20 青の介入
「フーゴ、迂回して脇腹に攻撃を叩き込んでくれ! そしてそのまま牽制を頼む! 残りは正面からアレを迎え撃つ! 踏ん張りどころだ、気合を入れろ!」
アマーリエが大声で味方を叱咤した。
巨大なドラゴンの威嚇に反応し、一瞬で指揮官としての落ち着きを取り戻したようだ。
「リーナ、竜巻の魔法を頼む! 周囲の骨どもを一度吹き飛ばしてくれ!」
「分かったわ! ――水底に捕らえられし恐怖と悪夢の根源よ、怒れる暴風雨を呼びて渦をなせ!
リーディアの早口の詠唱と同時に、ヤーヒム達<ザヴジェルの刺剣>の周囲二十五メートルに荒ぶる巨大竜巻が発生した。リーディアを中心に渦を巻く暴風雨の円環はなみいるスケルトンウォリアーを一気に薙ぎ倒し、宙に巻き上げ、周辺を埋めつつあった魔獣の大群から結界のように彼らを包み込んでいく。
「リーナ、ドラゴンに接近するまで維持してくれ! 皆、行動開始だッ!」
「よしきた行くぞ! うおらああ、退け退け退けええええ!」
アマーリエの号令一下、フーゴが乱髪を暴風になびかせ飛び出した。
即座に前方の竜巻が一部だけ持ち上がり、人が通れるだけの隙間が生まれていく。リーディアが魔法を操作したのだろう。疾駆するケンタウロスが阿吽の呼吸でその隙間に突入していく。
トルネードの外側では、空中至るところに空いた黒い穴から六本腕のスケルトンウォリアーが未だ続々と飛び降りてきている。
「邪魔だあああ! 退けええええ!」
そんな魔獣の海をフーゴが怒れる地竜を思わせる突進力で問答無用に蹴散らし、すれ違いざまに巨大なブリザードドラゴンの脇腹にハルバードの痛烈な一撃を叩き込んだ。そのまま駆け抜け、大きく迂回していくフーゴ。もう一度巨大竜の側面へと突撃を繰り返すつもりのようだ。
「今だ! 一気に接近するぞ、走れ!」
ブリザードドラゴンの注意が逸れたのを見て取ったアマーリエが猛然と前進を始めた。
マクシムが、リーディアが、二人の騎士達が一緒に走り始め、同時に荒れ狂うトルネードも前進して前方のスケルトンウォリアーを次々と吹き飛ばしていく。
だが、湧き出る周囲のスケルトンウォリアーがあまりにも多く、トルネードだけでは防ぎ切れていない。
結果としてアマーリエやヤーヒムが速度を落として対処することとなり、思うように進めなくなってきた。
「くっ、なんだこの量は! いくらなんでも異常だぞ!」
必死に前進を続ける全員が見詰めるその視線の先には、一人で巨大なドラゴンを相手取り、一撃離脱を繰り返して注意を引き続けているフーゴがいる。
相手は巨大な属性竜だ。長時間一対一で相手取るには分が悪く、徐々にフーゴの動きも読まれ始めている。全員が懸命に前に進もうとしているが、せめて二対一ならフーゴも――
「――我が行く! リーディア、風を退けろ!」
決断を下したヤーヒムが全速力で走り出した。
あの気のいいケンタウロスをここで負傷させる訳にはいかない。フーゴのやっている事は理解した。そこに自分がもう一手、同じように一撃離脱を繰り返せばあのドラゴンもそうそう自由に出来ない筈だ。
「後ろは任せた! アマーリエ、リーディア、無理のない速度で確実に進んできてくれ!」
「ヤーヒム、頼んだ! 貴殿なら間に合う!」
こちらの意図を一瞬で理解してくれたアマーリエに視線で礼を伝え、ヤーヒムは一直線にトルネードの暴風の渦に飛び込んだ。同時にヤーヒムの周囲だけ風が弱まり、リーディアも協力してくれたことを知る。
前方は巨大なドラゴンが暴れているお陰で、そこまでスケルトンウォリアーが密集している訳ではない。
ヤーヒムは虚空に五本二対の蒼光を曳き、矢のように戦場を走り抜けていった。ぐんぐん迫る巨大なドラゴン。そして、フーゴに集中して隙だらけのその背中に――
巨大竜の怒りの咆哮が轟いた。
ヤーヒムのヴァンパイアネイルがその固い鱗を切り裂き、背中の肉に五本の長い傷を付けたのだ。
