第63話 通常業務
「張り直して下さい」
「あー、やっぱ駄目だったかー」
賄賂でクエスト用紙をはがした翌日、そのクエストを依頼した魔法研究者がギルドを訪ねてきた。
業務時間内で俺達はギルドの受付をしていたところだったので、「詳しい話は中でしましょうや」と言いながら控室に招き入れる。公衆の面前で賄賂の話をされるわけにはいかねぇからな!!!
完全に英雄の言動ではないが、まぁ≪不可侵全裸≫の「魔王軍幹部でしたー」よりはマシだろう。
「で、一体何の用かニャ? 話だけは聞いてやるニャ」
交渉は主導権を最初に握った方が圧倒的に有利である。それを理解してか、リナが肉食獣の目で研究者を睨んでいた。怖い怖い。主導権というよりかただの脅迫だろ。
しかし研究者は怯むことなく、本当に用件だけ口にする。
「昨日はがされたクエスト用紙を、元に戻してほしいのです」
「即死魔法の実験体のやつですよね? でもあれ、人が集まるものですか?」
昨日の賄賂を送ってくれた人との約束を果たすため、なんとか彼に諦めさせようと質問する。しかし、彼は事も無げに頷いた。
「ええ。自殺志願者は勿論、時には自身を実験体にする代わりに――」
「待て待て待て! これ以上シビアな異世界事情知りたくないです!」
嫌な予感がして研究者の口を閉じさせたが、これからどんな言葉が続くのか何パターンか予想できてしまった時点で俺もこの世界に毒されすぎである。
ついつい口にしてしまった異世界というワードにリナ達が首を傾げるが、しかし俺の言葉に大した価値はないと判断したのか平然と無視した。悲しい。
「そもそも、即死魔法なんか研究してどうしようっていうんです?」
「即死魔法の研究は、死そのものへの研究でもあります。これが進めば肉属性以外の回復魔法が生まれるかも知れませんし、少なくともより確実な蘇生魔法には繋がります」
「最高の研究じゃないか!!!」
研究者の胡散臭い話を聞いて、レイがこれまでになくヒートアップした。
「いやぁこんなところで同志に出会えるなんてな! 研究を全力で応援するぜ! ……いや、私が実験体になるって手もあるな!」
「ねぇよ落ち着け!」
なんだかんだ優しいレイが、同じ目的の人に出会ったせいで興奮しすぎて自殺しそうになっていた。文章にすると尚更ワケわからんな。
自分勝手でなくなった彼女が未だに自己蘇生が出来るとは限らないし、出来たとしても記憶を失う程度の後遺症は常にあるらしい。
そんなことはしてもらいたくないので、俺は全力で止めた。
とはいえ、レイが実験体になるのは防げても、この依頼を拒むのはより難しくなった。リナは「人助けニャー」なんてとぼけたことを言って舞っているし、レイもこの通り乗り気である。後は……。
「いくら、払いやすか……?」
ロップが重々しい声で、研究者にどこかで聞いたようなことを尋ねた。その目は完全に据わっており、口にした金額次第では誰かが死ぬのではないかとすら思わせる。
そう、残るは金の問題次第。ロップの態度は、それによってガラリと変わるだろう。
「800万ゴールド、でいかがでしょうか」
「…………」
研究者が口にした言葉を聞いて、ロップは彼を見つめたまま微動だにしなかった。しかしその小さな頭蓋の内側では、商人として培ってきた計算能力がフルに働いているのだろう。
「競りでやす」
「え?」
謎の呟きに、俺の口から疑問の声が飛び出す。ロップに俺の言葉は届いていないようだったが、彼女は興奮からその計画を口にした。
「クエストをはがすのも貼り直すのも、全て競りの形式にしやす! 多く金を積んだ方が要望を通せる方式にすれば、金は自ずと集まってきやす。原料も技能も何もいらない、これぞ最高のビジネス!!!」
聞いたこともないような大声で、ロップはその壮大な計画を叫んだ。
「こうしちゃいられやせん、すぐにシステムを体系化して、後は依頼されているクエストで不利益を被りそうな市民全てに宣伝しやしょう! これまでは受注を拒否していた害悪依頼も、これからは積極的に受けていきやすかね!」
「おいおいおい」
「人助けニャー」
「お前は思考放棄しすぎだろ!」
ロップの熱にあてられて、リナが再び舞う。それにつられて研究者も舞う。
「あ。頼まれなくてもクエスト用紙を私達が勝手にはがせば、張り直して欲しい奴らが金を運んでくれるんじゃねぇか?」
「それでやすっ!」
「それじゃねぇ! それただの職務放棄だから!」
乗り気になったロップとリナに置いていかれないように、レイが彼女たちの気を惹くような提案をする。
これまでヒロイン力や存在感が低すぎたせいで、気を使わないと孤立するのではないかと不安なのだろう。
このメンバーの中ではなんだかんだまともだったレイまでおかしくなってしまった。
いつの間にかぼっち属性までついてるし、俺達4人の内ロップを除く全員がぼっち属性持ちというとんでもないパーティーになってしまっている。
いずれにしても俺一人の力では彼女たちを止めることは出来ず、ただでさえ害悪だったダイソン街のギルドは、その脅威を更に増したのであった……。
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