第13話 パフェも積もれば

「お、やっと来たわねタケル。今、私がパフェの安売りやってるの・・・・・・! 買って!」

「いや安売りって・・・・・・。この店、街から逃げた人のやつだろ・・・・・・?」


 なに人様のもんを勝手に安売りしてるんだよ、とタケルは半眼で今回のレイナを見た。

 しかもこの街に客になるような人は残ってないし。

 

 自分がたくさんいる状況に耐えられず、精神を病んでしまったのかもしれない。

 タケルは瞑目した。


「ちょ、可哀想な人を見る目で見てこないでよ!」

「いや、そんな無茶な・・・・・・」

「無茶って酷い・・・・・・!」


 今回のレイナが叫ぶが、それも仕方のないことと言えた。

 彼女のおふざけのせいで、タケルはかなり精神的に消耗したのだ。


 他のレイナ達も、折角の観光中にここまで連れてこられたので機嫌が悪くなっている。そろそろこの街を出ないと魔王を倒すのが間に合わなくなるし、このままでは不機嫌なレイナを連れたまま冒険していくことになるだろう。

 タケルは怒りを隠せなかった。


「お前、なんでこんなことしてるんだ? 変なことしたら未来の予測がつきづらくなって迷惑なんだよ。自由にしたいならそれでいいから、俺とは関係のないところでやってくれ!」


 今回のレイナはもうタケルの後ろをついていかなくても大丈夫なのだから、さっさとどこかへ行って欲しいというのがタケルの正直な感想だった。

 怒りが叫びとなって、タケルの口からほとばしる。


「なんでって、そりゃ、タケルのためよ」

「俺のためだぁ? 誰がパフェを売れなんて頼んだんだよ!」


 どういう状況になれば人類の危機を前にパフェを売らせるというのだろうか。


 今回のレイナが何を言っているのか全く分からず、タケルは喚いた。いつも以上に感情の制御が効かない。


 おそらく、限界だったのだろう。

 繰り返される世界と、魔王を倒さなければならないという常についてまわる義務に。


 だが、今回のレイナは動じなかった。

 まるで未来を予測して行動してきたタケルのように。

 自分のやっていることが正しいという確信を目に宿して、今回のレイナはタケルを見据えていた。


「だってタケル、ずっとつまらなそうなんだもん」

「つまらなそうだ・・・・・・? 当たり前だろう、何度も何度も同じことの繰り返しで、楽しいわけないだろうが!」


 タケルは毎回、この戦いには人の命がかかっているのだと意識して日々を過ごしてきた。


 たとえ誰かが死んだとしても、次の世界では生き返る。それは分かっていたが、そんな開き直りをしてしまえばタケルは本格的に心の拠り所を失ってしまう気がして、ずっと勇者であろうとしてきたのだ。


 つまらないとか面白いとかの話じゃない。それはただの、終わりの見えない苦痛だった。


「だったら」


 いつも抱えてきたストレスを吐き出していたタケルの口に、今回のレイナが容器ごとパフェを突っ込んだ。

 彼女は箱入り娘だったので、パフェをクレープか何かと勘違いしているのだ。


 何をしているんだこいつは・・・・・・!

 目を見開きながら喉にパフェが詰まって苦しむタケルに、今回のレイナが言葉を重ねる。


「だったら、いつもと違うことをすれば良いじゃない?」

「ゲホッガハッグボォ・・・・・・! これは遊びじゃないんだ、今回のレイナ。人の命が掛かった戦いなんだ・・・・・・。俺の勝手に筋書きを変えて、未来を予測し辛くなるリスクを冒すわけにはいかない」


