第74話 謎の謎ではない手紙
害悪存在として討伐された後、俺達は真面目に働くようになった。
もう裸での吊し上げとか尻叩きみたいな痛恥ずかしい罰を受けたくないし、俺達の討伐隊を組むための署名がめっちゃ集まってるの見たら普通に悲しくなったしで、心機一転せざるを得なかったのである。
「とはいえ、やってる事はそんなに変わらないけどな……」
「だから「とはいえ」から台詞始めんなって」
俺が仕事をしながらボソリと呟くと、久々にレイから突っ込みが入った。
しかし俺の言っていること自体に間違いはなく、報酬未払いの依頼者をリナが拷問したりロップが依頼者からなるべく巻き上げて兵士に配分したりと、ヤクザや地上げ屋みたいな仕事までしている。
俺達の討伐クエストを依頼した人は報復を恐れて逃げたため、俺達を討伐した兵士に俺達が代替えでお金を払うという奇妙なことも起こった。
「まぁ、ギルド係員の座から落とされなくて良かったニャ」
「そうだな。他にやる人がいないってのもあるんだろうけど、英雄一行だってことが大きいんだろうな……」
自分で自分を英雄呼ばわりするのに気恥ずかしさは有るが、「英雄=都合の良い人」という方程式を知っているため誰も突っ込まなかった。悲しい。
「この立場に未練がある訳じゃないけど、なんだかんだここも俺達の居場所って感じしてきたしな」
「そうニャ。もし離れる事になったら名残惜しいニャ」
「でもってこういう特典もあるし……」
言いながら、俺は手元にある一つの封筒を見遣った。皆で長々と回想に耽っていたのは、この封筒を開ける勇気が湧かなかったからである。
ギルドにいきなり郵送されてきた桃色の封筒には、でかでかと「魔王より」と書かれていた。
「なんでやねん……」
レイが改めて封筒を見ると、何故か関西弁で突っ込んだ。でも思わず脱力してしまうその気持ちはよく分かる。
「恐らく魔王がこの手紙を書いた頃には、魔王軍幹部だった前ダイソン係員が敗走したことを知らなかったんでやしょうね……」
「成る程な。それで普通にギルドに送っちゃったのか……」
魔王とは一体どんな奴なのだろうと警戒していたが、存外抜けている。あまりにも情報が少なくて困っていたところに、相手から手紙を寄越してくるとは思わなかった。
「まぁ、ウダウダ言ってても仕方がない。開けるぞ?」
俺はギルド控え室のデスクに座ったまま、後ろから覗きこんでくるリナ達に目配せした。彼女達が頷くのを確認して、その封筒を開けると……。
「チャラかったな、魔王……」
その日の業務を終えて、夜。結構気になっていた魔王の人となりが想像と違ったため、なんとなくショックを受けて俺は宿屋のベランダで物思いに耽っていた。
書き出しは「やぁやぁ元気かい?」で始まり、「我の魔力がまた暴発しちゃってさぁ。やっぱ強者は辛いンゴ」という何故かオタク言葉の自慢が続き、最後は「そろそろ会いたい気分っ!」という文で締められていた。なんかあらゆる点で俺が苦手そうな人物像である。
「こんなところにいたんでやすか、コウタ」
なんとなく意気消沈していた俺に、後ろから声がかかってきた。もう寝たとばかり思っていたロップが、寝巻き姿で近付いてくる。
あれ? 何かラノベで見覚えあるぞこの構図。あのほら、エクスプロ……
「何を考えていたんでやすか?」
「え!? あぁいや、エクスプロー……じゃなくて、魔王が思ってたのと違かったなぁと」
下らない思考をロップの台詞に遮られ、俺は慌てて少し前に考えていたことを言った。
「そうでやすよね……。もう少し威厳があると思っていやした……」
「この世界やたらとシビアなのに、魔王軍だけやたらと緩いよな」
「緩い……」
ロップが暗い顔をして魔王の愚痴を言うので同意したら、彼女は余計に暗そうな顔をした。なんだろう、彼女も魔王に期待してたクチだったのだろうか。
「魔王軍の話は一旦よしやしょう! 住所が分かって、もう焦る必要もなくなりやしたしね!」
「え? あ、あぁ。そうだな」
ロップの言う通り、確かにあの封筒には住所まで律儀に書かれていた。しかしロップが慌てて話題を転換しようとするのは珍しく、俺は頷きながらも違和感を感じる。
「えと、えと……。大分昔の話でやすけど、リナさんが家出した時のこと……覚えてやすか?」
「お、おう。ダンジョン賊と戦ったすぐ後の事か?」
家出という表現が適切かは分からないが、確かにあの時リナはいなかった。リナがいなくなって気が気でなかったこともあり、記憶は薄いが……。
思った以上に強引な話題転換に驚きを隠せない。いきなりそんな昔の話になるとは思わなかった。
「あっし、今も楽しいでやすけど、あの頃が一番楽しかったのでやす」
「うん?」
予想外の言葉に驚き、俺はロップの意図を確かめるように目を覗きこんだ。しかし俺の反応を見たロップが悲しそうに軽く目を伏せたため、いまいち何を考えているのか分からない。
「あっしとコウタの二人きりの冒険は、居心地が良かったでやす。コウタが段々と強くなっていくのは見てて面白かったし、あなたがケンタウロスを三体倒したときには、あっしは自分の事のように嬉しかったでやす」
俺が戸惑うのも無視して、まるで独り言のようにロップが言葉を連ねる。
「私が売った道具を使いこなしてくれるのも嬉しくて。品揃えを誉めてくれた時も……こんなことでしか誉められない自分に呆れやしたけど、嬉しいって思う気持ちは抑えられなくて……」
気付けば、ロップの目からは涙がこぼれていた。俺はやっと、その言葉の意味が分かり始める。
いや。俺はずっと前から、こうなることが分かっていたんじゃないのか……?
「全部全部、リナのお嬢……リナさんの事を考えてるからだってのは分かっていやした。でもそんな、一途なコウタが……格好良かった」
一拍おいて、彼女は言った。
「好きでやす、コウタ。ずっと前から、あなたのことが」
気付けば。ロップは目から溢れる涙を隠しもせず、俺の顔を真っ正面から見つめていた。
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