第37話 一章エピローグ

「良かったニャ! 死んでないニャ! 一見したところゾンビ化もしてないニャ!」

「しっかり見てもゾンビ化はしてないよ!」


 ドラゴンゾンビが倒れた途端に、リナが俺に飛びついてきた。

 その目は潤んでいて、かなり心配をかけてしまったのだと分かる。


 実際にはゾンビともドラゴンゾンビとも近接戦を続けてきたリナの方が怪我は多いので、心配されるのはなんとなく違和感あったけど。まぁ、壁の内側でずっとゾンビにたかられていたら、そりゃあ「死んだな」ってなるだろう。


 俺達がお互いの生存を喜んでいる横では、クエスト参加者達がドラゴンゾンビの死体を攻撃しまくっていた。

 ゾンビ化したせいで死にさえも適応した可能性があるらしく、放っておけば生き返ってしまうかもしれないとのことだ。それにしたってこのタイミングで死体いじめしないでほしかった。感動が薄れる。


「でも、これで俺達はドラゴンを倒した冒険者って事になるんだよな……!」


 興奮しながら叫んで、俺はやっと思い出す。


「あれ? 倒せたは良いけど、確かこいつの討伐報酬って……」

「そうニャ。あくまでゾンビとして計算されるから、二万ゴールド……しかも大勢で戦ったから全員で山分けニャ」


 わぁお!


 あんなけ苦労したのに、山分けしたら普通のゾンビよりも報酬が低いだと!?


「で、ロップ。蛆虫砲の価格って確か……」

「一つが五万六千ゴールドでやすね。元々ゾンビを複数体倒すためのものでやすから、一体に全部使うことは想定されてないのでやすよ」


 一つが五万六千ゴールド……。

 最初に使ったやつと、ドラゴンを倒すために定価の五倍で買ったやつの合計で、三十三万六千ゴールド!? 大赤字じゃねぇか!!!


 ゾンビをたくさん倒しはしたが、それもロップの援護込みなので報酬は分けることになるし、殆どプラマイゼロになる計算か。


 嘘だろ……ドラゴン倒したら一生安泰みたいなイメージあったけど、全然じゃねぇか……。


「めっちゃがっかりしてやすね」

「そんなに落ち込まなくて良いニャ。死ななかったんだから、それでだけで十分ニャ?」


 リナが励ましてくれる。そういえば、俺はリーダーだから死ぬはずだったのではなかったか。


 この世界のことだから、ドラゴンゾンビを倒して気が緩んだ瞬間に死ぬとか有りそうだ。報酬を総取りするために俺を殺そうとするやつがいないか、辺りを見回す。


「心配しなくても大丈夫でやすよ」


 俺の不安を見透かしたように、ロップが言う。その顔は何故か、少しだけ寂しそうだった。

 

「きっとこの戦いで、弱いコウタは本当に死んだんでやすよ。自分の弱さを受け入れて、コウタは生まれ変わったのでやす」

「…………!」


 異世界で生まれ変わる。これもまた、一つの異世界転生なのかもしれない……。






 ロップの言うとおり、俺達は特に何事もなくギルドに帰ることが出来た。

 しかしレイはドラゴンゾンビを倒すまではいたらしいのだが、倒してからは忽然と消えてしまった。


 消えたと言っても単なる変装なのだろう。白いローブを着た人がドラゴンゾンビの死骸を漁っていたから絶対あいつがレイだろって思ったけど、俺達はそっとしてあげることにした。

 変装までして汚れ仕事をしているのだ、あまり見られたくない姿に違いない。今回あまりにも影が薄かったので、お助けキャラポジションは不遇だぞとだけいつか忠告してやりたい。


 さて。ギルドに帰るまでは何事もなかったが、ギルドに帰ってからもなかったとは言ってない。リーダーなのに生還してしまった俺は、幽霊だと疑われて塩をまかれるわ、除霊師に物理攻撃されるわ、幽霊ではないと分かると体を隅々まで調べられるわさんざんだった。


「だからなんなんだよ、このリーダーは死んで然るべきみたいな風潮!」


 俺は疲れから意識を逸らすように、リナとロップに叫んだ。


「仕方ないでやすよ。それくらい珍しいことなんでやすから」

「運命学的に言えば、運命に流されないだけの強さがあったってことニャ。ま、実際には生き延びることに特化しすぎなだけなんだろうけどニャ」


 リナが全力で興を削いでくる。


 なんなの? この世界のヒロインズは、俺を素直に褒めちゃいけないルールでもあるの?


「実際にどうだったかなんて、今となっては関係ないけどニャ。だって……」


 リナが何かを言いかけたところで、俺達が話していた宿屋のラウンジに一人の闖入者が現れた。

 宿屋の扉を乱暴に開けたその屈強な男は、ギルドの係員だった。


「コウタ! いやコウタ様! 探しましたよこんなところで何しているのです!」


 宿屋のBGMにも負けない大声で、係員が叫ぶ。


「何って……普通にお茶ですよ……」

「そんなことしてる場合じゃないでしょう! 今日は英雄の生誕祭なんですから! さ、さっ! あなたが主役なんですよ!」


 不慣れな丁寧語で叫びながら、強引に俺の腕を引っ張る係員。


 こいつ……! 並の冒険者より腕力つえぇ!


「新しい英雄の誕生は、この世界にとっての希望です! 希望を得た若者達は自分の実力も顧みずに兵士を志し、上納金が増えギルドは安泰……! 英雄を生み出したってだけでうちのギルドは知名度バク上げですしね!」

「地が出てるぞ。というか地しか出てないぞ」


 リーダーになって生還すれば英雄になれる。このジンクスは健在らしく、ギリギリ生き延びただけなのに俺は英雄の一人として祭り上げられることになってしまった。


 もちろん係員の台詞からも分かるように、この世界で英雄呼ばわりされてもいいように利用されるだけだ。俺は必死に断ったが、もうギルドは俺を利用する算段を完全につけてやがった。その一つが今日行われる英雄生誕祭だ。


「今、生誕祭ではあなたの墓石が競りに出されてまして、現在百万ゴールドの入札が入ってますよ。買い戻すなら今のうちです」

「俺の墓石を勝手に売れないでくれる!?」


 しかもなんで買い戻すのに百万ゴールド以上も払わなきゃいけねぇんだよ! 落札した金は、絶対にギルドがとっていくんだろう!?


「他にも墓石クッキーとか墓石飴の売り上げも好調でして、本当にコウタ様々ですわ……」

「なんで墓石が俺のシンボルみたいになってんの!?」


 もっと他にあるだろ! 槍とか! 支援魔法……はグッズ化不可能だな。


「勿論、土の売り上げも好調ですよ。《コウタの土》って名前をつけるだけで、普通の土が売れるわ売れるわ……フハハハ!」

「《コウタの土》ってネーミング最悪すぎるだろ! 誰が買ってんだよ! ていうかそれを思いついたの誰だぁっ……!」

「あっしでやすけど」

「お前かぁっ……!」


 ロップも一枚噛んでいるらしかった。というか下手したらこいつが主催者かもしれない。


 俺の大騒ぎを見ながら、リナがポツリと呟いた。


「だって、君は君だからニャ」


 ヒロインにも良いように利用されて、相変わらず憧れのラノベ主人公には程遠いけれど。


 それでも俺は、今日を生きるのであった。

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