並べただけのものであったが、ヤーヒムとしてはそれ以上の説明をするのには躊躇いがあった。詳しく話していけばどこかで、自分がヴァンパイアだという事実に近付いていってしまうからだ。この家族に怯えられ、逃げだされるのが怖かったのかもしれない。


「……いや。もう少しだけ待て」


 ヤーヒムは最後に「すまない」と小さく付け加え、木立の中からヴァンパイアの鋭敏なる五感を研ぎ澄ませて街道の監視を続けた。

 申し訳ないと感じているのは、説明が足りないことに対してだけではない。彼らを残忍なノールから救出したのは良いとしても、けれど結局、より過酷な状況に巻き込んでしまったという思いがひしひしと彼の心を圧迫している。毒についてもそうだし、さらに――


 彼ら全員が動けるようになってから、魔獣を蹴散らしながらどうにかここ、街道の脇まで辿り着いた。

 が、ここまで来てふと思い出したのは、先の戦いの中でゼフトの男達が本隊に報告するのどうのと言っていたこと。もしかしたら、この街道に出ればさっき一戦を交えた者達はもちろん、それ以上に人数の多い本隊と遭遇する危険があるのではないか。


 執拗な人間社会の追手達。

 裏社会のゼフトだけでなく、<闇の手>トゥマ・ルカというきな臭い黒騎士集団もいつの間にかそこに加わっている。

 ヤーヒムの事をしっかりと研究し、更に人手も注ぎ込んできているらしいゼフト。あの乱戦の中で、転移を誘う魔法攻撃の罠を仕掛けてきたのには背筋が凍った。振り返れば慌てて転移せずとも、今のヤーヒムなら【霧化】で凌げたはずだったのだが――過去に捕らえられた時のトラウマなのか、どうにも魔法に対しては過剰反応してしまう悪い癖なのかもしれない――、それはともあれ、その反省は今後に生かすとしても。


 ヴァンパイアの弱点をしっかり突いてくる、そんな嫌らしい攻撃をしてくるゼフト。彼らだけでも厄介なのに、それに加えて、奴隷を装ったセルウスのような者を潜り込ませてきた多芸なトゥマ・ルカ。あの集団のリーダー格の男は油断ならない使い手でもあった。


 周囲は全て敵、そう覚悟はしていたが、執拗に迫ってくる追手はこの先どこまで増えるのだろうか。そしてその戦いは、ヤーヒムの周りにいる者まで容赦なく巻き込んでいくのだ。


 そんな追手のことを考えれば、街まで同行せずにここで鹿人達と別れを告げるのもひとつの手だった。ゼフトやトゥマ・ルカと遭遇しても、ヤーヒムさえいなければ彼らが見逃される可能性は高い。だが――


「…………」


 ――図らずも危険な立場に巻き込んでしまった鹿人族の三家族を横目で眺める。ノールから救い出したのはいい。だが、結果として彼らは未だ毒の影響下で苦しみ、大人ですらよろよろとしか歩けない有り様だ。


 ここでヤーヒムが彼らと別れたとして、街道には森ほどでないにしても魔獣が出没する。未だ容体が不安定なリジーもいるし、今のヤルミル達だけで街道を行かせるのは賭けに近いだろう。体調を考えれば彼らは安全かつ速やかに街まで行き、全員が一度医者に診てもらうべき状態なのだ。


 そこまで考えたヤーヒムは心を決めて彼らに告げた。

 街道を通る大規模な隊商に金を払い、彼らを街まで乗せていってもらうことにすると。


 それならばヤーヒムの追手と無関係に安全に街まで行けるし、金ならある。

 ノールが残していった僅かな額はヤルミル達に分配してしまったが、セルウスのマジックポーチの中にかなりの額が入っていた。隊商相手の交渉なら、高位の騎士然としたヤーヒムの身なりも好影響を与えるだろう。ノールに拉致された鹿人族を救出したから街に送って欲しい、そう言えばいいのだ。嘘ではないし、大規模な隊商であれば信頼も出来るはずだ。


