第9話 溝は深く

 今回のレイナが牢屋を壊した後、タケルは怒りを表情に浮かべたまま、一言も喋らずに村を出た。

 この村はレイナを封印する以外に、一切留まるメリットがないのである。


「ね、ねえ、なにか一言くらいは喋ってよ・・・・・・」


 沈黙に耐えられず、今回のレイナが頼む。しかしタケルは何を言うこともなく、代わりに彼女の後ろから、レイナの内の一人が答えた。


「今はあんまり話しかけない方が良いよ・・・・・・。タケル、相当怒ってるっぽいし」

「なんであんたにそんなことが分かるのよ!」


 お前には聞いてない、と、今回のレイナも苛つきを覚えてしまう。これまで蓄積していたストレスが、叫びとなって彼女の口を飛び出した。

 しかし、それを聞いてもそのレイナは動じない。まるで、今のタケルを見ているかのようだった。


「分かるわ。だって、私も彼を怒らせてしまったことがあるもの・・・・・・」

「・・・・・・!」

「私は11週目のレイナ。十番目までのレイナ、ナンバーズに入れなかった、ちょい古参レイナよ・・・・・・」


 何故か悔しそうに言う。

 何その、テストで首位をとれなかったみたいな悔しがり方!? と今回のレイナは思ったが、レイナの間ではナンバーズは花形なのかもしれない。


 ちょい古参レイナが、悲しそうな目で今回のレイナを見つめる。


「忘れないで、今回のレイナ。私や他のレイナ達も、ちゃんと自分なりに生きてきたということ。それでも彼の心の渇きは癒やせなかったということ。なめていると、痛い目に遭うのはあなたよ」


 ちょい古参レイナの言葉に、責めるような雰囲気は含まれていなかった。

 ただただ、今回のレイナのレイナの先輩のレイナとして。彼女は忠告してくれたのだろう。

 今回のレイナは複雑な気分になりながらも、そのアドバイスには従って、タケルの言葉を待つことにした。






「《超越せし者》になったんだ。別にもう、俺についてくる必要はないんだぜ?」


 怒ったタケルが最初に発した言葉は、このようなものだった。


 タケルについていかずに自由に動けるようになったのだから、今回のレイナは自由にすれば良い、という意味だ。

 しかし今回のレイナは首を振った。


「嫌よ。魔王から逃げるつもりはないし、それに、あなたも放っておけないわ」

「放っといてくれって言ってんだよ・・・・・・」


 相変わらず、タケルの機嫌は直らない。

 そんなにもレイナの存在が我慢ならないのか、と思うと心苦しいものがあったが、今回のレイナは自分がなんとかしなければ、という熱意に燃えていた。


 その時である。


 タケルの周りの地面が突然隆起し、まるで槍のような形になってタケルを突き刺そうとしてきた。

 しかしそれらは全て、タケルが振り払った剣によって粉微塵に砕けた。


「な、なんなのっ!?」


 明らかに攻撃だ。今回のレイナが辺りを見回すも、タケルとレイナ以外には誰も見当たらない。

 ただタケルは例の如く動じていなかった。


「統計的に、北か南西にいる確率が高い――。やはり、これが一番状況に合ってるかな」


 ブツブツと呟きながら、タケルが異次元に保管している周回特典を一つ、召喚した。


 《炎熱衝弩ケルベロス》。ケルベロスの頭部から作られた連弩で、二発同時発射が可能な上、発射口の角度もある程度自由が効くという優れものである。

 彼がそれを敵影を確認することもなく放つと、南西方向からグエッという声がした。


 今回のレイナがそちらを見遣ると、矢にカモフラージュの魔法を解く効果があったのか、一体の小悪魔が姿を現した。人間よりも一回り小さいくらいのサイズだが、その体からは人間とは比べものにならない魔力が感じられる。


