第28話 武器調達
リナがいなくなってから、二週間が経った。
あのダンジョンでリナは、俺を助けに来る前にレイをゴゾウさんのいるところまで送り届けていた。
そのため敵前逃亡したロップも含めて、全員が無事には帰還したことになる。
しかしレイは俺の戦闘中の失敗を攻めることこそなかったものの、ダンジョンでの顛末を聞いたっきり俺への興味を失ったらしく、あれ以来特に交流はない。
逆にロップは賞金首を倒して報奨金を得た俺にビジネスチャンスを見いだし、前以上に俺と行動を共にすることが多くなった。
お金こそ掛かるが、戦闘中でも状況に応じたアイテムを売ってくれる彼女の存在はなかなか心強い。
「武器、でやすか……?」
そして今日。
殆ど一人でケンタウロスを三体倒してきた帰りに、俺はロップに武器の調達を頼んだ。
ダンジョンでの戦闘以来、俺は前以上に戦闘にのめり込んでおり、槍の腕も魔法の腕もそれなりに上達していた。
そうなると、ダンジョンに落としたあの槍では少々物足りなくなっていたのだ。新しい武器が欲しい。
「その槍も魔法で作ったものとしてはかなりしっかりした武器でやすけどねぇ……。というかそもそも、槍って人気がないので良い商品が少ないんでやすよ」
「はっきり言うな……」
クエストをいくつか受けていれば分かることだが、確かに槍の人気は低い。
対人戦では便利な武器だが、魔獣相手には決定力にも応用力にも欠けるからだ。
突くだけ。ひたすらに突くだけ。
槍を切り払いとかに使うのが許されるのは、上級者だけなのである。
「まぁ、あっしが作っても良いんでやすけどねぇ」
「え、お前、武器作ったりできんの!?」
ロップの小さな呟きに、驚きながら叫ぶ。
俺の反応を見て、ロップが照れたように頭を掻いた。
頭に乗っけてるだけの黒いスカーフは商人としてのトレードマークらしく、お得意様である俺の前ではわざわざつけていない。
「本当はあっし、アイテムや武器を作る職人を目指していたんでやすよ。でもこのご時世、力がなければ物を売ることすらままなりやせんからね。兄に商人の心得を教えてもらってる内に、いつの間にやら商人の道を歩んでいたのでやす」
「お前がこうなったのはゴゾウさんのせいか!!」
ロップの商人魂というかハゲタカ根性を植え付けたのは、実の兄だったらしい。
ゴゾウさん、あんた、自分以上の化け物を生み出しちまったんじゃないのか……。
「ただまぁ、所詮は昔の夢。武器用の素材も集めていやせんし、今はその槍よりも良い武器は作れそうにないでやす」
「そんなに良い武器なのか? これ……」
手元の槍を見遣りながら、ロップに尋ねる。
実を言えば武器の良し悪しなんて分かっていない。
ゲームとは違い、攻撃力に関わるのは穂先の鋭さや素材の上質さなど、観察眼がなければ分からない要素ばかりだからだ。
「そうでやすね。攻撃力は普通でやすけど、要所以外を軽くすることで初心者に扱いやすいよう工夫されてるでやす。商人として言わせてもらえば、売れそうな槍、でやすね」
「初心者に扱いやすい工夫……」
リナが最初に作ってくれた槍は潜伏を再開する前に捨てているので、これはダンジョンに行くちょっと前に作ってもらったものだ。
槍を使えるようになってたのは修業の成果だと思っていたけど、リナが気を使ってくれたからだったのか……。
「まぁ、今なら普通の槍でも使えるはずだ。ロップが作れないなら、武器屋に行くか……」
俺は頭を振って、リナについて思い出すのをやめた。
もう、彼女はここにいないのだ……。
「いらっしゃあい」
武器屋に行くと、男の店主が優しい声で歓迎してくれた。
それから殆ど間を空けず、店主は両手に構えた二本の大槍をこちらに向けた。
「ええっと……?」
いきなり武器を向けられて、俺は困惑するしかなかった。どう考えても、客に対する態度じゃない。
そもそも、その店主の服装が異様だった。
高さ二メートル程の鎧を着込み、肩幅は俺の二倍ほどにも膨らんでいる。
「なんか、俺よりよっぽど強そうなんだけど」
「いつまでもパジャマだったら当然でやすよ、コウタ」
この二週間で、ロップの俺に対する呼び方も変わっていた。ずっと行動を共にしているだけのことはあり、なんだかんだ心を開いてくれているようだ。
「で、ロップ。このおっちゃんは何でこんなに重装備なんだ?」
「もう薄々気づいてるんでやしょ?」
「あぁやっぱり……。これも商人の在り方の一つか」
俺の質問を受け流し、ロップが見透かしたようなことを言ってくる。あまり当たって欲しくない予想が当たったようだ。
「こんなに重装備でもしないと、冒険者に商品を盗まれたりするわけだな? って痛ぁっ!」
どうやら武器屋の前で長話していたのが強盗の相談だと思われたらしく、俺は店主の大槍に突かれた。肋骨を2,3本やったか……!