 そうして自分は影から隊商に近寄る魔獣を間引きつつ、こっそりと同伴して行けばいい。街までの様子を見て、対魔獣の実力も含めた隊商の真の信頼度を確認する。せめてその位はこの三家族にしてやりたい。


 そういうことを考えつつ、この街道脇の木立に身を潜めて隊商を待っている訳なのだが。


「騎士様……あの、やっぱりちょっと申し訳なさすぎるというか……ここで休んでそれなりに回復してきましたし、なんとか自分達で歩いて……」

「……我の我が儘だ。隊商と話させて欲しい」


 ヤルミル達は未だに複雑な表情を浮かべ、完全には納得していないようだ。

 隊商に護送してもらうには金がかかる。ただでさえノールから救ってもらい、自分達のためにあの悪人奴隷と戦って解毒剤も確保してもらい、その上さらに街までの護送費まで負担してもらっては申し訳なさすぎるというのだ。


 純朴で温厚な鹿人族らしい反応ではある。

 だが、そのうちの半分以上は実はヤーヒムが原因なのだ。全ての事情を明かしていない後ろめたさもあり、ヤーヒムは頑なに自案を主張し続けている。そして、そうこうするうちに――



「…………!」



 ヤーヒムの鋭い聴覚がようやく遠くの馬の嘶きを拾った。

 目を瞑って更に集中を増せば、ガラガラと複数の車輪が硬い地面を転がる音、のんびり話す人の声らしきものも聞こえる。ヤーヒムの読みでは、昨日ドウベク街道で追い抜いた隊商のどれかがそろそろこの辺りを通過する可能性が高いと踏んでいたのだ。


 あれからほぼ一日。ヤーヒムは古城まで回り道をしたが、まっすぐ街道を進む隊商の進み具合はどうなのか。

 一般的にはドウベク街道の峡谷地帯を抜けるのに、ほぼ一日かかると聞いていた。ゆっくり進む隊商であればちょうど峡谷出口のこの辺りを通過する頃合いである。そしてここはパイエルの街の手前だ。夜は安全な街に泊まりたいというのが人情ならば、昨日追い抜いた隊商に限らず、夕刻の今頃ここを通過するよう旅程を調整する者も多いのではないか――その推測は、どうやらさほど的外れではなかったらしい。


「……騎士様?」

「来たぞ。合図するまでここで待っていろ」


 来たのは隊商で間違いない。ヤーヒムの耳は、重い荷物を載せた荷馬車が二十近くまとまって進む音を捉えていた。


 運が良い――ヤーヒムの脳裏に、前日に人知れず追い越した大規模隊商の姿が浮かぶ。あれならば確か、腕の良さそうな傭兵パーティーがしっかりと護衛についていたはずだ。だが、純朴な働き者である鹿人族に邪な思いを抱いたり、あとは余計な者が追加で混じっている可能性もある――


 ヤーヒムは背中の剣の具合を確認し、夕陽に染まる街道へと一人静かに足を踏み出した。




  ◆  ◆  ◆




「おおい、荷馬車の積荷を寄せろ! カレルの鹿人たちを乗せてやるんだ!」


 隊商を率いる立場にあるらしい、人好きのする丸顔の商人が背後を振り返って声を張り上げた。

 ヤーヒムの話を聞き、ノールという単語を耳にするなり非常に協力的だったのだが、合図を受けて木立からぞろぞろと出てきたヤルミル達を見るなり更にこの反応だ。


「ああベルタちゃんも可哀想に。ヤルミルの旦那は私の馬車にどうぞ、色々と話を聞かせてください。子供達はひとつ荷馬車を空けます。横になるスペースがあった方がいいでしょう」