「な、何故僕の位置が分かった・・・・・・!?」


 小悪魔が聞いてくるが、タケルは容赦なく射撃を続ける。

 小悪魔は一発目を難なく避けたが、少しずらして発射された二発目は地面を隆起させてぶつけることでなんとか防げたという風だった。


「ふっ、やるな。流石は勇者と言ったとこ・・・・・・」


 小悪魔が呟くが、タケルは容赦なく射撃を続ける。

 小悪魔は一発目を難なく避けたが、少しずらして発射された二発目は地面を隆起させてぶつけることでなんとか防げたという風だった。


「って、聞けよ!」


 あまりにも機械的に攻撃してくる勇者に対して、小悪魔がとうとうこらえきれず叫んだ。

 正直、これに関しては今回のレイナも小悪魔が可哀想に思えた。


「いや、だってお前、これからよく分からないことしか言わないし」

「なんなのその断定!? まだ殆ど何も言わせてもらってないのに!?」


 小悪魔が目を剥いて驚くが、実際、この小悪魔の言うことはタケルには毎回よく分からないのである。


「くそっ、気の抜けた顔をしやがって・・・・・・! よく聞け、僕の名前はバール! 魔将軍ガルムルに代わり、お前を倒しに来た!」


 タケルは世界をやり直す度に絡まれているのだが、その理由は聞いてもよく分からない。


「いっつも聞きそびれてたけど、ガルムルって結局誰なんだよ・・・・・・」

「監視塔の頂上でお前を待っていたお方だ! ずっとお前との決闘を待ち望んでいたのに、お前が何故か《断絶の壁》をスルーするから何もやることなくて・・・・・・。お前が《断絶の壁》を通り抜けたと分かった頃には、彼は孤独死していたんだぞ!」


 バールがガルムルの死に様を思い出して両目から涙を流したが、一方タケルは宙を見つめていた。

 そういえば最初の方の周回でそんな敵がいた気がするなぁ、と思い出しているのだが、バールからすれば話を聞き流しているようにしか見えない。


「くそぉぉぉ! お前なんかのために兄貴はあああああ!」


 バールが魔法を使用し、またも地面から突き出した槍がタケルを襲った。

 しかし今度は連弩でバールを狙えないように、槍は複雑な絡み方をしてタケルとバールの間に立ちふさがる。《断絶の壁》を作ってきた経験があったからこそ為せる技だった。


「へぇ、やるじゃねぇか。いつもは出会って初っぱなで倒しちまうから分からなかったが、なかなか戦える」


 久しぶりに嬉しそうに、タケルが呟いた。

 今回のレイナはそれを見て、なんだか悔しさを覚えてしまう。


「だが」


 無数の槍はまたもタケルの一振りでかき消える。

 ただ先ほどと違うのは、タケルの使った武器が一本の矛に変わっていたことと、彼の左手に盾が装着されていたことだった。


「残念ながら、お前と遊んでる暇はねぇんだ」


 それだけ言って、タケルは左手の盾を地面と水平に構えた。

 そしてバイオリンを弾くように、右手の矛をその盾の表面に、バールのいる方へとこすりつけた。


 瞬間、彼の右手の矛は生を得たかのように活き活きと彼の手元を離れ、目に見えないほどの速度を出して前方に飛んでいく。


 バールは咄嗟の判断でタケルとの間に小型の《断絶の壁》を生成したが、その矛は易々とそれを貫きバールに突き刺さった。それでも勢いは収まらず、バールは五百メートルほど後方まで吹き飛ばされていった。


「最強の矛と最強の盾、だ。この二つをぶつけることは運命が許さない。こすりつけようとするだけで弾かれて、実質的な遠距離武器として使えるのさ」


 少しだけ楽しませてくれたお礼とでも言うように、吹っ飛んでいったバールに、タケルが武器の説明をした。


 今回のレイナがバールの飛んでいった方向を見遣ると、そこに彼の姿はなかった。

 最強の矛とやらで、粉微塵になってしまったのだ。


 タケルに全く取り合ってもらえない彼に、今回のレイナは自分を重ね合わせてしまった。

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