第2話 流れるようにハッピーエンド
「タケル、やっとこの戦いも終わりなのね」
「毎度毎度思ってるが、お前はどうやってここに来てるんだよ・・・・・・!」
タケルは魔王の部屋に新しく現れた人影に、親の敵を見るような目を向けて叫んだ。
「うん? どうやってって、私たちは一緒に魔王城にやって来て、こうして魔王を倒したんじゃない」
しかしその人影は、タケルが何に呆れているのか理解すらしてくれない。
予想していた返事ではあったが、彼はため息がこぼれ出るのを堪えきれなかった。
レイナ。それがこの部屋に現れた少女の名前だ。
身に纏う真っ赤な服は貴族の令嬢が着るような上品な布地だが、各所に施された装甲が、ただのお偉いさんではなく戦士であることを示している。
本来であれば冒険が始まったときからタケルの隣に付き添い、共に戦い歩んでいく存在なのだが。
「お前はもう足手まといだから、宿屋に監禁していたはずだろう?」
世界が繰り返される度に、何故だか敵の強さは跳ね上がっていく。
その世界での仲間も同じだけステータスは上がっているようなのだが、戦闘経験は毎回ゼロスタートなのでレイナがついてきてもタケルの負担にしかならないのだ。
しかもレイナにはタケルの後ろについていくという謎の習性があってメタクソ邪魔なので、タケルは世界をやり直す度に、レイナを監禁しているのだが。
「え? 監禁なんてされてないわよ? 一緒に魔王城までやって来たじゃない。大変な・・・・・・戦いだったわね」
「いやいやいや」
どの世界でも、魔王を倒した段になったらレイナは絶対にそのことを忘れてしまう。
そして《
レイナ一人では決して宿屋から魔王城までたどりつけないはずなのに。
タケルはゴーストと戦ってる時以上の薄ら寒さを感じながら呟く。
「これはやはり、《輪廻の儀》の修正力が影響しているのか・・・・・・」
タケルはこの現象が、《輪廻の儀》によるものだと当たりをつけていた。
おそらくこのタイミングでタケルとレイナは一緒にいることは確定していて、そうなるようにレイナの記憶と居場所が改竄されてしまうのだろう。
理屈が分かった時、その異常さにタケルの恐怖は逆に増してしまったのだが。
しかし呟きの意味が分からないレイナは、勝手に話を進めていく。
「魔王を討ち果たしたことで、お父様もあなたを認めてくれるわ。これでやっと、私たち結婚できるのね! 嬉しいっ!」
喜び勇んで、赤い騎士服の少女がタケルの胸に飛び込んできた。
タケルとレイナが婚約を交わしたことはあったが、この世界では冒険が始まってすぐに監禁というか封印したからそんな約束はしてないはずだ。
この世界で記憶を改竄される前のレイナの台詞も、「出せぇぇぇ! 私をここから解放しろぉぉぉぉぉ!」という、魔王よりも魔王っぽいものだったし。
婚約の記憶も、修正力の植え付けたものなのだろう。
それにしても。
「こいつ、魔王の死体に目もくれやがらねぇ!!!」
魔王の新鮮な死体の近くで結婚結婚と叫んでいるレイナに、タケルはまたもや、恐怖を覚えてしまうのであった。
植え付けられた記憶のせいで妄信的に自分を愛しているのだと思うと、不憫でもある。
「ねぇねぇ、式場はどうしようか? 折角ならお城の中でやりたいわよね。王都は壊滅しちゃったし、魔王城でやりましょうか?」
「お前それマジで言ってんの!?」
魔族と和解した世界とかならともかく、魔王を討ち滅ぼした上で魔王城を式場にするとか、ただの侵略記念みたいになってるじゃん! タケルは戦慄を覚えた。
どうやらこの世界のレイナは、タケルがいない間に結婚によっぽど強い思いを抱いてしまったらしい。いつも以上に無軌道だった。
というか待て、王都が壊滅だと・・・・・・? タケルの眉間にしわが寄る。
「おい、王都が壊滅って、何があったんだ・・・・・・? というかそんなことするのお前しかいないだろ! お前何をしたんだ!?」
タケルはレイナに質問しようとした。しかし、声が彼女に届く前に、時間が来てしまう。
