第14話 一周目

※1周目


 生まれたときから、タケルはどこにでもいる平民だった。


 特別に幸せということはなかったが、特別に不幸だということもない。

 家は農家で、気候の良い土地だったため収穫は安定しており、大人になったらそこを継ぐのだろうと漠然と思っていた。


 タケルにとって、それは楽しい未来予想図ではなかった。かといって、それに反発するだけの動機も思い付かない。

 タケルはただ、運命に流されるままだったのだ。


「あなたは女神様によって、勇者として選ばれました。魔王復活の時に備え、王城にて修行をしていただきます」


 だから村に王国の兵士がやって来た時、タケルの喜びはかなりのものだった。これでつまらない日常から抜け出せるのだと、興奮した。


 しかし本当に勇者を目指していた人からすれば、その程度の喜び、ということになるのかもしれない。

 別に勇者以外の何かになれると言われても、同じくらい喜んだのだろう。


「とうとう魔王城まで来たな。魔王さえ、魔王さえ倒せば・・・・・・」

「私たち、結婚できるのね・・・・・・」


 一周目では、魔王城に来るまでが苦難の連続だった。

 特に《断絶の壁》とそれを守る魔将軍ガルムルはタケル達の進行を大幅に遅らせて、これから何が待っているか分からないという焦りはタケル達の精神をむしばんだ。


 しかし。

 魔王城間近まで来て、勝った後のことまで考えられるようになると、多少は落ち着くことが出来た。

 婚約を交わしてからは、激闘を前に険しい表情だったレイナも、表情に多少は穏やかさが取り戻された。


「ああ。魔王さえ倒せば、この世界にきっと平和が訪れる・・・・・・きっと・・・・・・」


 言いながら、タケルは大きな違和感を抱いていた。

 どうにもレイナと同じテンションで喜べない。


 タケルは正義感が人一倍強く、自分を犠牲にして誰かを助けたこともあった。だというのに何故、平和が近いことを喜べないんだ・・・・・・? 首を傾げながら、魔王城の門をくぐった。


 なんですんなり開くんだとか、無粋な突っ込みはしない。

 敵の本拠地とはいえ、マナーは守るのがタケルだった。


「貴様が理想とする平和は、我のこの血が汚すだろう・・・・・・」


 激闘の果て、魔王を倒した。

 しかし彼の残した台詞も、やはり釈然としない。


 自分の理想というのは本当に平和な世だったのか・・・・・・? タケルは、自問自答した。


「やった! 勝った! 勝ったよタケル・・・・・・!」


 これまでの習慣で魔王の装備をはぎ取っていると、後ろからレイナに抱きつかれた。

 振り向けば、レイナは顔に笑みを貼り付けながらも涙を流している。


 それだけ、この勝利を待ち望んでいたのだろう。

 平和な世を夢見て、好きでもない戦いに身をやつしてきたのだ。


 その在り方は人として立派である反面――俺の好きだった、前だけを向いていたレイナとは違うように思えた。


「あはは。タケル、もう魔王の装備なんて要らないのよ。これからは平和な世で、ずっと一緒に過ごせるんだから」


 尚も魔王の装備を剥ぎ取り続けるタケルを、レイナがやんわりと止めた。


 しかし、それでも止めない。タケルがレイナの話を聞かない傾向は、この頃から現れ始めたのかもしれない。


「折角の強そうな装備なのに、使わないのか……。勿体ないな……」

「え? あはは……」


 タケルの呟きに、レイナが訝しそうな目を向けてくる。

 冗談か本気なのか判断がつかないながらも一応笑ってみた、という感じだった。


 やはり、タケルの明文化できないこの心の引っ掛かりは、レイナとは共有できないようだ。


 俺は何がしたいんだ……? タケルが再び自問自答した、その時だった。


「ちゃんちゃちゃーん! クリアおめでとうございまー。強くてニューゲーム、≪輪廻の儀≫のお時間でーす!」


 天上から、意味の分からない女神の声が聞こえてきたのは。


「強くてニューゲーム……? どういうことだ……?」

「そのままの意味です。あなたは今の強さのままで、もう一度この冒険をやり直せるのです……!」

「もう一度、冒険を……!」


 女神の言葉に、タケルが目を見開いた。

 しかしその目に浮かぶのは絶望ではなく寧ろ……希望だった。


「持ち物だけは一つしか持っていけませんけどね。そちらの女の人を持っていくも良し、何かしらのアイテムを持っていくのも良し、です!」


 レイナを持ち物呼ばわりされたことも特に気にすることなく、タケルは周回特典をどれにするか考えていた。

 武器は良い武器屋を渡り歩いていけば、そうは困らないはずだ……。であればやはり、防具か……。


「タケルも女神様も、ちょっと待ってよ! どうしてまた冒険が始まることになっているの!? もう全部、終わったんでしょう!?」

「どうしてっていうのは、私にも分かりませんね。仕事ですからとしか言えません」


 女神が言葉を濁しながら、やけに素直に言った。潔すぎる。


「そんなことより、周回特典は決めました?」

「はい、決めました」

「タケル!?」


 即答したタケルに、レイナが目を剥いた。

 しかしやはり、気にしない。


「レイナは、次の世界にもいるんですよね?」

「ええ、いますよ」

「じゃあ……」


 タケルは手に持っていた装備を女神へとつき出した。


「この魔王の鎧でお願いします」

「分かりました、では、……エピローグのお時間です……」

「ちょっと待てぇぇぇ!」


 叫ぶレイナにも関係なく結婚式は始まり、鬼ごっこが始まり、そして執念の為せる技か、レイナまで周回特典としてタケルについてきたのだった。


 勿論、自分より装備を選んだタケルをその手で殺めるためである……。


 二週目はレイナ1との激闘の末、隠しステージで得られる聖剣と共にクリアしたのだった……。






※117周目


 パフェを詰め込まれて死んだタケルは、いつものように世界をやり直していた。


 しかし、周囲の様子はいつもと違った。


 スタート地点である王城の一室ではあるのだが、隣にこの世界のレイナはおらず、壁や床もは剥がれ落ちてボロボロになっていた。


「な、何が起こったんだ!?」


 タケルは飛び起き、自分のいた部屋から出た。


 部屋の外はより荒れており、壊れた壁から風が入ってくる始末だった。


「まさか、俺が死んだことが影響しているのか……?」


 呟きながら、タケルは習慣のように、周回特典を受け取れる聖堂までフラフラと歩いていった。


 そして、嫌な予感を感じながら、扉を開く。


 まず目に入ったのは、魔王だった。

 

「なん……で……」


 タケルの疑問の言葉は、途中で中断される。


 それは魔王の後ろに、百人以上の魔王が連なっていたからであった。

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