第26話 土属性vs水属性

 俺はダンジョン賊を追いながら、戦略を考えていた。


 主な四属性の中で、水属性は最も攻撃力が高い属性だ。

 火属性は攻撃範囲に特化していて、風属性は攻撃速度に、そして土属性は防御力に特化している。


 風属性魔法なら速度で上回って相手に攻撃させないという戦法も可能だろうが、土属性魔法ではそうはいかない。

 となれば後ろからの奇襲が失敗した場合は、相手の魔力切れまで防戦を続けることになる。それはめんどいので、俺は奇襲に全神経を集中させた。


「喰らえっ! ≪隆槍グラウンドランス≫!」


 重症を負って動きが鈍っていたダンジョン賊に追い付き、俺は攻撃を仕掛けた。

 ダンジョンの壁に手をついて、《拡大魔方陣》で壁に魔方陣を展開。

 魔方陣がダンジョン賊の真横まで広がったところで魔法を発動させると、壁の一部が槍のように鋭く盛り上がり、敵へと迫った。


 ダンジョンの壁は基本は石質だが、石灰岩も風化すれば土になるし、武器になるだけの土はギリギリあった。


 土属性は鋼属性よりも防御力が低い残念性能だが、外では魔法の材料に困らないのが良いところだ。こういうダンジョン内とかだと弱いんだけど。


「≪歪装竜ハイドロライン≫!」


 しかし、さすが賞金首と言うべきか。

 横からの攻撃にも反応し、直線に走る水流で土の槍を粉砕した。


 もうね、本当に弱いんだよ、土属性。

 魔力切れ寸前の相手にも余裕でいなされてしまう。


「≪拡大魔方陣≫、≪土の壁ダートウォール≫、≪支援魔法強化≫、≪硬化≫!」


 仕方がないので防戦プランだ。俺は魔法枠を一気に四つも使い、地面から一枚の土壁を生み出して支援魔法をかけた。


 相手がそれに向かって水流を放つも、なんとか防ぎきる。土で水が防ぎきれるか不安だったが、最大限に支援魔法をかければなんとかなるようだ。やっぱ防御力だけは凄い。


「ならば、方向を変えるまで……」


 寡黙なダンジョン賊はボソリと呟くと、体をずらして壁のないところから攻撃を仕掛けようとしてきた。

 しかし俺は残りの一枠で新しい壁を作り出し、支援魔法の対象をそちらにずらすだけで対処できる。


 土を作り出す必要が少ない分、魔力も魔法枠も節約できるのが土属性の数少ない強みだ。

 魔法枠は一度使うと少しの間使えなくなるのだが、二つ目の壁で対処している内に一つめの壁を作った魔法枠を回復できる。強い。


「ハハハハハッ! 意外と強いじゃん、土属性!」


 賞金首の放つ超攻撃力も防げるなら大したものだ。

 俺は多少自信を取り戻しながら、全ての攻撃に対処仕切った。そうこうしている内に目の前の百八十度が壁で覆われ、これ以上土の壁を作る必要がなくなった……が。


「あれ……?」


 壁と壁の隙間から外側を見ると、ダンジョン賊が設置し続けていた魔方陣とそこから溢れ出る水流に、完全に囲まれていることに気がついた。

 土の壁なら崩せるが、水の柱は俺の魔法じゃどうにもできない。ダンジョン賊が今どこにいるのか、水の柱に阻まれて把握しづらくなってしまった。


「しまった・・・・・・!」


 攻撃を仕掛けた時から動いていないので後ろは壁で、逃げることも出来ない。

 俺は相手の位置が分からないのに相手は俺の位置がいくらでも分かるという、メチャクチャ不利な状況に陥ってしまった。我ながら間抜けすぎる。


「思った以上にヤバいぞ・・・・・・。こっちからの攻撃は水に阻まれるだろうけど、あっちからの攻撃はちゃんと通してくるだろうし・・・・・・あ、駄目だ死んだ」


 相変わらず諦めが早いが、仕方なかった。

 支援魔法をかけていない壁ではすぐに突破されるだろうし、相手は適当な方向からこっちを打っていれば、いつかは壁ごと俺を貫くだろう。

 

 水の柱の隙間からチラチラと相手の姿が見えるが、そんな些細な情報から完璧に相手の攻撃に対処するなど不可能だ。

 たとえ出来たとしても、相手が攻撃をしない間もこちらは勝手に防御に魔力を注がざるを得ないので、俺の魔力が先に枯渇してしまうかもしれない。


「この水、綺麗だな。純度はどれくらいですか?」


 静かに殺されるのを待つのは嫌だったので、ダンジョン賊とお話でもしようかと思った・・・・・・その時だった。

 聞こえるはずのない声が、聞こえてきたのは。


「コウタッ!」


 可愛らしいけど、鋭い一声。

 俺は、リナがスライムから助けてくれた時の安心感を思い出した。


 あの時から一ヶ月だと思うと、意外と俺、長くこの世界にいたんだな・・・・・・。


「ちっ、まだ追ってくるのか。だがもう遅い。《歪装竜》」


 リナの声に反応して、ダンジョン賊が俺への攻撃を始めるようだ。どの方向から来るかは分からないし、分かっても対処できない。

 俺は彼のことなど気にせず、魔法で土の壁を崩してリナの声がした方向を見た。


 水の柱の隙間から、焦ったようなリナの姿が見える。

 すると、こんな状況だというのに、自然と笑みがこぼれ出てきしまった。


 最後にリナを見ることが出来て良かった。リナの声が聞けて良かった・・・・・・。

 こんなに未練がなかったら、異世界の異世界に行けないかもな・・・・・・。


「・・・・・・っ! やめるニャ! ・・・・・・《擬態解除アンチカモフラージュ》!」


 しかし。


 当人の俺が諦めているというのに、リナが諦めることはなかった。聞いたことのない魔法名を叫ぶ。


 そして、俺は見た。


 リナの体から、無数の刃が肌を切り裂いて出てくるのが。

 顔も含めた全ての肌から小さな刃が突き出し、まるで獣の体毛のように、リナの体を覆い尽くすのが。

 肌を裂かれて溢れた血が、その白銀の刃を濡らしていくのが。


 俺は、リナと出会ったときの記憶が闇に沈んでいくような感覚を覚えた。


 水の柱の先にいるのは、まさしく亜人。

 猫妖精、ケットシー。

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