第20話 ダンジョンへ

 この世界の言葉は日本語と全然体系が違ったが、ドラゴンとかスライムとか魅力的な単語が並んでいるクエスト用紙を眺めている内に自然と習得してしまった。

 こういうラノベ脳だけは自分でも凄いと思う。


 そしてある朝。今日も日課のように、ギルドの壁に乱雑に貼られた用紙を読み込んでいた。


 何度討伐しても復活する、討伐方法が発見されていない竜インフェルノドラゴンの討伐(完全に倒すまで報酬ゼロ)。

 数多の人間の血と能力を取り込み最強と化した魔物、スライム・ベスの討伐(討伐報酬はスライムと同じ)。

 即死魔法の発動確率検証のため、実験体募集中(死んだらクエスト成功)。


 何度も何度も読み返し、クエスト用紙が追加される度にまた全てに目を通したが、まともなクエストが一つもない!

 どう考えてもリスクとリターンが見合ってないものばかりであった。


 即死魔法の実験体が一番実入り良さそうだな……と思い始めたところでギルドの扉が開き、見知った顔が現れた。


「相変わらず朝が早いニャア。本当に兵士に憧れていたのニャ、その割には知識がニャいけど」


 折角俺が地の文で多用しているのに、相変わらず冒険者という言葉は浸透していない。

 俺は異文化との意識のギャップに頭を痛めながら、口を開いた。


「確かに俺はずっと昔から冒険者に……兵士に憧れてたよ。周りから見てちょっと浮いてる自覚はあるけどさ。でも、一つだけ言わせてくれ」


 俺は一呼吸置いてから、ギルドの壁を睨み付けて指さす。


「俺が求めていたのはこんなんじゃない!」

「ニャー?」


 リナは間の抜けた声で疑問を表しつつ、俺の指さす方向を眺めた。

 くりくりと大きいながら鋭さも覗かせる目が、せわしなく動いてクエスト用紙を読み込んでいく。


「あー、確かにこれは酷いニャア……」

「だろう!?」


 リナが同意してくれたことに安心しつつ、俺は叫んだ。

 この世界ではこういうクエストがスタンダードなのかと思ってしまったよ。


「しかも時間割を見るに、当分は良い授業がないしな……」


 土属性魔法がいくら地味とは言え、属性魔法が一切使えないというのも問題なのでいくつかは覚えた。

 そうなると初心者向けの授業で気になるものはかなり減っていて、こうしてクエストを探していたのだ。


 ロップから巻き上げたアイテム代も少しずつ返しているので、そろそろ新しく報酬が欲しいところだったし。


「それならダンジョンにでも行くかニャ?」

「え、でもダンジョンに行くクエストなんて見当たらないけど……」

「いやいや、わざわざクエストを受ける必要はないニャ? 当たり前だけど、人類が追い詰められてる状況でダンジョンへの立ち入りを禁止する意味も余裕もないからニャ」


 マジでか!

 自由にダンジョン行けるのか!


 てっきりそういうクエストが発生するまでダンジョンには行けないもんだと思ってたから、見逃さないように毎日クエストを見てたんだけど……。

 うひゃー! 自由に行けるなら毎日でも行くよ、異世界ものの代名詞だもん! むしろダンジョンに住んでも良い!


「ダンジョンやっほうぃぃぃぃぃぃ!」

「何なのニャそのハイテンション……」


 念願のダンジョンに行けるのだから、テンションが上がらないはずがなかった。

 具体的に何が楽しみなわけでもないけど、楽しみすぎるぜダンジョン!


「じゃ、早速行こうか?」

「は?」


 俺の提案に、リナが語尾も忘れてドスをきかせる。


「装備も整えずにダンジョンへ行くとか、ただの集団自殺ニャ? 言っとくけどダンジョンってめっちゃ暗いんだからニャ? その対策をしないと一方的に殺されるだけニャ」

「えっ、嘘。早く行きたい早く行きたい!」

「ダンジョンの準備をしっかり整えようと思ったら、三日くらいはかかると思うニャ……?」


 三日後!? マジかよ……!

 ただの準備にそんなにかかるとか、そんなことがあっていいのか?


「おおっ、ダンジョンに行くんでやすか? それでしたら、ダンジョンスターターセットをお売りいたしやすよ!」


 絶望していた俺に声をかけてきたのは、いつの間にか俺の背後に回っていたロップだった。

 こいつ、金の匂いに敏感すぎか!


「えへへぇ、コウタの旦那は巻き上げたアイテムのお金も払ってくれる優しいお方でやすからねぇ。死地以外で商売ができる相手はあなただけでやすよ! いやぁ、ホント良い鴨……じゃないお得意様でやす!」

「今、めっちゃはっきりと良い鴨って言ったよな!?」


 前から思ってたけど、こいつ腹黒すぎるだろ。

 しかしまぁ、ダンジョンスターターセットなんてものがあるなら話が早い。今すぐにでもダンジョンに行けそうだ。


「よし、早速行こうか!」

「装備が整っても、二人だけじゃ心許ないニャア……。せめて1パーティー……四人は欲しいところニャ」

「そうなのか。ロップ、よろしくな」

「は!?」


 人数が必要だと言われたので、流れるようにロップをダンジョンに連れて行くことにした。

 やっぱダンジョンたるもの、女の子はたくさんいるべきだよね。


「いやいやいやいや! なんで自然にあっしが行くことになってるんでやすか! 前も言いやしたけど、あっしは戦力になりませんぜ」

「ロップ、俺はお得意様なんだよな?」

「へ? へぇ、そうでやすが」

「良い鴨じゃあ、ないんだよな? 俺は自分を鴨にするだけの商人から物を買うつもりはないんだが……」

「へぇ! お得意様の言うことならなんなりと! ダンジョンにだってついていきやす!」


 ロップのダンジョン行きが確定した。ちょろい。


 なんか俺、こいつに対してだけは凄く優位に立てるんだよな……。 


 残りの一人はレイに声をかけたらすぐに了承を得ることが出来て、あっけなく決まった。

 俺もリナもダンジョンに誘えるような知り合いが全くいないので、これは有り難い。なんだかんだ付き合い良いんだよな、この司教。


 こうしてとうとう、俺は念願のダンジョンに行けることになった。

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