「申し訳ないです、クレメンスさん。子供達のところに大人が誰か一人ついていてもいいですか? まだ少し具合が悪くて――」


 隊商を率いる商人の名はクレメンス、どうやらヤルミル達とは顔見知りだったらしい。

 それもそのはず、このクレメンス商会の隊商はブシェクとザヴジェルを定期的に往復する最大規模の隊商で、ヤルミル達の住むカレル村の特産である麦はそれに欠かせない商材であるのだとか。

 丁寧に迎え入れられていく鹿人達を見ながら、ヤーヒムは彼らのささやかな幸運にほっと安堵の息を吐いた。


「騎士様、この度は本当にありがとうございます。まさか保護されたのがカレルの鹿人衆だったとは……さっきのお金はお返しします。どうせ村には立寄る旅程、そこまでこのクレメンス商会が責任を持って連れて行きましょう」


 クレメンスがヤーヒムに向き直り、深々と頭を下げた。

 年の頃は四十手前の働き盛りという辺りか。どうやら当たりを引いたらしい。人の命が軽いこの世界で、クレメンスは物事を長い目で見る堅実な商売をしているようだ。人柄も悪くない。きびきびと動きつつ、横目で子供達を心配そうに眺める隊商各員の表情がこの代表者の言葉を裏付けしていることを確認しつつ、ヤーヒムは言葉少なに話の穂を継いでいく。


「……要らぬ。金は取っておけ」

「いや、私ら商人にも五分の魂というものがありまして。とても受け取る訳には参りません」

「……ならば、村に着いた後、その金で必要なものを少しでも融通してやってくれ。今、村がどういう状況になっているかは知らぬが――」


 ヤーヒムは言葉を濁らせたが、それだけでこの商人には通じたようだ。

 ハイエナの獣人ノールの部族が村人を襲った、その事実から連想されるものをクレメンスも同様に思い描いたのだろう。初めは「騎士様、そこまでしていただかなくても……」などと口ごもっていたヤルミルも、やがてその鹿人族特有の大きな黒い目をぎゅっと瞑り、ゆっくりと首を振りながら大きなため息を吐いた。


「――そうですね、分かりました」


 クレメンスが厳しい顔で頷き、おずおずと幌付きの荷馬車に誘導されていく他の鹿人達に深い同情の視線を向けた。


「それと、彼らは全員が毒を受けている」

「えっ……」

「解毒剤は飲ませたが、完全ではないようだ。この中に――」


 ヤーヒムは、セルウスから奪ったマジックポーチを、ぽん、と投げ渡した。


「――その毒の残りと解毒剤の空き瓶が入っている。金もそれなりに入っている筈だ。次の街の神殿でこれを見せ、確実な治療を受けさせてやってくれるとありがたい」

「わ、分かりました……ただ、ええと、マジックポーチはお返ししますね。こんな高価なもの、それこそ受け取れません」


 クレメンスは慎重にポーチからふたつの瓶と銀貨数枚を取り出すと、恭しくヤーヒムに返却した。それだけの額があれば充分な治療が受けられるらしい。そして振り返ると、停止した隊商周辺を抜かりなく警戒している護衛の傭兵達に手を挙げて合図をした。


「それと騎士様、昨日からこのドウベク街道がいやにきな臭いと言いますか、物騒な者の姿を多く見るのですが……退治なさったというノールと何か関係があるのでしょうか。出来れば隊商の安全に関わることなので、私共の護衛隊の者と情報共有を図らせていただけると有難いのですが」