「ここは任せろフーゴ! 少し休んでいろ!」
「このどアホ! 人の心配してる場合か! 奴さん、傷を負わせたお前に完全に怒り狂っているぞ、避けろ!」
ドラゴンを切り裂きつつその背中を斜めに走り越え、軽やかに着地したヤーヒムにフーゴが叫ぶ。咄嗟に振り返れば、仰け反ったドラゴンがそこから怒りのままに首を振り下ろし、ヤーヒムをひと飲みにしようと大口を開けて迫っている。
乾坤一擲、必死の横跳びで逃げるヤーヒム。
だが、怒れる巨竜は驚くべき迅速さで次々に攻撃を繰り出してくる。その巨体と威力にヤーヒムは回避するので精一杯だ。
「こんの、トカゲ野郎があッ!」
代わりに自由を得たフーゴが渾身の攻撃で気を逸らそうとするが、暴れ回る巨体になかなか間合いへ踏み込めない。どうにか一撃を入れた、その時――
「待たせたッ!」
フーゴの痛撃に大きく吼えてその身をよじった巨大竜の側面に、竜巻を盾に急接近していたアマーリエが魔剣をふりかざして飛び出した。
リーディアが維持していた竜巻がそのアマーリエの背を押し、更に大きく加速させている。
「はああああっ! 喰らえええええ!」
緑白に輝く魔剣が大きな弧を描き、ブリザードドラゴンの前脚へと襲いかかった。
が、その危険な剣光を目にした巨大竜がくるりと向きを変え、牙を剥き出しにして吼えた。そしてグワリと大口を開け、接近したアマーリエを喰らおうと鋭く首を伸ばしてくる。
「マーレ!」
「アマーリエ様ッ!」
リーディアが竜巻で巨大竜の咢を横殴りにし、マクシムがアマーリエの前に盾ごと体を入れて守りの体勢に入った。その刹那、丸みを帯びた赤い長方盾をブリザードドラゴンの牙がガリリと削って逸れていく。
「うおりゃあっ! 俺を無視すんなあ!」
フーゴが背後から再度の痛撃を入れ、アマーリエ達が距離を取る時間を作る。
暴れ回る巨竜。遠巻きに囲み直すフーゴ、アマーリエ達、そしてヤーヒム。
「くそっ、さすがに易々と斬らせてはくれないか」
「姫さん達、慌てんなって! このトカゲ野郎、さっきのは絶対姫さんの魔剣にビビッたんだぜ? 俺らがもっと隙を作るから、もう一度――」
だが、状況はそこまで甘くなかった。
巨大ドラゴンとの戦いの背後で続々とその数を増殖させていたスケルトンウォリアーが、ひと息ついた侵入者に一斉に襲いかかったのだ。
「うおいマジかこの数!? さすがにヤバいぞ!」
「くっ……フーゴ! ヤーヒム! 一度合流しろ、このままだと個別に押し切られる!」
津波のように押し寄せるスケルトンウォリアー、そしてその上から強引に攻撃してくる巨大なブリザードドラゴン。
フーゴも、アマーリエ達も、ヤーヒムもなんとか合流して余裕を作ろうと無我夢中で戦い続けている。
特にヤーヒムは満身創痍だ。
スケルトンウォリアーの大群と単独で戦うには相性が悪く、しかもヤーヒム目がけて集結してくる傾向にある。更に、ドラゴンは唯一傷を負わせたヤーヒムを執拗に攻撃していてて、このままでは――
と、その時、必死に戦い続けるヤーヒムの脳裏に、ひとつのアイデアが稲妻の如く閃いた。
この大量のスケルトンウォリアーが津波のように押し寄せてくる前、ドラゴンとだけ戦っている時は有利に戦えていた。
スケルトンウォリアーは基本的に自分目がけて押し寄せてくる。
それならば――
「おいフーゴ!」
ヤーヒムは力の限り叫んだ。
「このスケルトンがいなければ! ドラゴンだけならばお前達だけで抑えられるか!?」
「はあ!? 何を言って! んだよこんな時に!」
壮絶な戦場の彼方から、フーゴの怒鳴り声が返ってきた。
「まあ多分! 悪くはない勝負が! 出来ると思うぜ!」
ハルバードを振るいながらであろうその律儀な返答は、ヤーヒムにひとつの決断をもたらした。
目まぐるしく眼前の敵と戦いながら、すり鉢状のこの広場の彼方、入り口側とは反対の昇り斜面の上に視線を走らせていく。どこだ――見つけた!
