30 スレイブの罠

「あ、騎士さま!」

「お父さん、騎士さまが戻ってきたわ! お父さーん!」


 蔦に覆われた城壁を超えると、案の定中庭の井戸で朝の身支度をしていた子供達が一斉に振り返った。

 幼いリジーの面倒を見ていた兄のイジー、振り返って大声で父親を呼ぶ女の子のベルタ。しっかりとした食事と睡眠が良い効果をもたらしたのだろうか、子供達の顔には幾許かの明るさが戻ってきており、ヤーヒムに対する壁も低くなっているように感じられる。


「騎士さまーっ」


 手に数羽の野兎を提げて中庭に入っていくヤーヒムに、大声で父親を呼んだベルタがイジー兄弟の手を引っ張って駆け寄ってきた。

 活発な子なのだろう。昨夜ヤルミルが宝物だと語っていた、その娘だ。幸いなことに子供達の目の下に刻まれていた隈はひと晩でかなり薄れているようだ。


「騎士さまどこに行ってたの? お父さんがすごく心配して――」


 天真爛漫、まとわりつくように話しかけてくるベルタの言葉に、ああそうか、とヤーヒムは頷いた。

 朝起きたら見張りに立つと言っていた庇護者がいなくなっていたのだ。拉致家族のまとめ役たらんと気を張っていた、責任感の強いヤルミルはさぞ気を揉んだことだろう。


「……朝食を少し採ってきた。食べていいぞ」

「わ! おいしそうな果物がいっぱい! チーハの実もある!」


 ヤーヒムは背嚢を降ろし、子供達の前で大きく口を開いてやった。鹿人族特有の大きな黒い目を輝かせて中を覗き込むその姿は非常に微笑ましい。ベルタが幼いリジーに早速ひとつ手渡してやり、自分は兄のイジーと半分こで食べ始めた。残りの子達もおずおずと集まってきており、ヤーヒムは彼らの小さな手に背嚢を委ね、邪魔をしないようにそっと立ち上がった。


「騎士様! 姿が見えないので何かあったのかと――」


 ちょうどその時、古城の中からヤルミルが乱れた茶色の髪を靡かせ、素朴な木綿の上着を大きくはためかせて走り出てきた。そして、ヤーヒムの背後を見て足を止める。ちょうどその時、ヤーヒムから少し遅れ、薄汚れた猿顔の小男がこそこそと城壁を超えてきたのだ。


「騎士様、あの、後ろの方は……?」


 ヤルミルだけでなく、一緒に出てきた他の大人達も警戒の眼差しで足を止めている。

 無理もない。セルウスは奴隷とはいえノール側の人間、しかも評判のよろしくない蛇人族だ。ただ、彼らの視線にあからさまな拒否反応はなく、僅かに好奇の眼差しも混じっているように見える。対するセルウスも予想外の光景を見たようで、目を丸くして拉致被害者の面々を眺めている。


 ――辻褄は合わなくもない、のか。


 昨夜ヤルミルに聞いた話によると彼らがこの古城に連れて来られたのは昨日の昼前後、そしてセルウスは酒を盗みに街に行かされていて今戻ったところ。

 街まで片道一日と聞いている。セルウスが隷属の首輪の強制力で休みなしに歩き続けていたとしても、ノールがヤルミル達を攫って帰ってきてすぐに使いに出されたのだとすれば、双方が初顔合わせなのも頷けるしタイミング的にもギリギリおかしくはない。


 ヤーヒムが頭の中でそんなことを考えている間にセルウスが驚きから立ち直り、「嬢ちゃん、初めまして」と担いだ麻袋から干した果実を取り出してベルタに歩み寄っている。その猿顔は少なくとも笑顔であり、ベルタもおずおずと受け取ったようだ。


「……いやはや、もう討伐は済んでやしたんですね」


 先の一瞬で素早く状況を把握したらしいセルウスが、子供達の前からため息混じりにヤーヒムを振り返った。


「ってことはあっしはもう自由の身だったってことで――いやいや、変なことは考えてませんて。旦那に仕えさせてくれって言葉に嘘はねえです。同じ奴隷でも騎士様の奴隷なんて大出世、後でこの首輪に旦那の血を垂らしてくだせえ。上手くいけば主が変更になるハズです」