 クレメンスが次の話題として持ち出したのは、出来ればあまり詮索されたくはない領域への疑問だった。が、これだけの隊商を率いる者としては当然の心配なのだろう。

 ヤルミルも愛娘ベルタの様子を見てくると言って、二人に気持ちのこもったお辞儀を残して場を離れていく。


 逆に追手達の情報を得る良い機会、なのか――残ったクレメンスの真摯な目を見ながら、ヤーヒムはゆっくりと頷いた。


「ありがとうございます。おおーいラディム、シモン、ちょっと来てくれ」


 クレメンスの手招きを受け、傭兵達の中から油断なくこちらに目配りをしていた二人の男が近づいてきた。

 片や大剣を背中に背負った筋骨隆々たる熊人族の大男、片や並々ならぬ魔力を身にまとった壮年エルフの魔法使いである。


「よくやってくれた騎士殿、ノールに攫われた人間はまず無事じゃすまねえからな。俺らからも礼を言わせてくれ。俺はラディム、ユニオン所属の傭兵団<地響き>の団長だ。で、こっちがウチの頭脳担当、副団長のシモン」


 大股で歩み寄ってきた厳つい大男が荒々しくヤーヒムの手を握ってきた。その顔は裏表のない労いに満ちており、一瞬の躊躇の後ヤーヒムは同じだけの力を込めてその手を握り返した。


「……ヤーヒムだ」

「おう、後は俺達に任せてくれ。<地響き>の名に賭けて安全に送り届けて――」


 と、その時。副団長と紹介された魔法使いのシモンが、エルフ特有の尖った耳をぴくりとそばだたせた。


「話中に失礼。団長、峡谷から誰か突っ込んでくるぞ。ケンタウロスと女騎士の二騎。あと子供もいるな。俺の使い魔がなにやらごちゃごちゃと――」


 ――ケンタウロス?


 まさか、な。

 その単語を聞くなりヤーヒムの脳裏にあの人懐こい笑顔が浮かんだが、小さく頭を振って追い払った。ヤーヒムの知るケンタウロスは<ザヴジェルの刺剣>と一緒に未だブシェクを出ていないはずだ。けれど、女騎士と子供……?


 僅かに眉を寄せるヤーヒムの前で、ラディムと名乗った熊人族の傭兵団長も首を捻っている。


「……なんだそりゃ。妙な組み合わせだな、おい? まあ、騎士となりゃ貴族の可能性もある訳か。――おおい野郎共、荷馬車を道脇に寄せて道を空けろ! 後方からまたお客さんだ、貴族の可能性もある! 急げ!」


 ラディムの野太い叫びを受け、隊商が一斉に動き出した。

 慌てて鹿人達を荷馬車に乗り込ませ、声を掛けあいながら二十台にもおよぶ大隊列を移動させていく。


 貴族であれば道を譲るしかないし、ただでさえ街道上に不穏な空気が漂っているのだ。ラディムがその場で声を張り上げ、部下の傭兵達に慌ただしく細かな指示を出し始めている。隊商の責任者である商人のクレメンスもヤーヒムに断りを入れ、急ぎ足で自分の馬車に向かって走っていった。


「結構な速さだ、もうじき視界に入ってくるぞ。でも、うーん、少なくともゼフトの関係ではなさそうだな……」


 第一報を告げたエルフのシモンは未だ目を閉じて使い魔と対話を続けている。

 ラディムはそれを聞いてほっとしたような顔を見せたが、ヤーヒムはかろうじて表情を動かさずに済んだ。


 今、このエルフは当たり前のようにゼフトと口にした。

 この男達はどこまで知っているのか。いや、道行く隊商にも分かるほど、大々的に闇組織のゼフトが追跡してきていると解釈するのが正しいのか――


 誰もヤーヒムの一瞬の動揺には気付いていない。

 荷馬車二十台を超える大所帯の隊商が急いで道を空けようとする喧騒の中、ヤーヒムは少しでも情報を得ようと自らも聴覚に神経を集中し始めた。そして、そんなヤーヒムとラディムの前でシモンの報告は更に続く。