「ひやかしならかえってくれ!!」
「RPGで良く聞く台詞だけど、こんなに威圧的に言われるとは……!」
顔中の筋肉を中央に集めながら血走った目で睨んでくる店主のおっちゃんに、恐怖しか湧かない。さっきまでの優しさは微塵もなかった。
商人ってどんだけ辛い目にあってきたんだよ。
「大丈夫です、ちゃんと、買いますから! 槍、槍は有りますか!」
「あはぁ、お客様でしたか。これはとんだご無礼を……。どんな槍をお求めで?」
「できればこういう細めのやつで……」
言いながら俺が背中に掛けていた槍を店主に見せようとすると、またもや店主が人相を変えて突いてきた。
「シャアアアアアアアアア!」
「埒が明かねぇ!」
武器を見せるだけで警戒心マックス過ぎるだろ! ハゲタカ系商人も厄介だが、重装備系商人もかなりきつかった。取り敢えず、槍を地面に置いた。
「あはぁ、お客様でしたか。そうですねぇ……こちらの《溶槍イフリート》なんかだと、触れた相手を解かす効果が強力ですね。まぁ、炎熱耐性がなければ自分も溶けますが……」
「情緒不安定すぎるな。でもって、武器の方もそんな気がしてたよ。それよかイフリートって名前が出ることの方に驚き」
なんでもありか。
「あとは……あとは……すいませんねぇ、槍はちょっと、趣味に走ったようなやつしか置いてないかもです」
「おおぅ……」
嘆くしかない。
しかし諦めずに問い詰める。
「そのイフリート以外で、攻撃力が最も高いものはどれですか?」
「使い心地はどうでやす? コウタ」
「悪くない、かなぁ……」
街に近い平原で、新しく購入した重槍の素振りというか、素突きをしていた。
重いために出が遅いけれど、この鈍重な一撃はなかなかダメージが有りそうだ。
「良かったでやすね、初めて買った武器って、大抵どんなものでも満足に繋がるものでやすが……」
「何故わざわざそういうことを言う」
興が削がれます。
必死にこの槍を使いこなそうとしている俺を見ながら、ロップがボソリと聞いてきた。
「前の槍と、どっちが使いやすいでやすか」
俺に聞かれなくても良いとでもいうように小さい声だったので無視しようかとも考えたが、気づけば俺は答えていた。
「こっちかな」
「嘘でやすね」
いつだかのリナを思い出すような、キッパリとした否定の声がロップから漏れた。
驚いて、ずっと槍に注いでいた視線をロップへと移す。
「コウタは今、無理してその槍を使いこなそうとしてるでやす。リナのお嬢が作った槍を、使わないために……」
「…………」
いつものように、反射的に否定することはなかった。図星だったし、反論してもどうにもならないことは充分に学んでいたからだ。
「どうしてそう思うんだ?」
「どうしても何も……」
ロップが言葉を濁した。
「ずっと見てれば分かりやすよ、あなたが何を考えているかくらい。まだ二週間でやすけど、コウタは分かりやすいでやすからね」
何故か、照れたように笑うロップ。
しかしその目は、どこか遠くを見つめていた。
「リナのお嬢がいなくなって、寂しいんでやすよね? それを忘れるために、前の槍を使わないようにしてる」
「……そうだよ」
反論する気も湧かず、俺は頷いた。それを見て、ロップが悲しそうな顔をする。またもや彼女の感情の動きが読めなかった。
「お嬢の前だったら、絶対に否定するくせに……」
拗ねたように言ってから、ロップが思い出したように笑顔を浮かべてこちらに近寄ってきた。
「ここから先は、商人としてでなく、一人の女の子として言わせてもらうでやす」
いきなりの発言に、俺は動揺を隠せなかった。
こんなにいきなり告白シーンですか!? と、目を剥く。何故かリナの時とは違い、どう答えれば良いのか全く思いつかない。
しかし、ロップの言い放った言葉は、全然違うものだった。
「コウタ、あなたは弱いでやす」
「ご、ごめん俺は……えっ?」
突然のディスり。予想外すぎる!!
