第41話 素晴らしきかなテンプレート

 海中でのクエストは水着着用で行うらしいのだが、俺達は一切準備をしてこなかったので防具屋で買うことになった。


 リナ達は選ぶのに時間がかかると言うので、俺は先に一人で馬車へと向かい、連れてきた仲間の監禁を解くことにする。

 正直面倒くさかったが、リナ達の水着への期待でなんとか我慢できた。


「おーい、もう出ていいぞー」


 未だに街の隅で待機してくれていた馬車へと乗り込み、中にいた男へと呼び掛ける。

 すると、返事の代わりに叫び声が上がった。


「うわあああああ! 来るな! 来るなあああああ! 助けてくれぇぇぇ!」

「大丈夫だよ、来たのは俺だけだ」

「なんだ貴様だけか」


 叫び声を上げていた男は、宥めるとすぐに大人しくなった。

 俺にも匹敵するこの情緒不安定な男は、今回の出張に欠かせない、パーティー唯一の水属性使い。いつだったか俺と戦ったダンジョン賊であった。


 英雄特権でも賞金首の男を解放するのは難しかったが、こいつが再び他の冒険者に被害を与える不安はあまりない。なにせ……。


「これからクラーケンの討伐に行くから、お前も水着を用意しときな。今、リナ達も水着を選んでる途中で……」

「化け猫も参加するのか!? 嫌だぁぁぁ! 行きたくない見たくない会いたくないぃぃぃ! 食われるぅぅぅ! 水着姿の化け猫に食われるぅぅぅ! 痛いいいい!」


 そう。こいつは擬態解除したリナに襲われたことが完全なトラウマになっていて、誰かに抵抗するだけの意思はもう残っていないのだ。


 普段はクールな男なのだが、リナに会ったりリナのことを思い出すと、腹に噛みつかれた記憶を思い出してのたうち回る。なんかリナが孫悟空の緊箍児みたいになっていた。


「ってわけで、よろしくな?」

「いや、私は水属性魔法があるから水着など不要だ。水着屋で化け猫と鉢合わせでもしたら、即座に死ぬ自信があるから行きたくない」

「そうかい……」


 なんかもう、そこまでくると逆にリナが異性として気になってるやつだろ。この思春期ダンジョン賊め。


 ……リナは渡さないからな……!






「で、ここで良いんだよな?」


 俺は特に選びもせずに水着を買って、独り言を呟きながらダイソン係員に指定された更衣室へと向かった。


 更衣室なんて必要有りますかって首を傾げられたけど、≪不可侵全裸≫を基準に物を言わないでほしい。

 まぁこうして更衣室がちゃんと設置されているということは、冗談の一種だったのかもしれないが。


 そんなことを思いながら、更衣室の扉を開ける。そのまま二、三歩進んだところで、左側からニャッという聞き慣れたエセ猫語が聞こえた。


「な、なんでここにいるニャ!?」


 俺は声がした方へと反射的に――あるいはラノベ主人公の本能でもって――視線を向けた。そこではリナとロップとレイが、それぞれ服を脱いでいる途中だった。


「ほう」


 無意識の内に、俺の口から美術鑑賞家のような吐息が漏れる。


 意外なことに一番動揺しているのはレイで、あわあわと口を動かしているが一言も紡げずにいるようだ。司教だからかこの時代ではかなり質の高い、滑らかな素材の白い下着を身に付けていた。尊い。


 逆に、彼女らの真ん中にいたロップは彼女らの中では一番理性を保っているようで、顔を真っ赤にしながらも俺を呆れたような目で見つめていた。今脱いだところなのかそもそも身に付けていなかったのか、胸には何もつけておらず上半身を手だけで覆っている。下は粗末な白い布で出来た下着を着用。尊い。


 そして一番右端にいたリナは、レイ程ではないが動揺しているようで、俺と目を合わせてからはニャとかニャアとか意味をもたない呟きを何度も溢していた。彼女の下着も素材こそ良いものではないが、上も下もちょっとスポーティーな黒い下着。尊い。


「うん、うん」


 俺は絶景を前に何度も頷きながら、危険を予測して更衣室の床に魔方陣を展開した。


「ニャアアアアアア!」


 叫び声と共に、リナが俺を殴り付けようとしてくる。レイは完全に理性がショートしてるし、ロップは上半身から手が離せないから予測通りだ。


 俺は魔方陣から土の壁を生み出して、リナのパンチを受け止めた。


「この野郎ッッッ! 防御しやがったニャ!!!」


 リナの怒声が怖かったが、防御成功である。フハハハハ、ラッキースケベ制裁パンチも、当たらなければどうということはないのだよ!


「しかもこの壁のソフトな感触……! 一丁前に私の拳を気遣ってやがるニャ! この状況でどんだけ余裕あるのニャ!!!」

「ハッハー! ラノベ主人公たる俺が、ラッキースケベに遭遇したときのシミュレーションをしてないと思ったかぁ!」

「こいつ、クズニャ……!」


 しかも魔方陣を展開してからの、高速≪土転換クリエイトソイル≫と≪土の壁≫展開……! こんなタイミングで俺はまた一つ成長してしまったようだ。


「というか、そんな余裕があるなら普通に出ていってもらえやすか?」


 俺が自分の防衛力に鼻高々になっていると、ロップから声がかかってきた。

 そちらを向くとロップは相変わらず呆れ半分怒り半分といった目をしていたが、少しだけ涙目だ。


「別に、ハプニングならあっしは怒りやせんので。とりあえず、出ていってもらえやすか?」

「あ……。はい、ごめんなさい……」


 そうだよね。普通は殴る前に、言葉で追い出すよね……。


 現実的な対応を喰らうと俺のシミュレーションは全く意味をなさなくなる。涙目のロップに凄く申し訳ない気持ちになりながら、俺は更衣室を後にした……。


 ダイソン係員によると更衣室の利用者は少ないらしく、この街の更衣室は男女で分けられていなかったようだ。≪不可侵全裸≫も許される時代だしね……そこら辺の倫理は、絶対じゃないらしかった……。






「やぁ、どうしたんだい? そんなに落ち込んで」

「いやすいません。自分の浅はかさを反省してるところです……」


 更衣室を追い出されたので木陰で水着に着替えた俺は、クエストの集合地点で膝を抱えて座っていた。


 ≪不可侵全裸≫が声をかけてくるが、しっかりと反応する気力がわかない。気力があってもこの全裸男とは関わりたくないのに。


 そんなタイミングで毛皮コート着用という暑苦しい姿のダンジョン賊までやって来て、男が三人揃った。ラッキースケベの直後だと、男ばっかりって凄い虚しく感じるな……。


 そんなことを考えている時だった。

 俺の失礼な考えに反応したかのように、目の前の海から大量の触手が飛びついてきた。


「は!?」


 俺は叫ぶと同時に、殆ど無意識で魔方陣を展開。≪土転換≫と≪土の壁≫を使って攻撃を防ぐ。


 クエスト開始前の奇襲に、俺はケンタウロス戦でリーダーが死んだときを思い出した。

 やっぱり、相変わらずリーダーだというだけで危険に晒されるようだ。


「お前ら大丈夫か!?」


 俺はまずダンジョン賊の方を振り向くと、彼の方にはそもそも攻撃が向かっておらず、水滴一つついていなかった。


 それを確認してから、振り向きたくなかったものの≪不可侵全裸≫の方を振り向く。


 男キャラが増えすぎたという神の啓示か。


 触手は彼の腹部に深々と突き刺さり、背中まで貫通していた。

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