第3話 レイナ、お前はもう多すぎる!

*116周目


 視界が暗闇に包まれたと思った時には、もう視界が開けていた。

 そして、見えていた景色も一変している。俺がいる場所は結婚式場の広場から、王城の一室になっていた。


 この気持ち悪い感覚は、何度経験しても慣れない。


 今まで積み重ねてきたものが一瞬で瓦解してしまうというのは、やはり精神的な負荷が大きい。

 自分の成長や、引き継いだ《聖弓キノシタ》などだけが消えることなく残るのが、唯一の救いだ。


「タケル、やっと戦いが始まるのね」


 ついさっきも聞いたような台詞が、俺の隣から発せられた。


 俺はベッドに仰向けに寝ている体勢だったので、少し視線をずらすだけで声の主が視界に入った。

 王城の中であるにも関わらず鎧姿でベッドの横に立っていたのは、確認するまでもなくレイナである。


「さっきまで嬉しそうにこの戦いも終わりなのねとか言ってたくせに、なぁに開戦を喜んでんだよ」

「ん? どういうこと?」

 

 俺が起き上がりながらこぼしたぼやきに、レイナが疑問で返してきた。


 今隣にいるレイナは、さっきまで結婚結婚言っていて、世界の終わる直前に俺を斬りつけた彼女ではない。やり直した新しい世界でのレイナだ。

 だから俺の言葉の意味が分からないのも当然なのだが、斬りつけられたばかりだしどうしてもレイナに嫌みを言いたくなってしまう。


 まぁ、良い。

 嫌みを言う相手など、これから腐るほど現れるのだ。


「あ、そういえば、女神様からのお告げが来ていたわ。あなたへの贈り物があるんだって。さっすが勇者、女神様に期待されているのね」


 レイナが彼の栄誉を喜ぶように、笑いながら肘でタケルをつついた。

 この頃はタケルに異様な恋心を抱いているようなこともなく、可愛い幼なじみなのだが・・・・・・。

 タケルはこれから変わっていってしまう彼女が名残惜しく、鎧ごとレイナを抱き寄せた。


「ちょ、ちょちょっ! 何してるのよ! まさか魔王に怖じけついただなんていわないわよね!」


 レイナは言葉でこそ怒っているが、まんざらでもなさげに声を弾ませている。

 この段階で、それなりに俺のことを思ってはくれてるんだよな・・・・・・と感傷的な気分になりながらも、タケルは気を改めて、レイナを離した。


「すまん、これからの戦いが待ち遠しくて、気分が高まっただけだ。気にするなよ。というか、絶対に俺に惚れるなよ」

「は、はぁ!?」


 レイナには意味の分からない釘だけをさしておいて、タケルは女神様が贈り物をとどけてくれるという聖堂へと向かった。


 一周目には何のためにあるのか分からなかった聖堂だが、二周目以降はそこから周回特典を受け取れるのである。


 頑丈な白磁色の扉を開けて、中に入る。すると、さっさと仕事を終わらせたいのか女神様の声が早口で降り注いできた。


「あなたの功績をたたえてプレゼント! 計百件以上! ハイ!」


 早口なばかりでなく、すごく投げやりだった。

 タケルの後をついてきたレイナが、初めて聞いた女神節に眉をひそめる。


「な、なに今の・・・・・・」


 しかしタケルは取り合わない。

 そんなことどうでもなくなるような混乱が、これから訪れるのを知っているからだ。


 ガタッ、と床に何かが落ちる音。音のした方を見れば、聖堂の奥に弓が現れていた。周回特典だ。


 周回特典は女神様が天界から無造作に聖堂へと投げ入れてくるので、ワレモノ厳禁である。聖杯を引き継いだらぶっ壊れて、一晩中泣いたこともあった。

 

「わっ、あれが女神様からの贈り物? 不思議な模様の弓ね・・・・・・綺麗・・・・・・」


 キノシタの皮で出来てるんだけどな、とタケルは内心ひとりごちた。

 女神様の贈り物だっていう色眼鏡越しには、綺麗に見えるのだろう。


 ガタッ、ゴトッ、ガタガタッ! 神聖みの欠片もない音が続いて、他の周回特典も顕界していった。

 《聖剣シュバルツ》《龍槍ベルゼ》《村長の形見》・・・・・・。


「わっ、贈り物があんなにたくさん! あんた、どんなけ女神様に愛されてるのよ!?」


 タケルの後ろで、レイナが可愛らしく驚いた。

 この可愛らしさとももうすぐお別れだ・・・・・・。タケルは瞑目しながら、ずっと腰にかけられていた鉄の剣に手をかける。

 タケルは帯剣していないと眠れない性質のため、ベッドにも剣を持ち込んでいたのだ。

 

 そして、とうとうその時がやって来た。


 グシャッ、という、これまでとは違う音が響く。


 周回特典の山に、人が落ちて来たのである。

 しかし余程ステータスが高いのか、周回特典の槍にぶっ刺さりながらも存命。逆に踏みつけた聖剣が一本、無残にも真っ二つに割れていた。


「あ、あれって……!」


 タケルの後ろにいたレイナが、その人影を指差し恐慌する。

 何故なら、今落ちてきた人物は……。


「な、なんで私が降ってきたの……?」


 前の世界で俺を斬りつけてきた、あのレイナだったからだ。

 しかし驚くにはまだ早い。

 ボトッ、グシャッ、ドバッ、という、女の子の登場シーンにはふさわしくない効果音が立て続けに鳴り響く!


「わ、私がたくさん……!」


 現れたのは前の世界のレイナだけじゃなかった。

 前の前の世界のレイナ、前の前の前の世界のレイナと、どんどんレイナが降ってくる。

 レイナの価値が、大暴落していく……!


 実は結婚式の場面で、世界が終わる時間までレイナから逃げ切れなければ、彼女は世界のやり直しについてきてしまうのだ。

 また、誓いの言葉で聞き心地の良いことを言っても、ハッピーエンドに満足したように世界が終わり、レイナは平然と次の世界にもついてくる。


 女神が言うには≪メインヒロインの権能≫らしいのだが、タケルとしては、権能とだけ言っとけばなんでも通ると思ってんじゃねぇ! という心境である。

 なにせ、女神が言うところのメインヒロインであるレイナは、何故か周回特典扱いでやってきて、引き継げば引き継ぐほど増えてしまうのだから……!


「覚悟ぉぉぉぉぉ!」


 レイナの落下が収まってから、タケルが剣を抜き放ち、レイナの群れに襲いかかった!

 しかし彼の斬撃は、レイナの一人が自分に刺さっていた周回特典の盾を抜いて防御される。

 盾がささるって、女神様の落とし方雑すぎるな! タケルは赤く染まった盾に怯えながらも剣に力を込めた。


「引っ込めレイナナンバーエイトォォォ!」

「そうは行くか! お前の思い通りにならんぞぉぉぉ!」


 魔王が復活し、世界が闇に包まれた日。

 そして、それを討ち滅ぼさんとするタケルの冒険が始まった日。

 タケルは突如現れたメインヒロインの集団と、戦闘を開始した。


「レイナ、お前はもう多すぎるっ!!!」


 タケルは眼前にに、力の限り叫んだ。


 降ってきたレイナの人数は、百人を越えていたのだった。

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