第3話 オズと案山子2
「ああ、いらっしゃーい。」
店に入るとアロマの甘ったるい香りと何やらけだるげな声が聞こえてくる。店内にも店の壁一面を埋め尽くす魔法回路式の時計。そしてそれほど広くない店舗の奥には一人ゆったりと椅子に腰掛ける女性がいる。先ほどのけだるげな声を発したのもこの女性だ。店内は少し外より冷えているのか、緩やかなふんわりとしたニットのようなものを着こんでいる。
「お客さん珍しいわねぇ。何か気になるものでもあるのかしら?」
優し気なをまとった女性だ。
「いや、ちょっと見てみようとな。ずいぶん変わったものを扱っているようだが。」
「そうなのよ。だからお客さんがほとんど来なくってねぇ。」
どうやら本人も店の品ぞろえについては十分理解しているようだ。其れもそうだろうこんな燃費の悪い物を好んで買っていくような変人はそうはいまい。
「あはは、そうなのよねぇ。みんな鼻で笑って店前を素通りするだけ。」
「…のぞき見とは、関心せんな。」
「あら、ごめんなさい。ずいぶん久しぶりのお客さんだったからねぇ。」
この店の時計、どうやら彼女がすべての動力を引き受けているということで間違いなさそうだ。先ほど彼女が自然にやって見せたのは上級魔法である『テレパス』だ。おおよそ並の魔力では発動すらままならない。それをこれほど完璧に、それも特別な準備もなく即座に発動して見せた。魔力の総量も、並大抵のものではない。0どうやら彼女は逸般人であったようだ。
「まあ、かまわんさ。この店、最近できたのか。」
「いいえ。お店はずっとあったわ。最近品ぞろえを変えたの。先代が死んじゃったのよ。」
「…失礼したな。」
「あはは、気にしなくていいよぉ。死んじゃったのはずっと前だしね。それから、少し休業して、新装開店して今に至るって感じ。」
なるほど。どうやらこの女、昔はかなり名をはせた魔術師だったのかもしれない。こうしてじかに向き合うと魔力の総量もなかなか高い。
「…あらぁ、でも、あなたのほうがすっごいのね。嫉妬しちゃうわ?」
「…まあいい。何か土産にいいものはないか?」
「あら?そうねぇ、これとかどうかしら。」
テレパスをしてきたことをスルーして、私はこの店で商品を買ってみることにした。外で確認したが、それほど値が張るわけでもないようだ。まあ、偶には良いだろう。家においている案山子の顔を思い浮かべつつ、財布を取り出す。そうしているうちに店主が店の中からシンプルなペアの懐中時計を取り出した。…一秒一秒を正確に刻んでいるそれは、精度、見た目ともに問題のない時計だ。しかし奇妙なことに、魔術回路を用いているにもかかわらず発条と歯車を用いているかのようなコチコチという心地のいい音がする。
「珍しいな。」
「あらあ。うちの子たちはみいんな珍しくって、いい子よぉ。」
「特に、だ。これは、どういった趣向の品なんだ?いまいち意図が見えんな。」
「ふふふ、娯楽に意味なんていらないの。これは、私が作ったオリジナルの時計よ。」
思わず、ほう、と感嘆の声を上げる。これを一人で作ったのか。こういっては何だが、ただでさえ複雑な魔力回路を使っているにもかかわらず発条と歯車の複雑な動作まで制御しているのだ。本人は意味なんてないと言っていたが、並々ならぬこだわりがなければこんなものを作ろうとは思わないだろう。
「もらおう。」
「あら、値段、聞かないの?」
「いいものだ。無理がなければそれでいい。」
これは、本心だった。今の自分にはそれほどの財力はない。そうではあるが、私はこのけだるげで、しかし素晴らしい職人の思いを汚したくなかった。自分にできることなら、少しばかりのパトロンでもしてやろう、そう思った。
「…フフフ。お兄さん、いい人ねぇ。いいわ、これ、あげる。」
「いいのか?しかし、あんた、これは。」
「女に二言はないわ。その代わり、使って気に入ったらまた遊びに来て頂戴?…作り手に取って、物は子供みたいなものなの。使ってもらいたいの。」
彼女はそういいつつ私の腰に差してあるマジックワンドに触れた。
「恥部だ。」
「あら、恥部はもう少し下じゃなくって?」
「セクハラだ。」
女はくすくすと笑ってまた椅子に腰掛ける。女の意図は、わかる。この時計、細工は素晴らしいが、この細工を動かす必要性からか、通常の魔力回路よりも魔力を食う。並の人間ではまともに扱ってられない。それに、こちらのマジックワンドが私の最大限こだわったオリジナルのものであることも見抜いている。職人同士のシンパシー、か。
私は、財布を懐に収め、彼女の取り出してきてくれたペアの時計をポケットに突っ込む。
「また来る。」
「はいはいー。まいど。」
彼女の気の抜けた返事を背中に私は店を後にした。ずいぶんと日が傾き、宵闇が空を飲み込んできていた。私は少々速足で、改めて帰路についた。
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