第17話 レイナの消失

 約束の日に厄災が起こる、というのには語弊がある。

 正確に言えば、約束の日になれば魔王の力は最大限まで復活し、勇者は必ず負けるというだけなのだ。


「この力は一体……!」


 タケルの目の前で、全ての魔王が発光していく。


 どうやらメインヒロインのイベントが全てのレイナに適用されたように、勇者の負けイベントも全ての魔王に適用されるようだ。

 強い相手を見たときとはまた違う、「絶対に勝てない」という感覚がタケルを襲った。


「フッ、なにせ≪負けイベント≫だからな……!」

「≪負けイベント≫かー。なら仕方ないなー」


 負けイベントと言われたらどうしようもない。タケルは速攻で諦めた。


 強敵相手なら抵抗するが、負けイベントに抵抗する意味はないのだ。


 何よりタケルは先程までの魔王の話を聞いて、真に生きるべきはこいつらなのかもしれないとも思っていた。

 魔王の手でやられたら世界のやり直しは出来ないという予感があったが、運命に流されるだけの自分が生き続けて何になるだろうか、と……。


「お前が勝手にパフェ死したときはどうなることかと思ったが・・・・・・。ちゃんとこれまでの周回特典として付いていくことが出来て良かった。お前だけが周回でもしていたら、全ての努力が無駄になるところだったからな・・・・・・」

「待て、これまでの周回特典だけなのか?」


 魔王がタケルに襲いかかる直前、タケルが感慨深げな魔王の呟きに反応し、質問した。

 その目は心なしか、さっきよりも見開いているように見える。


「うん? そうだとも、116周目では周回特典を選んでいないだろう? だから何一つ引き継げてはいない。バッドエンドを迎えたペナルティなのだろうが、私たちも増えていないのだから関係ないな」


 何故そんなことを気にするのか、という顔をしながら、魔王が質問に答えてくれる。

 理性を失っている者を除き、魔王というのは勇者の質問に答えるものなのである。


 溢れ出る力からか魔王は余裕を持って答えたが、それを聞いたタケルは、これまでとは一変して余裕を失ってしまった。


「周回特典を、引き継げていない・・・・・・!? じゃあ、今回の・・・・・・前回のレイナは!?」


 今回を前回と言い直すだけの冷静さは保ちつつ、タケルが聖堂に積み重なるレイナ達を見回した。

 しかし悲しいかな、レイナを無視し続けていたタケルには、どれが前回のレイナなのか分からなかった。


 だが、理性がタケルに告げる。


 冷静に考えれば、ここに前回のレイナはいない。


「う、うおおおおおおおおおお!」


 抵抗を完全に諦めていたタケルが、突然魔王の攻撃を避け始めた。

 いきなりのことに、魔王達が度肝を抜かれる。


「な、なんだと!? 何故我々の攻撃を避けられる!?」


 負けイベントの加護を受けた魔王達の攻撃が、タケルに避けられるはずがない。

 そんな動揺は、いつもの魔王がすぐに振り払った。


「おそらく、何らかのきっかけで覚醒イベントが発生したようだな」

「なんだって!?」

「心配するな、こっちは百人以上いるんだ。一人が覚醒したところでどうということはない」

「そ、そうか・・・・・・!」


 すぐに動揺から立ち直る魔王達。しかし、タケルにとっては魔王がどうなろうが知ったこっちゃなかった。


「よりによって、前回のレイナが消えてしまうなんて・・・・・・!」


 タケルの心を軽くしてくれた、あのレイナが・・・・・・。

 レイナに見向きもしていなかったタケルだが、前回のレイナにだけは、いつの間にか心を奪われていたのかもしれない。


 初めて、自分のことを分かってくれたレイナだから・・・・・・。

 初めて、自分の叫びを聞き届けてくれたレイナだから・・・・・・。


 身勝手な理由だ。

 だけどそれくらい、タケルはただの、非日常を求める少年に過ぎなかったのだ。

 非日常を求めて、それが日常になったら疲れて・・・・・・。


 そしてやっと気づいたんだ。

 自分が本当に求めていたのは・・・・・・。


「レイナッ・・・・・・!」


 タケルは叫んで、レイナがたくさん転がっているところへと駆けた。

 ひざまずき、たくさんのレイナを掘り返しながら前回のレイナを探す。


 メタルレイナ、レイナ改、フランダースのレイナ、イフリートレイナ、レイナ・デストロイヤー、レイナ(非売品)、レイナ(神話)・・・・・・。


「くそっ、ゲテモノばかりかっ・・・・・・!」

「酷い言いぐさだねぇ!?」


 魔王が突っ込むが、気にしない。

 タケルは前回のレイナだけを探しているのだ。


「くそっ、とにかく早くタケルを倒すんだ!」

「無理だ、攻撃が当たらない!」


 レイナを探しているだけだというのに、タケルには魔王の攻撃が掠りもしなかった。


「こんなにも勇者の覚醒とはやっかいなのか・・・・・・。一体、何が引き金に・・・・・・」

「おそらく、前回のレイナに思い入れがあったんだろうな」


 魔王の疑問に、いつもの魔王が答えた。ややこしい。


「だがタケル、これ以上探しても無駄だ。お前がレイナを無下に扱っていたから、この前のパフェ死も予測できなかったんだ。自業自得だよ」

「くそぉ・・・・・・! レイナがメタル化した時点で、何かおかしいと思っておくべきだったのか・・・・・・!」

「思ってなかったのかよ!」

「そういうこともあるかなって」


 本当に、タケルは他のレイナを無下にしていたのだ。


 魔王が乗り移ったせいで変質したレイナもいるというのに、気にもしない。


「無駄だよタケル、これでしまいだ・・・・・・」

「くそっ・・・・・・!」


 諦めが、タケルから覚醒の力を奪う。

 そこにいつもの魔王が今度こそとどめを刺そうとした・・・・・・その時だった。


「なにっ・・・・・・!?」


 光り輝くレイナがタケルの背後に現れて、魔王の攻撃を防ぎきったのだった。


「お前は一体、何なんだ・・・・・・!」


 いつもの魔王は、驚愕に呻くのだった。







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