第6話 怨嗟の監視塔
魔王が復活する前から、彼の部下達は人類に対して攻勢に出ていた。そのため人類は既に、致命的な割合の領土が奪われている。
魔王軍が活発化する前に比べて、人類の領土は半分以下に減ってしまっていた。
この惨状の理由には、魔王が復活するまでは勇者となる予定のタケルが修行に専念していた、というのも勿論大きい。
しかし一番の理由には、《断絶の壁》が挙げられるだろう。
大量の魔力を消費して放たれた大魔法によって、人間の領土は極大の壁に分断されることとなった。
その壁を維持している監視塔に出向き通行証を得なければ、その壁を通り抜けることはまず叶わない。
そうして分断した上で攻められた結果、人類の保有する領土は減っていったのだった。
「とうとう勇者が城を出たようですぜ、兄貴。経過はどうです? 順調ですかい」
「はは。経過も何も、俺はこの監視塔にいるだけだからな。何もしないことが仕事だというなら、すこぶる順調だが」
監視塔の最上階。
魔将軍ガルムルが部下であるバールの質問に、重々しい声で、しかしおどけるように答えた。
ガルムルは周りからの信頼も厚い、監視塔の維持を任されているベテランの魔将軍だ。
監視塔は魔王軍が人類と戦う上で、絶対に陥落させられない要所の一つである。そこの維持を任せられたというのは大変に名誉なことであった。
しかし攻められないことには何もやることがないという意味で、活躍のしづらい立場でもあった。
体自体が重装甲と化している彼が、不満を表すようにガシャリと体を揺らす。
「へへへ、そうは言いつつも兄貴、嬉しそうじゃあないですか」
しかしガルムルの言葉や態度にも惑わされず、バールは言った。
彼は壁の生成を任されている、魔王軍駆け出しの小悪魔だ。
まだ魔将軍などという称号には程遠い地位についているが、彼は持ち前の魔術の才能を発揮し、≪断絶の壁≫を生成するという大義を果たしているのだった。
「ふん、お前は相変わらず、人を見透かすようなことを言うな。気に食わん」
「気に食わないって酷いですねぇ。僕はただ、そうやって自分をごまかす必要なんてないと伝えたいだけですぜ」
ガルムルの言葉が堪えた様子は一切なく、バールは大げさに肩をすくめた。
常に媚びへつらうような態度をとってこそいるが、バールには常に自信が見え隠れしている。
普段の態度からはそう見えないが、大事なところでは決して自分を曲げることはないだろう。
それはガルムルが前々から感じていたことであり、実際事実でもあった。
今や戦いにしか能がない魔将軍達よりも、バールのような技能系の魔獣の方が価値を増す時代になっていた。
だから勇者を倒すことは、ガルムルのような戦いしか知らない魔将軍達に残された、最後の活躍の場なのである。魔将軍の中でそれに気づいているのは、ガルムルを含めた数少ない者だけだったが。
「私が嬉しそう、か。そうかもしれないな……」
だから、バールの予想は当たっていた。
口ではひねたことを言いながらも、ガルムルは熱意に満ちている。勇者が剣を携えてやって来るのを、ガルムルは何よりも待ち望んでいた。
この監視塔を攻略しにくる勇者を撃破し、魔王軍の侵略を磐石なものとする。その為なら、この監視塔で待つのも朽ち果てるのも、望むところだとさえ思っていた。
「勇者……か。女神に選ばれるほどの男だ、手強いのだろうな」
勇者が城を出たという情報に、ガルムルは気分が高まっていた。思わずそんな呟きが口から出る。
「そうでしょうねぇ……。連絡によれば、移動速度もこちらの予測を遥かに上回っているようです。ステータスが高いのかもしれませんね」
呟きに対し、バールが律儀にコメントを返してくれた。
激戦の期待を煽るような情報を嬉しく思う反面、ガルムルとしては、勇者に対する彼の見解を聞きたいところだった。
純粋な実力では並の魔獣に劣るものの、魔王の役に立つという意味で、バールは魔王軍でも随一の実力の持ち主だろう。
頭の固い幹部さえいなければ、今にでも彼はガルムルより上の立場にいてもおかしくない。
正直、ガルムルは彼に、少し嫉妬心を抱いていた。
そんな彼の忌憚のない意見を聞いて覚悟を決めたかったのだが――――。
所詮、バールにとってガルムルは、自分より頼れない上司の一人に過ぎないのだろう。
壁を転々と移動して仕事するバールが監視塔までやってきたのも、単なる仕事に過ぎない。
だというのにバールの真意を求めても、はぐらかされるに決まっているのだ……。ガルムルは遠い目で宙を見つめた。
「兄貴」
思考の海に沈んでいくガルムルを、バールが呼び止めた。
何せこの監視塔にずっと一人でいるため、一人で空想にふけるクセがついてしまっていたのだ。
しかし続く言葉は、ガルムルの意識を完全に覚醒させた。
