第75話 ロップ

 面と向かって、女の子に告白された。現実ではあり得ない事だったし、俺の読んできたラノベにもこういう状況は少なかった。


 一体どう反応すれば良いのかと、俺は脳内のラノベリストから類似の状況を探し始める。

 まるでラノベに頼りきっていた昔に戻ってしまったようで、自分の不甲斐なさに歯噛みした。


「どうして、俺なんか……」

「言ったでやしょう? コウタは私に似てるのに……ずっと前を見てるからでやすよ」


 ラノベからヒントを得るのは違うと思った……ついでに諦めもした俺の口から出たのは、結局つまらない疑問だけだった。でもロップは呆れず律儀に、しかし相変わらず悲しそうに答えてくれる。


「スライムバス戦でも、あっしは何の役にも立てやせんでした。でもコウタはいつの間にかリナさんと並べるくらい強くなっていて……。こうなることは分かってやしたけど、やっぱり遠くに行ってしまったようで寂しかったでやす」


 リナと肩を並べて……というかリナの肩を掴んでいた俺を見て、焦って告白したのだと言う。ロップがそうして前に進んだあれば、俺もしっかり返事をしなければならない。


 だが……俺にはどうすれば良いか、分からなかった。


「俺は……俺は……」


 どう反応すれば良いかなんて決まっている。自分がどう思ってるかを、素直に言えばいいだけだ。


 だが、俺はどう思っているんだ? 俺は、一体……。


「そんなに悩まれると、逆に悲しいでやすよ」


 陰鬱な空気を振り払うように、ロップがヘラヘラと笑った。でも普段の彼女はそんな笑い方をしないし、その目には少し、涙がたまっている。


「別にあっしも、コウタと付き合えるなんて思っていやせんよ。ただ、あっしの気持ちを言いたくなっただけでやす」

「ロップ……」


 自分の今の心情に気が付いて、俺は愕然とした。この話が終わりそうな雰囲気に、心の底で安堵していたのだ。

 俺はまだ、完全に変われたわけじゃなかった。相変わらずのクズ野郎だったのだ。


 ロップは俺を買いかぶりすぎている。俺は前を見ているの、どうしようもない愚か者なのに。


 覚えのある息苦しさを感じながら、俺はロップの顔を見つめ続けることしかできなかった。


「だから……」


 そして彼女が続けた言葉は、俺の心を十分に抉るものだった。


「コウタは、あっしのためなんかに悩まなくていいんでやすよ」


 職人になる夢を諦め、商人の道を歩んだロップ。

 彼女が折角前を見るようになったのに、俺はまた彼女に諦めさせてしまったのか。諦めさせるなら諦めさせるで、もっと良い方法があったんじゃないのか。


 俺の思考が加熱するが、それすらも現実逃避に過ぎない。

 俺から離れていくロップにどんな言葉をかけても彼女を傷つけてしまう気がして……彼女がおやすみなさいと言うのに対し、おやすみと返すことしか出来なかった。






 翌朝、俺は昨晩に感じた息苦しさの正体が分かった。


 それは、離れていくリナに声をかけられなかったあのダンジョンで感じたものと、全く同種のものだったのだ。そんなことを……朝にロップの姿が見えなくなって初めて気がついた。


「やっぱり部屋には戻ってないみたいだ」

「ギルドの方にもいなかったニャ!」


 ロップを探していたレイとリナが、それぞれ報告してくれる。だけど俺は、あるものを見つけてから既にこうなると分かっていたので、驚きは少なかった。


「それは何ニャ?」


 見覚えのないものを抱えている俺を不思議に思ったのか、リナが近付いてくる。


 昨日の今日なこともあり、彼女が俺を好きと言うのは男として好きということなのだろうかなんて考えてしまい、俺は一層自分の浅はかさに悲しくなった。


「これは……ロップが置いてったものだよ……」


 俺も今日まで気づかなかったが、それはロップが最近作ったものであるようだった。


 これまで狩ってきた魔獣達の素材で作られた、見るからに質の良い鎧。しかしあくまで見た目は寝巻に寄せていて……俺用に作られた鎧だということは明らかだった。


「何が役に立たないだよ……いつもいつも、俺らを助けてくれたじゃねぇか……!」


 昨日のロップの台詞を思い返しながら、吠えるように叫ぶ。


 もし昨日、俺がちゃんと彼女の言葉に答えていたら……ロップはいなくなることがなかっただろうか? そう思うと悔しくて仕方がなかった。


「ロップは一体、どこに行っちゃったのニャ……?」


 心配そうに俺を見つめながら、リナがロップの身を案じる。


 だが俺は、ロップが今どこにいるのか大体予想できていた。


「きっと、魔王のところだ」

「魔王のところって……魔王城ニャ!?」


 突飛すぎる俺の推測にリナが驚き、正気を疑うような目で俺を見てくる。しかし俺には、確信とは言えないまでも予感めいたものがあった。


 ロップと俺は、弱い者同士だったから。こういう時に彼女がどう動くかは、なんとなく分かってしまうのだ。

 それに、そう考えるとロップが魔王の話に対する反応が変だったことも頷ける。彼女の中では、既に魔王に会いに行くことは選択肢の一つになっていたのだ。


「ロップは俺のせいでいなくなったんだ。だから……」


 魔王からの手紙を取り出し、それを睨み付けながら……俺は言った。


「答えを出して……俺がロップを連れ戻す……!」

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