巨大なすり鉢の上、斜面を登りきった先の平坦な場所に、強烈な青光を放つ巨大な水晶が鎮座している。あれがコアだ。もし自分があそこに突撃すれば。
上手くすれば、この場を埋めるスケルトンウォリアーの大半を引き連れて行くことができる。
そして、フーゴの返答のとおり、残った面々でドラゴンと五分五分以上の戦いができる。
問題は。
広大な最奥の間には未だ至る所に虚空の歪みが出現し、そこから次々と追加のスケルトンウォリアーが飛び降り続けている。際限なく増え続けている骨どもが全体としてどれだけの数になったのか数える気にもならないが、今この場にいる大群を引き連れ、コアまでのぎっしりとひしめく登り斜面を独りで突破していかねばならない。
だが、行くしかない。
このまま戦い続けてなんとか合流できたにしても、固まっていてはあのドラゴンの格好の餌食だ。奴と戦うには手分けをし、注意を分散させながら多方向から攻撃を繰り返す必要がある。この大量のスケルトンウォリアーと同時に戦うのは無理があるのだ。
それに、戦う前にアマーリエも言っていたではないか。ヤーヒムは起死回生のジョーカー、途中で苦戦するようならば全てを無視し、最速でコアを破壊して欲しい、と。
ならば。
ヤーヒムは眼前の敵の群れに大きくフェイントをかけ、一瞬出来た隙に強引に割り込んで、捨て身の突撃を開始した。
極度の前傾姿勢で、だらりと下げた両手の爪から蒼い残光を曳きながら、真祖直系の高位ヴァンパイアは文字どおり人外の速さで周囲の全てを置き去りにし、魔獣ひしめく中央の広場へ一気に突入する。
「なっ!? ヤーヒム、まさか!」
「あんの阿呆っ! 死ぬ気か畜生!」
「ヤーヒム!」
ヤーヒムの目の前に迫るのは散々戦い続けた同じ敵、数えるのも馬鹿馬鹿しい六本腕のスケルトンウォリアーの大群。
眩いほどに無数の直剣が振りかざされ、津波の如く押し寄せてくる。
……確かに先程は圧倒されかけた。だが!
ヤーヒムは更に加速しながら大きく息を吸った。
確かに初めはその手数と物量に圧倒された。だが、その最後に気がついた。そして、皆に背中を預けて戦って確信した。このスケルトンウォリアーの攻撃には大きな死角がある。それは――
接敵の直前、ヤーヒムは極度にその身を前傾させ、地面すれすれを燕のように跳躍した。
振りかざされた無数の剣の存在しない空間、敵の足元を五本二対の蒼い閃光がまとめて斬り裂いていく。そう、そこが身長が二メートル半あるこのスケルトンウォリアーの死角。いくら上位種とはいえ、元は柔軟性皆無のスケルトンだ。六本の腕を振り回して前後左右へ連鎖的な攻撃は出来ても、足元へ攻撃するには一瞬のぎこちなさが残る。
後先考えずに突破するだけなら、ここが一番の空間なのだ。
そして。
先頭の三十体を一挙動で戦闘不能にしたヤーヒムは、眼前に迫る昇り斜面を強烈に蹴って次は前方高く跳ね飛んだ。
それは大一番の賭け。
眼下に煌めく剣の海、無数のスケルトンの眼窩に灯る燐光が、物も言わずに見上げている。馬鹿正直に全ての相手をしている暇はない。ヤーヒムが目指すはただ一点、青く輝くラビリンスコアのみ。
最大の密集地帯、百を超える邪魔者をひと息で飛び越え、危険極まりない着地の瞬間が迫る。
ヤーヒムは幾筋もの斬撃を浴びつつ、どうにかその場を切り抜けた。更に地面を蹴って地表すれすれを加速する。最悪の危地は脱した。僅かに敵の密度が減った登り斜面を、ヤーヒムは一気にコアへと肉迫していく。
と、その時。
――待て。
全員の頭の中に重い声が響いた。
同時に呪縛にも似た途方もない重圧が、この場で争う全ての者の動きを遍く奪い去った。リーディアが操る荒れ狂う竜巻も急速にその勢いを蝕まれ、巨大なブリザードドラゴンも、この最奥の間を埋め尽くすスケルトンウォリアーも、全てがその場で動きを止めていた。
「今の、何……?」
リーディアの弱い呟きと共に竜巻がただのつむじ風へと変わり、空中に融けるように消えた。
残ったものは、水を打ったような沈黙と、奇跡のように時間が止まった激戦の場。
そして再び、全員の頭の中に重い声が響く。
――これは珍しい…………我が領域を犯す者……なんと、若きヴァンチュラだったか…………何用だ……?