暗転。タケルはいつの間にか、レイナと共に結婚式場の聖書置き台前に立っていた。
《輪廻の儀》の終盤、結婚式の場面だ。
魔王が倒された後、世界はいつも、幸福を演出するかのように俺とレイナの結婚式で幕を閉じる。その都合でタケルとレイナは教会にまで転移させられたのだろう。流石に魔王城ではなく、普通の教会だった。
それが一体、誰にとっての幸福なのか。一周目の魔王じゃないが、タケルはいつも考えてしまう。
転移した後も目の前にいたレイナが、何の脈絡もなくタケルに顔を寄せ、唇と唇を重ねてきた。
「汝、魔王が出たときも魔王が増えたときも魔王が第二形態になった時も、妻を想い、妻のみに寄り添うことを誓いますか?」
それからいつの間にか隣にいた神父が、俺に誓いの言葉を促す。
魔王が死んだばかりなので、まだ神父の質問も《対魔王方式》だった。
どう考えてもキスと誓いの言葉の順番が逆だと思うんだけど、どうやらこの世界は、俺の誓いの言葉を最後に終わるものであるらしい。
だからこんなところにも《輪廻の儀》の修正力が働いて、キスしてから誓いの言葉、という順番になっているのだろう。芸が細かいな、修正力。
――――――おそらく。
世界は俺に、「これまで君の騎士として戦ってきたように。これからも、レイナを幸せにするために戦うことを誓うよ」みたいな台詞で物語の幕を閉じることを求めているのだろう。ずっと監禁していたのに。
そしてレイナも、俺にそんな耳障りの良い台詞を期待しているはずだ。ウェディング姿の彼女が、キスしたばかりの唇を湿らせ、上目遣いでタケルの顔を見つめている。
何を求められているか。そんなこと、タケルにだって分かってるし、実際三十回くらい世界をやり直すまではそんな風に言っていた。
しかし最早、タケルは世界の意思に従うことを是としなかった。レイナの期待に沿っても、不幸にしか繋がらないことを知っていた。
だから、叫んだ。
「誰が結婚なんかするかボケェ! たまには他の女の子ともイチャイチャさせろやこの正妻気取りがぁぁぁぁぁぁ!」
「な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
タケルの台詞を聞いて、理解のために数秒だけ固まってから、レイナが激高した。
それも仕方ないだろう。改竄された記憶とは言え、待ち望んでいた結婚式で新郎に暴言を吐かれたのだ。
繰り返してきたことだったが、タケルは少し胸が痛むのを感じる。
しかしこれは、今後のためにも必要なことなのだ。
「捕まってたまるか!」
叫びながらつかみかかろうとしてきたレイナを華麗なステップで避け、タケルは式場の扉へと駆け抜けた。暴走した新郎を取り押さえようとしてくる人々を、死なない程度に召喚した聖剣シュバルツで切り伏せる。
それでも追ってくるレイナ。逃げるタケル。
一見ただの夫婦喧嘩に見えるだろうが、この逃走劇には本当に深遠な理由があるのだ。
「あっ!」
これも修正力のなせる技か、それとも焦りのせいなのか。
タケルは石に蹴躓き、結婚式場周りの道で転んでしまった。
しかしタケルは素早さのステータスがレイナよりかなり高いため、まだ諦めはしない。急いで立ち上がろうとする。
そこで、右脚に違和感。
タケルは恐る恐る自分の右脚を見て、転んだのが修正力の仕業であると確信した。
右脚には、転んだときに取り落とした聖剣シュバルツが、脚と地面を縫い付けるようにぶっささっていたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
タケルの叫びを聞きつけたレイナが、彼に迫る――迫る――迫る――。
ラスボスよりもよっぽど凄まじいプレッシャーを放ちながら走ってきたレイナが抜刀し、地面に倒れ伏したタケルに斬りつけた・・・・・・。
暗転。強くてニューゲーム。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます