第42話 流血の水着回

 英雄の一人≪不可侵全裸≫は、クエストが始まりもしない内から触手に刺し貫かれていた。


 レイもまだ来ていないし、まさかのクエスト前殉職か……と思われたが。


「ははは、やっぱ一旦サブリーダーになったくらいじゃ危険は変わらないかぁ……」


 ≪不可侵全裸≫はなんでもないように笑って、そんなことを呟いた。


「い、生きてるのか!?」


 平然としている彼に驚きながら叫ぶ。

 何か秘密が有るのだろうかと彼の体をしっかり見ると、傷口からは一滴の血も流れ出ていないことに気がついた。


 血もでないくらいの急速回復? いや、これは……。


「持続魔法≪物体透過マターズスルー≫。僕にはあらゆる攻撃が通じない」

「思った以上のチート能力!」


 マジかよ! 俺は防御力だけが自慢だったのに、これじゃあ完全に下位互換じゃないか!?


 海から伸びてくる触手を土の壁であしらいながら、≪不可侵全裸≫を観察する。


 やはり彼は一切攻撃を避けていないのに、全ての攻撃をすり抜けるのでノーダメージだった。これなら確かに、リーダーでも死ぬことはないだろう。


「ま、逆に僕が殴っても相手をすりぬけちゃうから、攻撃出来なくなるんだけどね」


 さすが英雄、と感嘆していたら、彼は堂々とそんなことを言った。使えねぇ……。


 でも、相手の攻撃を意に介さず移動しながら指揮が出来ると言う意味ではリーダーにもってこいの魔法ではある。


「オッケー、そういうことならお前の生死は気にしないぜっ!」

「そんなに堂々と言われても困るな。僕だって魔力切れしたら即死なんだから……」


 ≪不可侵全裸≫の文句を完全にスルーして、俺は今度こそ海から伸びた触手に集中する。この触手の主こそが、攻略対象のクラーケンで間違いあるまい。


 しかしまだ本体が海から出てきさえしていないため、俺も攻めあぐねてしまう。


「ダンジョン賊! とりあえずクラーケンを海から引きずり出せるか!?」

「私の名前はキリハだ。 ……いや、ちょっと無理!」


 やけに格好いい名前を名乗ったダンジョン賊は、声を張り上げて自分の無力を主張した。もう絶対に名前で呼んでやらねぇ。


 男三人とも決め手がないので、仕方なくリナ達を待って触手を耐えしのぐことにする。


 二槍流は≪筋力増強≫で魔法枠を食うから普段は≪重槍グラビトン≫をロップに預けてあるし、相変わらず前衛がいなさすぎた。というかダンジョン賊が見込み違いすぎた。


「お待たせニャー!」


 そんな泥臭い戦いを繰り広げていた俺達の背後から、やっと朗らかなリナの声がかかる。


 今すぐにでも振り返りたい……! でも、振り返った途端に死ぬ……!

 相変わらず、突きつけられる二択がおかしかった。何故水着を見るのに命をかけなければならないのか……。


「でも見る!」


 この世界にいると、危機感が逆に麻痺しがちなのだ。俺は数秒も迷うことなく振り返った。


 沈黙。


 振り返った先に見たのは、頭から足までスッポリと黒タイツのようなものに包まれた、三人の不審者だった。


 三人とも人間の目に位置するところがビカーンビカーンとピンク色に明滅していて、めっちゃ気持ち悪い。


「お前ら……なんでそんな格好してんの?」

「コウタこそその格好はなんでやすか? もしかしてふざけてるんでやす?」


 俺が失望しながら問いかけると、逆にロップが詰問してきた。


 え、なんで俺が責められてんの!? ふざけてるのはお前らの方に見えるんだけど!


 またもや沈黙が訪れる。それを埋め合わせるように、ビカーンビカーンと目が光る。

 取り敢えずそれやめろよ。


「おいおいお前、最近調子が良いからって気ぃ抜きすぎじゃねぇのか? 下半身しか覆ってなかったら防御力が足りねぇだろうが」


 そんな沈黙を破ったのは、レイの俺に対する呆れたような声だった。


 防御力……? 俺は一瞬何のことを言われてるのか分からず首を傾げたが、少し考えてやっと分かる。


 水着という言葉に惑わされてキャッキャウフフの水着イベントを思い浮かべていたけど、水着はあくまでクラーケンと戦うためのものだ。


 現実ではきわどい水着ほど防御力が高くなるわけがないし、リナ達のように全身をコーティングした方が正解だったのだ!


 気がついた時にはもう遅い。


 意識が完全に逸れていた俺は、防御力皆無の上半身を、背後から触手に刺し貫かれたのであった。


 もちろん攻撃をすり抜けることなど出来ない。今度こそ、完璧なクリーンヒットである。


「ガハァッ……!」


 大量出血。俺ピーンチ!(瀕死)

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