「…………」


 そんな遣り取りとセルウスに嵌められた隷属の首輪を見た鹿人族の大人達は大体の事情を悟ったらしく、同情の面持ちで近付いてきた。セルウスも愛想よく彼らに接し、ヤーヒムの確認を取って酒と珍味が詰め込まれた麻袋を丸ごと彼らに渡したりしている。


「――騎士様、早速朝食の支度をしてしまいますね。ふふ、なんだかすごく豪華なことになりそうです」


 昨夜甲斐甲斐しく調理器具を準備していた大人の女――ハナという名前らしい――がほっとしたように微笑みながら、ヤーヒムから野兎を受け取ってもう一人の女と調理方法を賑やかに相談し始めた。セルウスも率先して動き始め、腕まくりをして下働きを買って出ている。誰しもが知る隷属の首輪をしているせいか、女達の警戒心もあっという間に解けているようだ。幸薄そうな猿顔もひと役買っているのかもしれない。


「…………」


 ヤーヒムは何も言わず崩れた石垣まで下がって軽く腰掛け、セルウスと鹿人族親子が荒れ果てた古城で賑やかに朝食の支度をする姿を見守ることにした。




「――パイエルの街だったらこの道が近いですぜ。このペースでも午後遅くには着いちまいますって」




 食事を終えた一行は、隊列を組んで木漏れ日落ちる森の中を進んでいく。先頭は率先して道案内を買って出た蛇人族のセルウスだ。


 その背にはノール共が貯めこんだ宝飾品がこれでもかと担がれている。明け方に古城内を探索したヤーヒムが見つけたもので、たいした物でもない為に捨て置くつもりでいたものだ。

 が、それを聞きつけたセルウスが「自分に運ばせてくだせえ」と言い出したのだ。街で売り払えば多少なりともヤルミル達への見舞金にもなるだろう、そういうことだったのだが。


 セルウスの隷属の首輪は、既にヤーヒムの血を垂らして主の変更手続きを済ませてある。

 賑やかな朝食を済ませた後、セルウスが言い出してホールに放置してあったノールの死体を見に行ったのだ。その場で「ああっ! こいつがあっしの主だった奴です!」とひとつの死体を指差し、隷属の首輪の主変更をせがまれて、言われるがままに手続きを進めたのだが――


 ヤーヒムが背中の片手剣で指先を小さく傷つけ、血が滲んだその指でセルウスに導かれるままその首輪に触れると、確かにぼんやりと首輪が光った。同行したヤルミルも厳粛な面持ちで頷いており、間違いなく本物の隷属の首輪のようだった。

 これでセルウスはヤーヒムに絶対服従となる。ヤルミル達にとっても不安材料はなくなった筈なのだが……


 ……なんだか上手く出来すぎている。


 そうヤーヒムが思うぐらいに順調に、セルウスは流れるように奴隷の立場に収まったのだった。


「にへへ、あっしもツイてますね。あんな人外の主から解放されて、旦那みたいな立派な騎士様に拾って貰えるなんて」


 今のところ、この猿顔の蛇人族の挙動に不審な点はない。

 今の彼の怪しい点を強いて挙げるとすれば、時折遭遇する魔獣を発見するのが早すぎることと、懐深く忍ばせたマジックポーチを未だに隠し続けていること、この二点だ。


 魔獣への反応の早さは、元が迷宮採掘者――ディガーだったということで一応の説明は出来る。マジックポーチに関して言えば、中身など入っていなくてもそもそもが高価なものだ。奴隷になっても小狡く隠し続け、そこに己の財産を貯めこんでいる、と解釈できなくもない。