「え、まさかコアが喋ってる……?」
頭の芯を殴りつけるような重い声、それ以外一切の時が止まった沈黙の中、リーディアが愕然と広間の奥を見詰めている。そんな話は聞いたこともなかった。だが、紫水晶の瞳が見詰めるその先では――
ラビリンスコアの放つ強烈な青光が、全てを押し潰すような重い声に合わせてはっきりと明滅していた。そしてその前には、彼女の心を揺さぶってやまないヴァンパイアの姿が。
――ほう、その若さでそこまでヴルタに近いか……
まるで会話をしているような重い声に、光におびき寄せられる蛾の如く一歩、また一歩とコアに向かってふらふらと吸い寄せられていくヤーヒム。
そして、そのヤーヒムの中では、ひとつの狂おしいほどの感情が全てを支配していた。
それは、歓喜。
自らの背丈ほどもある巨大な水晶に、その強烈な青光に、彼という存在の奥底から不思議な懐かしさがこんこんと湧き上がってきていた。左手の甲に同化したラドミーラの紅玉が警戒を促すような鋭い痛みをヤーヒムに送ってきてもいた。が、遂に同族に巡り会えたような根源的な歓喜がその心の全てを絡め取り、静止した無数のスケルトンウォリアーが掲げる剣の海の中、ヤーヒムはゆっくりとコアへと足を運んでいく。
――良かろう……汝はその若さで充分なヴルタの核を備えておる……稀有なことよ……手を貸してやろう……我らヴラヌス、共に歩まん……
左手のラドミーラの紅玉が、噛みついたような強く鋭い痛みをヤーヒムに送り始めた。ヤーヒムに思い止まらせるように、激しく警告するように繰り返し、何度も。だが、ヤーヒムはふらふらと進み……ついにコアの正面までその歩みを進めた。
「嫌、逃げてヤーヒムっ!」
次の瞬間、コアが放つ強烈な青光がヤーヒムを貫いた。
遥か彼方からのリーディアの叫びも虚しく、そのまま青光に包まれるヤーヒム。
「……な、なにあれ……し、神殿の神々の座ですら及ばない純粋な空間属性の力……どうなっているの……ヤーヒム……?」
「リーナどういうことだ!? コアは喋るし、ヴァンチュラやらヴラヌスやら、それに空間属性だと!?」
「……ああ……ヤーヒム、負けないで! 今行くわっ!」
「おい待てリーナ! 勝手に一人で行くな!」
時を止めたドラゴンと無数のスケルトンウォリアーの只中で<ザヴジェルの刺剣>が激しく揉みあい、腕を掴まれた黄金色の髪の乙女が引き攣れた叫びと共に崩れ落ちていく。
――煩い虫がいるな……邪魔者は消えよ…………
コアのその言葉と同時に、<ザヴジェルの刺剣>の周りに残っていた疎らなスケルトンウォリアーが一斉に動き始めた。守護魔獣、巨大なブリザードドラゴンもその凶悪な首を逸らし、大きく息を吸い込むように――
「アマーリエ様ッ!」
氷竜が吐き出した極寒のブレスの前に、間一髪でマクシムを始めとした騎士三人が長大な盾を構えた。大小さまざまな氷塊が頑丈な盾の表面を猛然と叩き、騎士達は盾下部に取り付けられた二本のスパイクを地面に突き立ててその猛威を必死に耐えている。僅かに作られた盾の背後の安全地帯に庇われたアマーリエは腕の中のリーディアを激しく揺さぶった。
「リーナ! まずはこっちの相手だ! いいなっ!」
「いやああ! ヤーヒムが! ヤーヒムがっ!」
「――うおらああ! 不意打ちしやがって、このクソトカゲがああ!」
氷塊のブレスの猛威に晒されている<ザヴジェルの刺剣>とは別に、フーゴが巨大なブリザードドラゴンの後方からその脇腹にハルバードの一撃を叩き込んだ。咄嗟にその敏捷な四本の馬脚で大きくブレスを回避していたのだ。轟く咆哮。巨大な氷竜は苦悶に身を捩り、ようやくそのブレスが止まった。
「助かったぞフーゴ! よし! 今が好機だ! 畳み掛けろっ!」
緑白に光り輝く魔剣を振りかざし、盾の陰から獰猛に踊り出るアマーリエ。盾騎士三人も瞬時に散開し、周囲で生き残っている邪魔なスケルトンウォリアーに止めを刺していく。その光景に、取り乱していたリーディアもどうにか落ち着きを取り戻し、悲痛な一瞥を広間の最奥に投げてから短杖を鋭く氷竜に向けた。
「魔法いきます! 封印されしンガイの覇者よ、その灼熱の波動を以て全てを焼き尽くせ!
――コアの介入によって中断された中央の戦いは、より激しさを増して再開した。
―次話『紅の叛旗』―
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