第40話 二つ名
出張先である海沿いの街は、ダイソン街という名前だった。
大損害。生前も疑問だったけど、チート特典の翻訳機能って何をどう翻訳してくれてるんだろうな……。
例えば振りがなつきの技名とか、漢字部分が聞こえてんのか振りがな部分が聞こえてんのか。
実を言えば俺は技名の振りがな部分も直感的に理解できてるんだけど、あれは異世界人にどう聞こえてるんだろう……。
そんなどうでもいい考察をしながら、俺はリナ達と一緒に、ギルドの用意してくれた馬車を降りた。英雄扱いされた分、こういう待遇だけは改善されているのだ。
「遠路はるばるお疲れ様ですっ! ダイソン街へようこそっ!」
俺達を出迎えたのは、恐らくこの街のギルドの係員。ナイス街とは違い、可愛い女の子だった。
ヒロインと言い張るには地味だが、誰から見てもそれなりに可愛い。これぞギルドの係員といった風貌だ。ナイス街の係員と交換してくれねぇかな。
「は、はははははい! ギルドに案内してほしいんだな!」
と、地の文では偉そうに語っている俺だったが、初対面の女の子に歓迎されたからかどもりまくってしまう。
どもったどころか、口調まで変わってしまった。
「分かりました、≪
しかし。ダイソン街の係員、略してダイソン係員の台詞を聞いた途端、俺は即座に落ち着いた。目も据わっていたかもしれない。
「今、なんと?」
「? 分かりました、パジャーマー様?」
「なんだそりゃぁぁぁぁぁ!」
パジャーマー様ってなんだよ!? てか誰だよ!?
「あれ、聞いたことなかったニャ? 巷じゃ君は、完全に≪不可侵寝巻≫の名で通ってるニャよ? 要するに君の二つ名ニャ」
やっぱりか! 大体予想できてしまっていた自分も嫌だ!
有名な冒険者には二つ名がつけられると聞いていたから、俺は自分の二つ名が決まる日を楽しみにしていたのに……。こんな遠い街まで広まってるってことは、≪不可侵寝巻≫でほぼ確定なんだろう。
「≪不動王≫とか呼ばれたかったけど……。流石に自分で王って名乗るのは恥ずかしいし、≪穴熊≫ってどうだろうとか。色々考えてたのに! 期待してたのに! なのに……!」
またしても、俺の目から涙がこぼれた。
この世界にいると涙腺が弛くなるのかな。アハハ……。
「まぁた泣いてるニャ……」
「だ、大丈夫でやすよ! パジャーマーって、パジャマとアーマーがかかってて良い名前じゃないでやすか! 不可侵寝巻も、不可侵全裸と並ぶ英雄って感じがして格好良いでやすよ!」
リナは呆れてため息をつき、ロップは的外れな慰めの言葉をかけてくれる。
残念だけど、不可侵全裸と並んでも全然嬉しくないんだよね、俺……。
でもって、やっぱりロップ達にも振仮名と漢字の両方が聞こえているようだ。
翻訳機能のせいで、逆にどう聞こえるのが普通なのか分からない。パジャマもアーマーもこっちの言葉だろうが。
「え、えぇっと……。とりあえず、ギルドに案内して良いんですよね?」
ダイソン係員が若干焦りながら、俺に確認してきた。
思えばナイス街の係員と初めて会ったときも、俺がいきなり泣いたから引かれたな……と思い出す。全く成長していなかった。
「え、えぇ、行きます。案内お願いします……」
俺は目をゴシゴシと擦ってから、ダイソン係員についていった。
英雄には変人しかいないのかな……というダイソン係員の台詞は聞かなかったことにする。やっぱり変人なのか、≪不可侵全裸≫。会いたくない。
ダイソン街のギルドは本部がナイス街のものよりか一回り二回り広く、照明などが多いためか建物の中も明るく感じた。
なんか、ナイス街のギルドより良い感じ!
もしかして俺はシビアな世界に来てしまったわけじゃなくて、シビアな街に来てしまっただけなのではあるまいか。ふとそんなことを思うが、やっぱりそんな期待は2秒で裏切られた。
「英雄の御来着だぁー! ギルドの掟、復唱ー!」
「一つ、自分の立場をわきまえろ!!!」
「二つ、逃亡者に人権はない!!!」
「三つ、弱者に人権はない!!!」
「四つ、」
「やめろおおおおお!」
何故かいきなりギルドにいた冒険者達が叫び始めたので、俺は慌ててやめさせた。
「あれ? お気に召しませんでしたか?」
俺の隣にいたダイソン係員が、首を傾げながら尋ねてくる。
逆に聞くけどお気に召すと思ったの!? 俺が建物に入った途端に叫ぶから、罵声を浴びてるようにしか思えないんだけど!