 だが――


「だ、旦那っ! また魔獣が! お助けを!」


 一行の先頭からセルウスがどたばたと逃げ戻ってくる。

 初めてこの小男を見つけた時の気配の消し方、足捌きなどからは格段に劣る素人の動きだ。あの動きが出来るなら、この程度の魔獣など片手間で屠れるのではないか。少なくともあの時は、昨夜戦ったノールの雑魚どもとは比べ物にならない凄味をヤーヒムは彼に感じていたのだが。


 ただ、いくら違和感を感じていても、この場でヤーヒムのやることはひとつだ。


「わあ! 騎士様すごいっ!」


 殿の位置から最前列までひと息で飛び出し、流れるような剣捌きで複数のサーベルドッグを次々に斬り飛ばしていく。

 ベルタを始めとした子供達の歓声が背中に届くが、鹿人の大人連中はそんな子供達を守るようにしっかりと円陣を組んで警戒態勢を取っている。持っているのは木の棒や小振りのナイフ――野盗の調理道具の中に入っていたもの――がせいぜいだが、それなりに森の中の戦闘にも慣れているようだ。


「…………怪我はないか?」


 他に魔獣がいないことを確認し、ヤーヒムは背中に剣を戻しつつ鹿人達を振り返る。【ゾーン】の空間把握で魔獣が彼らのところまで到達してないことは知っているが、観衆の視線がこそばゆく、何かを口にせずにはいられないのだ。


「うん、大丈夫だった!」

「……そうか。だが気は緩めるな」

「うん!」

「はい、騎士様!」


 子供達が英雄を見るような顔でヤーヒムを見ている。

 自分はそこまで立派な者ではない。実際のところ、人間社会が忌み嫌うヴァンパイアなのだ。もしこの子供達が己の正体を知ったら、きっとひどいショックを受けてしまうだろう。だが――


 子供達の純粋な賞賛の視線は、ヤーヒムの心を捕えて離さない。

 嬉しいのだ。自分が同じ仲間として受け入れられた、そんな気分になってくる。むず痒く、ほんのりと温かい気持ちになって……


 ……せめてこの森を抜けるまでは、ヴァンパイアであることは知られないように努力しよう。


 そう心に決めるヤーヒムだった。


「――さあ、止まっていると他にも集まってくるぞ。みんな、もうちょっと頑張ろう」


 いつの間にか鹿人達のリーダー役に収まっていたヤルミルが明るい声で場を取り仕切った。

 はーい、と子供達が元気よく歩き始める。ヤーヒムは再び最後尾に立つべく、彼らを先に行かせようと立ち止まって全体を見渡した。


 ……問題は、この男だ。


 ヤーヒムは、未だ子供達のそばで棒立ちしているセルウスに目を向けた。

 この不審な男はこの不審な男で、戦闘の度に妙な眼差しでヤーヒムを眺めているのだ。


「…………さっきから思ってたんでやすけど、旦那って、もしかして有名な剣士様か何かで?」


 探るような、奴隷を演じるここまでのセルウスにはどこか似合わない眼差し。

 ヤーヒムの冷たいアイスブルーの視線にも負けず、じっと奥底を覗き込んでくる。


「……答える必要はない。早く先導しろ、命令されたいのか?」

「へいへい、怒らないでくだせえ。でも、そう言いながら強制的に命令をしないのは旦那のいいところで――」

「…………」

「ひええ、行きますってば!」


 セルウスが小走りで先頭に立ち、仲良く手を繋いで歩き始めた子供達を先に行かせて、ヤーヒムはまた最後尾を歩き始めた。


 セルウスの言葉が正しいならばパイエルの街まであと半日。

 何事もなく送り届けられればいいが――ヤーヒムは祈るような気持ちでため息を吐く。地下牢を脱出してからというもの、迷宮都市ブシェクの守備兵、裏社会のゼフト、そして執念深き略奪部族ノールと、次から次へと物騒な相手と嫌な縁が出来ていくのだ。