「もしも勇者との戦いで窮地に陥ったら、迷わず逃げてください」
それは最早、魔王への不義にも程がある発言だった。
冷たくなっていた血管が、全て一瞬で沸騰するような怒りをガルムルは覚える。
「何を馬鹿なことを! この監視塔は魔王様の作戦に欠かせないものだ! それをむざむざ放棄するなど、あっていいものか!」
自分が窮地に陥るかもしれない、と言われたことへの怒りはなかった。
おそらくそうなるのだろうという予感が、漠然と彼の中にあったからだ。
しかし逃げろと言われたことには我慢がならない。
ここはガルムルの、唯一の心の拠り所だったのだから――。
だが、やはりバールは上司相手にも怖じ気づくことはなかった。
いつもはへりくだっておきながら、実際にはガルムルのことなど眼中に入ってすらいなかったのだ――ガルムルは諦めにも似た感情を抱いた。が。
「兄貴……。僕はあなたを尊敬しているのです。大局を見渡す冷静さと、その類稀なる強大な力……断じて、こんなところで失われていいものではない……!」
バールの言葉が、ガルムルの凝り固まった不安を打ち払った。
それは、勇者との戦いを前に、無意識の内に蓄積させていた不安だった。
「あなたのようなお方を一人だけで勇者に立ち向かわせるなど、どう考えても失策です! 恐らく脳筋の魔将軍が考えた作戦でしょうが、そんなものに従う必要はない! あなたにはまだ、やらねばならないことがある!」
バールがいつもの軽い調子をなくして叫ぶ。
彼が言っているのは、自分が生成した壁よりガルムルの存在の方が重要だ、ということと同義であった。
下の立場ながら嫉妬していた相手が、自分を認めてくれていたのだと知れたのだ。嬉しくないはずがなかった。
「心配するな、私は死なない」
一人で監視塔を任されていたガルムルの胸中に久しぶりの感動が押し寄せる中、彼は振り絞るように、それだけを言うことが出来た。
意識こそしていなかったが、ガルムルは勇者との戦いで死ぬ運命しか見えていなかった。
でも、今は違う。
なんとしてでも勝って、輝かしい未来を自分でつかみとろうと、思った。
「有難うバール……目が覚めた思いだ。だが、この監視塔を放棄することは、出来ない」
「そんな……」
バールは顔をしかめる。
それは先程、ガルムルがバールの眼中に入っていないと考えた時に浮かべたものと同じ表情だった。
少し微笑みながら、ガルムルは続ける。
「しかしそれは、俺が死に場所を見つけるためじゃない。お前の築いた壁を、命を賭して守るためだ」
「あ、兄貴……!」
ガルムルはこれから、勇者と戦う。
しかしそれは、全て未来のためだ。魔王様の覇権と、そして、将来に期待ができる部下のため――。
たとえそれが、運命に逆らうことだとしても――!
「まさか、そんな……」
イヤナ村を目指していたタケル達一行は、その途中で地図にはなかったはずの壁に遭遇した。
今回のレイナは、あまりに予想外な出来事に呆然と呟くことしか出来なかった。
「まさか、こんな速度で壁が増築されるなんて―――。これじゃあ、迂回路を通って監視塔を攻略しに行ってから、また戻ってこないとイヤナ村どころか魔王城にも行けないじゃない!」
災厄がもたらされる≪約束の日≫までの制限時間が決まっているため、今回のレイナは焦りを隠せなかった。
城で他のレイナと戦ったりしてる内にも、時間はどんどん削られていたのだ―――!
「もう邪魔。ほんとにレイナ邪魔。私もレイナだけどおおおおお!」
今回のレイナが叫んだ。
「あぁ、それは心配しなくていいよ」
しかし、焦るレイナとは裏腹に、タケルはのんびりと言い放つ。
「なんなのよ、その余裕は……」
「だって、ホラ」
タケルがバックをゴソゴソと探り、何かを取り出してから呻いているレイナへと突き出した。
それは、緑色の宝石。
「こ、これは何―――?」
「ん、≪断絶の壁≫の、通行証。確か7周目の周回特典かな」
ぽやーっと言いながら、≪断絶の壁≫の方へと向かう。
かなり長いこと歩いてからその目前まで行き、通行証を掲げたら、みんな壁を通り抜けて向こう側に行くことが出来た。
特に何の感動もない。
「この通行証が所有者しか通れない仕様だったら、レイナを置いてけるのになぁ」
タケルに至っては、壁を通り抜けた後、そんな愚痴さえこぼしていた。
「てか、なんで≪断絶の壁≫に通行証なんて作っちゃうんだろうね? これがなきゃ、私たちが壁越えるのにもう少し苦労するのに」
ジョットエンジンを搭載しているレイナ改が、首をかしげながらタケルに尋ねた。
「ほんとそれな」
タケルは答えた。
監視塔の守り手ガルムル戦―――ショートカット。
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