「ギルドの掟メドレー……この日のために皆さんずっと練習してきたのに……。じゃあ予定を前倒しして、≪不可侵全裸≫様と会ってもらいますね」
ダイソン係員は悲しそうに顔を俯けてそう言ってから、部屋の奥へと走っていった。
え? 何これ? 俺が悪者みたいな感じ!?
「空気読もうぜ? コウタ」
「どうやったら今の空気を読めるって言うんだ!?」
レイが後ろから窘めてくるが、それは流石に無理だろ! 空気読めない自覚はあるけど、今のは俺の問題じゃないと思う。
どうやらレイも完全にダイソン係員の出した空気に流されていただけらしく、「そういえばそうだな」と言って平然と俺を許した。出張で浮き足立ってるのは、俺だけではないようだ。
「連れてきました! ≪不可侵全裸≫様です!」
そうやって冷静に状況を分析していると、建物の奥から一人の男性が現れた。
サラサラのショートヘアは金色に輝き、180cmほどの長身は全体が引き締まっている。
西洋風の顔はケンタウロスほど濃くはなく、整っていて若者ウケしそうなイケメンだ。
体毛もまた金色に光っているが、薄い上に清潔なので、日本人の俺でも違和感はあまり感じなかった。
何故俺が、そんなどうでも良いところまで描写しているか。それは、彼が描写するべき服を全く身に纏っていなかったからである。
「やっぱりな!!!」
予想通り過ぎて困るわ。意外感の欠片もねぇ!
普通に全裸! 普通に全裸のさわやかイケメンが、俺の目の前で堂々と立ってやがる!
「やぁ、僕の名前はフルチンアーマメント。君がパジャーマーだね?」
謎過ぎる! その台詞、いくらなんでも謎過ぎる!
何が僕の名前はフルチンアーマメント、だよ! フルチンとフルアーマメントがしっかり掛かってるところが逆に腹立つわ!
「これから何かとお世話になることも多いと思うから、よろしくね」
≪不可侵全裸≫はさわやかな笑顔のまま、俺に手を差し出してくる。
手は普通に清潔なんだろうけど、裸の男と手を繋ぎたくない心理なんなんだろうな。
勿論ここで握手を拒むのは感じが悪すぎるので、俺はおずおずと手を差し出して握手をした。
手を振った振動で、ブルンブルンとフルチンアーマメントのアーマメントが揺れる。現実だから当たり前だけど、無修正だ。
「あれ、ナイス街のギルドからは五人で来るって話だったけど……四人しかいないのかい?」
「ああ。もう一人は今、馬車に監禁してる」
≪不可侵全裸≫が質問してきたので、俺はフルチンアーマメントのアーマメントから目を逸らして答えた。
この建物には俺とリナとロップとレイが来ているが、連れてきたもう一人は一緒にいると面倒臭いので監禁中だった。
「監禁か。君、なかなか変な人だね」
さわやかイケメンが、それなりに失礼なことを言ってくる。こいつには言われたくなかった。
「さて。君は今回の出張の目的を聞かされているかい?」
「え? いや、お前に会ってこいとしか言われてないな」
再びの質問に、今度は首を傾げる。
こっちのギルドで活躍してこいと言われた以外に、特に目的は聞かされていなかったはずだ。
「やっぱりそうか。ナイス街の係員は人遣い荒いからね」
納得したように頷く≪不可侵全裸≫。その振動で以下略。
係員のやり口に慣れすぎて、俺は疑問にも思えなかったな……。
「実はね、近い内に海からドラゴンがやって来るという予測が立っているんだ。だから僕と君が部隊を率いて、二方面から挟み撃ちにして倒す計画が立てられているんだよ」
「初耳すぎる!!!」
あの係員、そんな大事な情報を伏せてやがったのか!!!
「心配しなくてもまだ時間はあるんだけどね。その時に備えて僕たちの連携を高めるべきだと思うんだ」
「そのために早めから出張することになった、ってことか」
「そういうことだね」
≪不可侵全裸≫は頷くと、まるでギルドの係員であるかのように言った。
「というわけで強制クエストだ。君をリーダーとして、今日の午後にクラーケン一体の討伐に行こう。僕はサブリーダーになって君の実力を見極めさせてもらうよ」
いきなりの大変な命令に表情を暗くしながら、俺はリナ達の意見を求めて振り向く。
視線を送った先では、リナとロップとレイが、一様に両手で自分の目を塞いでいた。
ごめんね。俺も≪不可侵全裸≫のショックが強すぎて、君達への精神的ダメージまで気が回ってなかったよ……。
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