第2話 オズと案山子 1

 天気は良好。茜に染まった空がだんだんと東から、優しい藍色へと変わっていく。原風景といえるような景色でありつつも、どこか神秘的だ。問題点は一つ、私が最低な気分にあるということだけだ。

 原因は職場の大馬鹿者だ。奴は下卑た人間だ。とてもではないが同じ人類であるとは考えられない。一緒の空気を吸うだけでもはっきり言って耐えがたい苦痛を感じている。そのくせ奴は私より一年間ほど先達であるという一点のみで大きな顔をしている。まったくもって度し難い。奴は何を思ってかやたらと私に突っかかってくるのだ。突っかかってくる内容も、奴の人間性同様、最底辺の最底辺を突っ走っている。今日の話はその中でもなかなかに滑稽で救いようのないものだった。

「時間操作、ね。」

 私は腰に差していた安物のマジックワンドを引き抜き、使い古したごみを見るような、何とも言えない視線を向ける。マジックワンドは使用者の体内に充満する魔力を集中し、外界に一つの事象を発現させるための道具だ。こういった類のものを魔法触媒という。触媒にもランクというものがあり、最高ランクの触媒になると、希少金属であるオリハルコンが用いられる。逆に、このマジックワンドのような安物には、どこでも手に入るような、ろくに精錬されていない雑種の金属しか用いられない。こんなろくな魔法も扱えない、くだらない物を作っている人間の気が知れない。

 そこまで考えると、大きくため息が出た。…残念ながらこのくだらない魔法触媒を作っているのは私の勤めている工場だったりする。特にこのマジックワンドは、私がじかに作ったものだ。マジックワンドの表面を右手の親指で軽く撫でる。金属部分もそれを支える木製部分も、滑らかに作りこまれている。やけにうまく作りこまれいるのが自分のことながら情けない。生活のためにしている仕事だ。もう今年で7年にもなる。すっかりと板についてしまった。

 まあ、今はそれはどうでもいい。問題は、時間旅行ができるなんてことを言いだす馬鹿がいるということだ。時間操作の魔法なんて都合のいいものは存在しない。魔法というのはあくまで大気に充満する魔力を集めて今の時点に影響を及ぼすものに過ぎない。それがどうして過去に影響を与えるようなことがあろうか。大体、そんなことができるならこの魔法隆盛の世の中、どうして発表されないことがあろう。少し考えればかの馬鹿者の小さな頭でも思いつくはずなのに。大バカ者の得意げな表情が目に浮かぶ。

 あれはちょうど今日の昼過ぎだったか、奴は昼食の時間に私とあと数人の同僚の前で、時間を超えて過去に干渉する方法があるそうだ、などと馬鹿なことを言い出した。はじめこそさすがに冗談半分だとして他のものも笑いながら聞いていたものだが、奴の顔があまりにも真剣なものでみんな次第に笑うことすらできず、呆れていた。何せ、その肝心の方法というのがあまりにもおまぬけなのだ。というのも、奴のいう方法というのは自分が干渉したい時期の思い出の品を枕の下に敷いて眠るだけだというのだ。まるで子供のおまじないだ。そんなことで過去が変えられるなら、大昔からみんなしている。そうだというのにたいそう自慢げに語る奴の顔は、もはや腹立たしいのを越えて哀れですらあった。まあ、もっと哀れなのはそんな知性のかけらもない人間の下で働かないといけない自分なのかもしれないが。

 はあ、ともう一度、大きくため息をつきマジックワンドを腰のストラップに差しなおしてぼんやりと帰路を歩む。

 ぶらぶら、何でもないいつも通りの風景の中を歩いていく。ふと、とある店に目が留まる。ショーウインドウを街路に広げている時計屋だった。こんなところに時計屋などあっただろうか。私は興味を惹かれてしばらくショーウインドウの前で立ち止まる。特段、時計が好きというわけでもない。それでも私がこの店に興味を惹かれるのは、時計の拵えが特殊だからだろう。時計の機構にはおおよそ二通りのパターンが存在する。一つは歯車や発条を利用してくみ上げる精密機構。そしてもう一つは、精巧な魔術回路を用いるものだ。もともと、精密機構を備えた時計が作られ、それが魔術の発展に合わせて歯車と発条の代わりに魔力で動力を確保する魔術回路を備えたものが作られるようになった。しかし、魔術回路式の時計など、今ではほとんど見ることはない。理由は単純、ひどく燃費が悪いのだ。据え置き型なら最低一日一度、懐中時計や腕時計などなら身に着けている間中ずっと、魔力を吸わせ続ける必要がある。其れも微量なら問題ない。体力がそうであるように、魔力もゆっくり体を休めることで回復する。しかしながら、いかんせん一日の間時計を動かそうとすると、日常生活の火おこしや家事に魔力を用いる程度の一般の人にしてみると、時計を動かすだけで疲労困憊してほかの魔法触媒を持つことすらままならない状態になってしまう。これだけで、まともな神経をした店主なら仕入れることすら躊躇する。

 それが、どうしたことだろう。この店は魔法回路を備えた時計の専門店のようだった。店の看板ともいえるショーウインドウに掲げてあるのが見事に魔法回路式の時計だけだ。置時計にしても懐中時計にしても。

「なかなかハイセンスだな。」

 つまらない皮肉を独り言ちてみる。少々この店に興味がわいた。もちろん、品ぞろえもそうだが、この店の店主を見てみたくなった。並の人間ならこの時計のうち一つに一日分稼働するだけの魔力を注ぐだけで魔力は底をつくはずなのにショーウインドウを見ただけでも数十点は時計がある。それも、展示用に止めているのではなく、実際にみんなそれぞれ時を刻んでいる。もしこれを一人で動かしているのだとすれば、相当な魔力の持ち主だ。私は引き寄せられるように扉の取っ手に手をかける。

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