「……それにしても、ケンタウロスが背中に子供を乗せてる? あの誇り高い人馬が? あの子供、どこぞの王族とかなのか? こりゃ粗相があったら大変だ……」

「うおいシモン、王族だと!? なんで護衛はいねえんだ? 厄介ごとじゃねえよな……」


 シモンの口から次々に零れる新情報にラディムの顔がどんどんとひきつっていく。

 ヤーヒムはヤーヒムで、怜悧な無表情を保ちつつ密かに己の考えを巡らせている。


 ……アマーリエの関係なら高位貴族の子供がいる可能性もある。が、あのフーゴがそうも容易に背を許すとも思えない。となれば。


 ヤーヒムの奥歯が人知れず噛み締められ、声を掛けあいながら隊列を調整していくクレメンス商会の様子に視線が向けられた。


 ……この隊商は真っ当な隊商だ。率いるクレメンスを始め、護衛のラディム達も善良な男達と言っていいだろう。今はヤルミル達、鹿人族の親子も同乗している。もし接近しているのがフーゴでなければ、自分がいることで無用な騒ぎが起こるかもしれない。これ以上無関係な者達を巻き込まぬうち、今のうちに念のため姿を隠しておくべきか。


 ヤーヒムが静かに体勢を整え、視界の端で街道脇の木立を値踏みし始めた時、軽快に街道を進む馬蹄の音が聞こえはじめた。シモンの言うとおり、かなりの速度を保っているようだ。


 ……いや、隊商側からしてみれば突然姿を消されるのも不審な行動か。それでヤルミル達の扱いが変わることはないと思うが、この場は傭兵達の中に紛れてやり過ごす方向で行こう。相手は二騎でこちらは大所帯、前面に出なければそこまで見咎められることはあるまい。


 急速に馬蹄の音が迫ってくる中、そう決断を下したヤーヒムはさり気なくフードをかぶり、ラディムの巨体の陰に隠れるようそっとその身をずらした。


 二騎の足音は速度を保ちながら着実なリズムで接近してきている。

 どこから早駆けをしてきたか知らないが、かなりの脚力だ。追手だとすれば相応の使い手だろう。ヤーヒムが可能な限り気配を殺し、傭兵達の影から様子を窺っていると――



 ……何?



 ヤーヒムの視界にまず入ってきたのは、もうもうと上がる砂埃。

 その盛大な砂埃を引き連れ、まっすぐひた走ってくるのは逞しいケンタウロスともう一騎――



 ――リーディア! そしてフーゴ!



 黄金色のしなやかな髪を風に靡かせ、見事な馬術で白馬を駆るハイエルフの末裔。そして、子供を背負い、茶色の乱髪に見覚えのある無骨な半身鎧をまとったケンタウロス。

 間違いない、リーディアとフーゴだ。


 だが、彼らがこんなところにどうして?

 ラビリンス攻略の祝宴や政治的なあれこれで暫くブシェクを離れられないのではなかったか。それに、なぜ二人だけで――


 理由はどうでもいい!

 ヤーヒムは未だ距離のある彼らの前へと飛び出した。フードをはねのけ、背後に盛大な砂埃を引き連れ急迫する二人に向かって疾駆する。


「な、ちょ、騎士さん――!?」


 傭兵のラディムが声を上げるのと、シモンの使い魔らしき烏を頭上に伴ったリーディアが目を丸くし、手綱を引いて馬脚を緩めるのは同時だった。


「おい、ありゃ<暴れ馬>のフーゴだぞ!」

「騎士の方はザヴジェルの関係だ! あの鎧、間違いねえ! あんなに急いで何があった!?」


 ヤーヒムとフーゴ達の距離ががみるみる縮まっていく中、接近する二騎の正体に気がついた傭兵達がどよめき始めている。


「まさか、ヤーヒムっ!?」

「いい所にいたッ! 頼みがあるヤーヒム!」


 見事な手綱捌きで馬を急停止させるリーディア、重なるようにそれにならうフーゴ。一拍遅れてもうもうと周囲を呑み込む砂煙。

 そしてその砂煙の中から、リーディアが藁にも縋るような声でヤーヒムに叫んだ。


「ヤーヒム助けて! ダーシャが、ダーシャがっ!」






―次話『忌み子』―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る