 地味に今回の世界で最大のダメージを喰らいながらも、タケルは必死に言葉を紡いだ。

 たとえ喋れる状況じゃなくても、自分の気苦労も知らずに勝手なことを言う今回のレイナに反論せずにはいられなかった。


 だが、それでも今回のレイナは動じない。

 あまりの図太さを見てタケルはとある童話を思い出した。それでも株は、抜けません。


 今回のレイナが、タケルの怒りを受け流すように、穏やかに笑った。


「大きく違うことをしなくても良いのよ。どんなに同じことの繰り返しに見えても、楽しもうと思えば楽しめるはず。決して、おざなりにしていい理由にはならないわ」

「説教のつもりか? もっとお前らに構えって? 百人以上居るのに構ってられるか!」


 未だかつてないほどに今回のレイナに心を乱されながらも、叫ぶ。

 こんなに乱されているのは、痛いところを突かれているからに他ならなかった。


「別に、私たちに構えなんて言ってない。ただ、日々をもっと楽しく生きようとして。たとえそれが出来なくても、諦めて日々を流されるままに生きるよりは、よっぽどマシ」

「俺がそうだって言うのか・・・・・・?」

「だって、そうでしょ?」


 図星だった。


 変わらぬ日々を過ごす内に、タケルはなるべく流れに身を任せ、必要以上に心を動かさないようにしてきた。

 だって、そうでもしなければあまりにも辛いからだ。


 終わりの見えない戦い。目に見えないだけで、決して救い得ぬ人達がいるという事実。増えていくメインヒロイン。

 一つ一つに心を動かされていては、どうしたって疲れてしまう。この世界を何度も救っていけばもしかすると終わりがあるのかもしれない。それだけを期待して、ただ目の前の課題をこなしていく・・・・・・。

 何をもって終わりとするのか、考えることもなくなっていき・・・・・・。


「だからさ、パフェくらい食べたって、良いんじゃないの? タケルを楽しませようと思ってこの店を強奪したら、思った以上にタケルに怒られてビックリなんだけど・・・・・・。でもさ、何も感じてないようなタケルよりは、そっちの方が好きだよ、私は」


 強奪した自覚はあったらしい。


 いつの間にかふてぶてしくなっている今回のレイナに、タケルは思わず苦笑してしまう。


 今回のレイナがその顔を嬉しそうに眺めてくるので、タケルは慌てて顔から表情を消した。


「レイナにこんな、説教まがいのことをされるのは初めてだ。どうしてお前だけが、そんな風になったんだ・・・・・・?」


 これまではそんな予兆なかったのに。


 タケルは今回のレイナに、訝しげな目を向けた。

 答えは平然と返される。


「言ったでしょ? タケルがあまりにもつまらなそうにしてたからよ」


 答えになってないと思ったが、別にはぐらかされてる訳ではなさそうだ。


「同じことの繰り返しに見えていても、ちょっとずつ、あなたは変わっているの。それは、私が他のレイナと違うことをするくらいには影響力のあることなのよ」


 今回のレイナが、タケルの頬に手を当てた。

 思えばレイナと触れあったことは久しぶりだったし、レイナがこんなにも積極的なのは、初めてのことかも知れなかった。


 何も変わらないと諦めていたこの周回地獄だが、もしかすると何か、変えられるのかもしれない。

 タケルは少しだけ、気分が軽くなった。


「だから、何も変わらないなんて諦めないで。大きくは変わらなかったとしても、ちょっとの変化に喜んで。そして、パフェを食べて」


 さりげなくパフェを推してきた。


 仕方ない、とタケルは微笑み、先程口に突っ込まれたパフェの残りを食べ始める。

 たとえこれで魔王を倒せないのだとしても、やり直しが終わらなくなるのだとしても、やらない理由にはならない。


 世界を救うだとか大きいことに目を奪われ過ぎていて、タケルはそんなことに今、初めて気がついた。


「パフェを食べて」

「パフェを食べて」

「パフェを食べて」


 しかし。タケルがそんな些細な気付きを得ている内に、他のレイナ達には異変が起きていた。


 それぞれ一つずつパフェを手に持ち、段々とタケルに近づいていたのだ。


 メインヒロインにおやつを食べさせてもらう――これまで経験のなかったタケルには知り得ぬことだが、これも立派なイベントだ。


 そして、城門のイベントでついてきていたレイナ全員とイベントをクリアしなければいけなかったように、ここでも運命の修正力が働いた。

 タケルは全員のレイナからパフェを食べさせてもらわねばならなくなったのだ。


「なっ、お前ら一体何して――グフッ!」


 気づいたときにはもう遅い。

 振り返ったタケルの口にレイナ達が次々とパフェを突っこんだ。


 数分後。タケルは喉にパフェを詰まらせ、窒息して死んだ。

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