第21話 ダンジョン商人
「来たぁぁぁ! ダンジョンだぁぁぁ!」
ダンジョンの入り口をくぐったところで、俺は生前に出したこともないような大声で吠えた。
感情の高ぶりを抑えられなかったというのは勿論、奥から聞こえてくる冒険者たちの悲鳴を耳にいれたくなかったからという理由もあった。
なんで悲鳴が聞こえてくるんだよ、進みたくねぇ……。
「ちょっとコウタの旦那、あんまり叫ぶと魔獣に狙われちゃうでやすよ」
「う、うん……。分かった……」
ええ……。暗い中、黙って奥へと進んでいくのぉ……?
俺の思ってた楽しいダンジョン探索と違う……。いや、冷静に考えれば楽しいわけないんだけどさ……。
「では、これがご注文頂いたダンジョンスターターセットの一つ目でやす」
そう言ってロップが取り出したのは、俺とレイの分の松明だ。
リナは夜目が利くので松明は必要ないらしい。
「これが松明か……」
呟きながら、俺は松明を受け取った。
異世界ものの必需品ではないが、これもファンタジーなアイテムである。手に松明の感触があるというだけで、俺は異世界にいるんだなぁと実感できて嬉しかった。
でも松明を眺めている内に、一つの事実に思い当たる。
「あれ、松明持ってたら槍を両手で持てなくね?」
「元気を出すニャ、バックアップ専用野郎」
俺はリナに肩をポンと叩かれて慰められた。その呼び方じゃ元気出ないな……。
実はケンタウロス戦の反省を活かして槍の特訓も少しずつしていたのだが、完全に無駄になってしまった。
リナに新しく作ってもらった鋼の槍、またもや廃棄。
「ガルルルル……」
鋼の槍が床を落とした音に反応したのか、遠くから獣の呻き声が聞こえてきた。
おぉ、今回は割と早めに戦闘が始まりそうだ……!
戦闘狂のリナが俺の不注意を咎めることなく、獰猛な笑みを浮かべる。レイもつまらなそうにダンジョンの奥を見ているだけで、俺の行動に不満はなさそうだった。
「あ、お兄ちゃん!」
しかし。
ロップの反応だけは、予想だにせぬものだった。
「え、お兄ちゃん……?」
「そうでやす! 今の特徴的な呻き声、お兄ちゃんのもので間違いないでやす!」
言いながら、奥へと駆けていくロップ。
警戒しながらついていくと、そこには確かに魔獣の姿はなく、代わりに地面にうずくまる男性の姿があった。
このダンジョンはかなり空間が狭いのだが、その中でも特に狭い道を塞ぐように座っている。
男性は俺達を見るなり、バッグから回復薬を取り出して、こちらに見せつけた。
「ガルル……ルル……ガルルルル……」
そして、先程のような呻き声を上げた。
「え、この人はなんでこんなところに……?」
「なんでってそりゃあ、あっしと同じ商人でやすからね、物を売るためでやすよ。人の死ぬところに商人有り! 死地を寝床にするのが良い商人の証でやす!」
この人ダンジョンに住んでるの!?
さっきダンジョンに住みたいとか言ったけど、既に先駆者がいたのか……。
「というかこの人、人間の言葉喋れなくなってますけど……」
「そりゃあ、人よりも魔獣に会うことの方が多ければ精神も病みやすよ。商人の鑑でやす……! あっしも見習いたいでやす……!」
「見習うなよ!」
なんなんだよその商人の生き様!
こんなことになるならダンジョンに住むとか絶対ないわ。元から本気じゃなかったけど……。
「じゃ、ちゃんと紹介しやしょう。あっしの兄の、大商人ゴゾウでやす! 時にはあっしの仕入れ先にもなってくれやすので、皆さんにも無関係じゃありやせんぜ」
「ゴゾウとロップ……五臓六腑……!」
俺が呆然と呟くも、異世界では発音が違うのか誰にも理解されなかった。
ということは完全な偶然なんだろうけど、よりによって日本語で嫌な偶然が起こるものである。
さすが肉属性の使い手と言うべきか、レイだけは「五臓六腑!? おいおい何が五臓六腑なんだ!?」とめっちゃ嬉しそうに聞いてきたが。なんでそんな興奮してんだよ。
「じゃ、お兄ちゃん。早速、商品を仕入れさせていただきやすね」
言いながら、ロップは兄のバッグをゴソゴソと漁り、中からめぼしいものをいくつか取り出した。
なにかと回復薬にお世話になることの多い俺は、彼の取り扱う商品が全て良い品質であることが見ただけで分かった。
流石は大商人。確かにここから仕入れた商品なら信頼できる。
かといって商品を買うためにダンジョンまで来てられないし、これからもロップのお得意様でいるのは正解だろう。
そんなことを思いながらロップを見ていると、不意にロップが自分のポケットを漁り、中から50ゴールドの硬貨を取り出して兄へと放った。
「はい、これで取引成立でやす。今後ともご贔屓にー」
「いやいや、絶対にその商品は50ゴールドじゃ買えないだろ! 合計で5万ゴールドは下らないんじゃないか……?」
1ゴールドは日本円で大体1円くらいの価値がある。とてもじゃないが50ゴールドじゃ足りない。
「いえいえ、仕入れ値って奴でやすよ」
「え、でもこのお兄さんも小売りだよね一応……?」
「ガルルルル……ガルルルル……」
「ほら、お兄ちゃんも50ゴールドで良いって言ってやすよ」
「絶対に言ってない……!」
ロップ兄は今や、涙目でロップを見つめるばかりであった。しかしロップに一睨みされるとすぐに俯く。
兄を尊敬してるって絶対に嘘だろ!
仕入れという名の強奪が終わったところで、俺達はダンジョンの奥へと進むことになった。
この人を放置するのは良心が咎めたが、多分俺達が敗走したら道を完全に塞いで押し売りしてくるのだろうから、お互い様だろう。
そう思いながら彼に背を向けると、後ろから涙混じりの声が聞こえた。
「マイド、アリガトウゴザイマシタ……!」
本当に商人の鑑だった。
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