 ……そういえば、<ザヴジェルの刺剣>の面々は元気だろうか。


 今思えば、彼らは得難き同行者だった。一方的に唐突な別れ方をしてしまったが、その後は無事にやっているだろうか。

 ラビリンス攻略の祝宴や政治的なあれこれで、暫くブシェクに留まることになりそうだと言っていた。いつかザヴジェル領で再会し、挨拶ぐらいは出来るとよいが――


 ヤーヒムの心中の独白はしかし、予想外に早く実現することとなる。

 悩めるヴァンパイアを中心に巻き起こる戦いは、再びすぐ眼前にまで迫っていた。




  ◆  ◆  ◆




「さあ、ここいらで昼飯にしやしょう」


 渓流のほとりで掛けられたセルウスの言葉に、一行はほっとしたように足を止めた。

 子供達は歓声を上げて渓流に突撃し、大人達は手際よく昼食の支度を始める。この渓流に沿って下って行けばもう少しでドウベク街道に出て、そうなればパイエルの街は目と鼻の先らしい。


 旦那のお陰で怖いぐらいに順調ですぜ――そんなセルウスのおべっかを聞き流しつつ、ヤーヒムは思ったよりも体力のある鹿人達を眺めた。


 魔獣との戦いに慣れていないとはいえ、そこは日常的に農作業に勤しんでいる若い鹿人族だ。若い母親を中心に、周囲の野草をふんだんに入れたスープを手早く作り上げている。


「はい、イジーどうぞ。これベルタが入れたんだよ?」

「わあ、おいしそう!」

「えへへへ」

「わ、僕も僕も!」

「はい、リジーもどうぞ」

「ありがとうベルタおねえちゃん!」


 どうやら世話好きな女の子のベルタは、イジーのことをかなり意識しているらしい。出来上がった新鮮な三ツ葉が浮かぶスープを真っ先にイジーに手渡し、返ってきた褒め言葉に頬を染めて嬉しそうに笑っている。そこにイジーの幼い弟リジーが加わり、なんとも微笑ましい子供同士の輪が出来上がった。

 火の側からそれを遠目に見守る親たちの顔にも柔らかい笑みがこぼれており、ヤーヒムの口許にも知らず知らずのうちに微かな微笑みが浮かんでいく。



 が。



 一行がささやかな食事を楽しむ、その平穏なひと時は長く続かなかった。


 まず、いつの間にかセルウスの姿が消えていることにヤーヒムは気がついた。さっきまで母親たちと一緒にスープを配っていた筈が、目を離した僅かな隙に忽然といなくなっている。

 大人達に騒ぐ様子はないことから、小用でも足しに行ったのかもしれない。が、ヤーヒムの第六感がざわざわと波立ち始めている。何かおかしい――


 ヤーヒムはスープを手にしたまま鋭く顔を起こし、念入りに周囲の木立に視線を巡らせいく。


 その時。


 子供同士で並んで仲良くスープを飲み始めていたベルタとイジー兄弟が、唐突に地面に崩れ落ちた。

 続いて、思い思いの場所で三々五々昼食を取っていた他の家族達も、次々と地面に倒れ込んでいく。その顔は一様に苦悶に満ちており、弱々しく喉をかきむしっている者もいる。


 ……毒だ!


 ヤーヒムは自らの手にあるスープの匂いを深々と嗅いだ。

 ヴァンパイアの鋭敏な嗅覚で注意深く探って初めて分かる、自然素材の豊かな香りの中に幽かに混じった不自然な鉱物臭――間違いない、何らかの毒が混入されている。姿を消したセルウスの仕業か!


 だが、奴隷は主であるヤーヒムの取る食事に毒など入れられないはず。あの隷属の首輪は間違いなく本物だった。だからいくらセルウスが調理に関わろうとも、その料理に関しては特に警戒はしていなかった。なのに何故!


 ヤーヒムは臍を噛む思いでベルタとイジー兄弟に駆け寄った。三人ともつい先程の無邪気な笑顔は嘘のように拭い去られ、蒼白な顔でガクガクと体を震わせている。既に意識の混濁も始まっていて、鹿人族特有の黒く大きな瞳は乱暴に抱き起こしても虚空を彷徨うばかりだ。


 クソ!

