第35話 ゾンビ

 ドラゴン。RPGゲームにも異世界ものにも欠かせない存在であり、ドラゴンが関係ない話であってもなにかといっては出てくるやつだ。時にはドラゴンじゃないものにドラゴンという名前を付けることさえある。そういうの燃える。


 無論、俺はドラゴンが大好きだ。自分がドラゴンと戦う妄想を、何度したか分からない。生前はドラゴンと戦うために生きているのではと思っていたぐらいである。


 だが。


 ドラゴンゾンビさんを前に抱く感想はただ一つ。逃げたい、ただそれだけだった。


「戦いたくねぇよ、地面に倒れる未来か大量出血する未来しか見えねぇもん、マジで……」


 全長10メートル以上はありそうな巨軀を見て、俺は非戦主義に絶賛鞍替え中だった。


 この世界のドラゴン戦とか、絶対に俺の理想とは程遠いもんになるだろ。


「弱音を吐いてる場合じゃないニャ! ドラゴンゾンビが完全にこっちに来る前に、周りの敵を少しでも減らすニャ!」


 リナが俺よりもリーダーらしく指示を出して、未だに倒し切れていないスケルトンに攻撃を加えた。

 俺より冒険者歴が長くて強いことは分かっているが、やはりリナがゾンビやスケルトンと戦っている姿を見るのは不安に駆られる。


 ゾンビは噛まれさえしなければ大丈夫だが、一度噛まれたら治せない。スケルトンの毒は治せはするものの、口以外からでも毒を盛られる。一回でも攻撃を受けたら危ない攻防だ。俺は気を引き締め直して、再び魔方陣を展開した。


「《硬化》《硬化》《硬化》……!」


 下手に攻撃しようとしたらさっきの二の舞だ。俺は完全に援護に徹して、壁の補修や強化をしていった。


 そして、結果から言えばその選択は大正解だった。


「―――――――――!」


 大きすぎて音として聞き取れないような咆哮が、百メートルほど先にいたドラゴンゾンビの口からいきなり迸った。


 その音はこちらに押し寄せてきて、信じられないことに、その圧だけで支援魔法のかかった土の壁をことごとく粉砕していった。


「んな馬鹿な……!」


 もし壁を補強していなかったら、さっきの咆哮だけで数人は重傷を負っていただろう。いくらドラゴンとは言え、この世界で純粋に攻撃力の高い敵が現れるなんて……!


「は、ははは」


 気づけば俺は、乾いた笑みをこぼしていた。


 これまでこの世界に予想も期待も裏切られ続けて、流石に慣れてきたと思ったが……甘かった。


 どうせろくでもない敵だろうと予想したら、今度はその予想を裏切って強い敵が出てきやがった……!


「《土の壁》、《土の壁》、《支援魔法強化》を解除して《土の壁》! 近接型は一旦中央に集まって態勢立て直し、遠隔型はその援護!」


 焦りながらも、ドラゴンらしいドラゴンを見た興奮で俺は勢いを取り戻し、魔法を使いながら早口でみんなに指示を出した。


 しかし先ほどの竜の攻撃で壁周りの情勢は一気に悪化したため、そう簡単にはいかない。何より厳しいのは……。


「お前顔色悪いぞ、死ねぇっ!」

「ぐわぁっ!」


 一番まずいのは、壁の近くにいた数人がゾンビ化してしまったせいで、誰が味方で誰が敵か分かりづらくなっていることだ。


 こういう時は、やはり壁に囲まれていることが裏目に出る。敵がすぐ近くにいるのに壁に半ば閉じ込められていると、対応がし辛くなくなるからだ。かといって壁がなければドラゴンの咆哮でやられてしまうから、なくすわけにはいかない。

 安定していた状況が一度のアクシデントで一気に瓦解するとか、無駄にゾンビものの流れを汲んでるんじゃねぇよ異世界!


 恐怖からゾンビになっていない仲間を倒そうとする人も続出し、一気に統制がなくなる。ここまで事態が混乱すると、腕の立つ冒険者でも自分を守り続けることは難しいだろう。


「リナッ……!」


 リーダーとしてなるべく全体を見渡してきた俺だが、これ以上リナを気にしないように我慢することは出来なかった。


 壁近くにいるリナを見遣れば、案の定多方向から押し寄せるゾンビ達に苦戦していた。近くにいる人もゾンビではないかと疑わなければやられてしまうのだ、ゾンビがいかに近接戦で迷惑な相手かが分かる。


 ゾンビにたかられているリナを見ていられず、俺はやるか決めかねていた作戦をリナに告げることにした。


「リナ、一旦こっちに来てくれ! 作戦がある!」

「ニャ!? そんなことしたら、ゾンビがもっと中に入ってきちゃうニャ!?」

「気にしなくて良い! リナがゾンビ化する方がよっぽど問題だ! 早く!」


 俺がいつになく真剣に叫ぶと、リナは渋々といった様子で魔方陣の中央に近づいて来た。

 それを待たずに、俺は早口で言う。


「誰がゾンビか分からない状況じゃ、とてもじゃないけど戦えない。だから……一人だけで戦った方が良い」

「そりゃそうニャけど、こんな人数と一人で戦える人なんていないニャ?」

「俺が戦う」


 簡潔すぎる言葉に、リナが大きく驚いた。


「そんな馬鹿ニャ! 君一人で倒せるわけないニャ!? 実際、今までも倒せてないし……」

「ああ、倒せないよ。だけど戦うことは出来る」


 やっと俺の意図に気がついたのか、リナは表情を強張らせる。


「まさか、ゾンビ達を引きつけるつもりかニャ……?」

「ああ。このままじゃドラゴンゾンビがここまで来て、ゾンビを倒しきる前に合流されちまう。そうなったら終わりだ」


 ゾンビの包囲網に囲まれながらドラゴンを倒すなど、どう考えても不可能だ。ならば、合流される前にゾンビを倒しきるか、各個撃破するしかない。


 俺はこれからやることへの緊張で息を詰まらせながら、言った。


「だから、俺一人でゾンビを引きつける。その間に他のみんなでドラゴンゾンビを倒してくれ。ドラゴンゾンビさえいなければ、ゾンビを倒すのはどうとでもなる」

「そんなの無茶ニャ……!」


 俺の決意が本物だと分かっているからだろう。リナが悲痛な表情で叫んだ。


 でも、俺は首を振る。


「ドラゴンゾンビと戦っても、俺は大して役に立てない。でも、リナならちゃんと戦えるだろ? 俺には壁の中が分相応ってことだよ」

「そんなの……!」


 リナは叫ぼうとするも、否定の言葉が見つからなかったのか押し黙ってしまう。


「分相応とかさ、ラノベ主人公の台詞としてあまりにどうかと思うんだけどね」


 軽く笑ってから、言った。


「今なら、こうすることの方が、ラノベ主人公らしいんじゃないかって思えるんだ。だから……」


 ゆっくりとした俺の言葉に、リナが一回だけ、頷いた。

 

 なりたいものへの憧れは、リナが一番分かっているから。もう彼女には、俺を止める言葉がないのだろう。


「絶対。絶対に、死なないでニャ」


 険しい顔で、でも少しだけ目を潤ませながら、リナが言った。

 その命令口調に活を入れられて、俺はまた、笑って言う。


 ラノベ主人公らしく、堂々と。


「まかせろ」

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