今回は流石に言い返した。
「クエストとかたくさん受けて、少しは強くなったつもりだったけどねぇ? もう少し精進するしかないのかな……」
「ふふふっ。反論も控えめでやすね? リナのお嬢と話す時とは、大違いでやす」
俺の言葉を馬鹿にするように、ロップは笑った。
確かに、リナがいなくなってから、俺はかなり冷静になっている気がする。現実にいた頃と同じ感覚だ。
「弱いってのは、そういう意味じゃないでやす。ずっと、何かから逃げてる。私と同じでやす」
「…………」
ロップの言ったことに、自覚はあった。というか、リナがいなくなってから自覚した。
だけどそれを、どうして今言われなければいけないんだろう?
「その弱さは、優しさとは似てるようで違うでやす。でも、あっしは好きでやすよ。商才をビンビン感じるでやす」
ロップが楽しそうに言ってくるけど、馬鹿にされてる気しかしない!!
胸中で叫ぶと、まるでその叫びを抱き止めるように、ロップが俺の体を抱きしめてきた。
「うわっ! なにしてるんだ!?」
「さよならのハグでやす」
「さよなら……?」
まさかロップまでどこかへ行ってしまうのか、と、俺は焦りながらロップの頭を見つめた。
するとロップはパッと体を離して、俺の考えを見透かしたように首を振る。
「別に、どこへも行きやしないでやすよ。どこかへ行ってしまうのはあなたの方でやす」
「まさか、殺人宣言!?」
殺されるのかと思って焦ったが、ロップはまた、笑って首を振った。
「リナのお嬢が今どこにいるか、突き止めたでやす」
「なんだって!?」
思わず勢いづいて叫んでしまうが、すぐに冷静になった。
「別に……行かないよ……」
「どうしてでやすか?」
「関係がないし、何よりリナは強い。俺とは違って、ずっと現実と向き合ってきたんだ。今更俺が行ったところで……」
質問に答えていると、ハァ、とロップがあからさまなため息をついた。
「……なんだよ?」
「リナのお嬢だって、普通の女の子なんでやすよ。化け物でもなければ、あなたが思ってるような超人でもないんでやす」
言いながら、ロップが黒いリュックサックから、一枚の紙を取り出した。
「これは?」
「リナのお嬢からの注文書です。人恋しかったのか、わざわざあっしに注文したんでやすよ。そんな女の子を放っておくとか、どこの鬼畜でやすか!」
ロップが、俺を叱咤激励するような口調で、そう叫んだ。
手がふらふらと、その注文書に伸びる。しかし注文書は、すぐに引っ込められてしまった。
「お客様の情報でやすからね。高くつきやすよ」
「この流れでお金とんの!?」
俺が叫ぶと、先程までの複雑そうな表情は鳴りを潜めて、ロップがニヤリと笑った。
「そりゃあ、あっしは商人でやすからね」
言いながら、ロップが紙を手渡してくる。
「ま、コウタはお得意さんでやすから。もし配達を代わってくれるなら、このお代はチャラにしやすよ」
気前の良いロップの言葉を聞きながら、俺は注文書に目を通した。
リナの今の住所や、ロップに何を注文したのかが分かる。
猫缶×10!? あいつこんなもん食ってたのか!!
「有り難うロップ。俺、行ってくる!」
思わず勢い込んで言うと、ロップは笑顔を浮かべながら、言った。
「今後とも、ご贔屓に」
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