 ヤーヒムは一瞬の躊躇もなく自らの手首を噛み破り、溢れ出す鮮血をそれぞれの口に垂らし込んだ。己がヴァンパイアであることを知られてもどうでもいい、だからどうか――


 祈るような気持ちで様子を見守るヤーヒムの腕の中で、子供達の体の震えは少しずつ収まっていった。


 よし!

 ヤーヒムは優しく彼らを地面に横たえると、即座に他の家族の元へと走った。


 ヴァンパイアの血には奇跡のような治癒効果はあっても、毒に対する解毒効果まではない。特殊な毒であればあるほど専用の解毒剤は必須だ。

 だが、真相直系の高位ヴァンパイアたるヤーヒムの血は、どうにか皆の命をつなぎ止める役には立つようだった。



 ――セルウスはどこだ!



 激しく痙攣する鹿人達の口に片端から己の血を含ませつつ、ヤーヒムは自制をかなぐり捨てて周囲を探る。

 毒を飲ませ、襲ってくるなら今だ。なぜ来ない。鹿人達だけが先に倒れ、ヤーヒムが飲まなかったから逃散したのか。いや、その前にこの場から気配が消えていた――


 と、渓流の下流の方で誰かが驚きの叫びを上げたのが聞こえた。続いて剣と剣がぶつかり合う音も。

 ヤーヒムは最後に己の血を飲ませた若い父親の頭を素早く地面に下ろすと、周囲に他の気配がないことを確かめ、矢のように下流に向かって走り出した。



「な、なんで<スレイブ>がこんなところ――ぐはっ!」



 不意に渓流の先から届いた見知らぬ男の声。

 ヤーヒムは腰をかがめ、周囲の木立に紛れるように先を急ぐ。戦闘はあの滝の先だ。くぐもった断末魔の合間に聞き覚えのある声が聞こえる――この声は、セルウス!


「……お前らにあのヴァンパイアは渡さねえ! 日陰者のゼフトは大人しく鬼人族のケツでも舐めてやがれ!」

「な――ぐふ!」

「野良犬がいいところで邪魔に入りやがって! けどなあ、もうアレはあっしの毒を飲んでるんだよっ!」

「糞、撤収だ! <闇の手>トゥマ・ルカに情報が漏れている! 本隊のザハリアーシュ様に報告を!」


 薮の陰から覗くヤーヒムの目の前で繰り広げられていたのは。

 渓流の狭い河原で、ヤーヒム達に毒を盛ったと高らかに宣言するセルウスが、口元を絹布で覆った一団と激しい戦いを始める場面だった。


 やはりお前か!

 憤怒がヤーヒムの視界を赤く染める。


 いや待て。

 もしかしたら解毒剤をセルウスは持っているかもしれない。

 隷属の首輪をしていてなぜ毒を主人の食事に入れられたかは分からない。けれど、自分もあのスープを飲まざるを得ない状況になることだって想定済みだろう。今セルウスが手にしている長剣のこともある。おそらくは隠し持っていたマジックポーチ、そこに一式入っていたのだろう。


 してやられた自分にも腹が立つが、まだ取り返しはつく。

 まずはこの蛇人族の小男を血祭りに上げて、懐からマジックポーチを――


 が、焦りにも似たその憤怒を、ヤーヒムの中の冷静な部分が更に押し留める。

 セルウスと戦っている一団の覆面男には見覚えがあった。彼らは裏社会の一大組織ゼフト、ならばおそらくヤーヒムの追手の第二陣だ。本隊云々と口にしていたということは、ドウベク街道で消息を絶ったヤーヒムを多人数で捜索しているのかもしれない。予想外に早く、そして執拗だ。


 しかし、セルウスと彼らは仲間ではないのか。

 会話の内容も含め、明らかに敵対関係にあるように見える。状況が不透明すぎる――ヤーヒムが出ていくのを躊躇った一瞬のその隙に、追加となる新たな複数の気配が、戦いの場を包囲するように接近してきた。






―次話『三つ巴』―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る