第15話 包囲網突破

 作戦の概要は非常に簡単だ。包囲の一番薄い方向へ一直線に駆け抜ける、これだけである。


 しかし戦うことを選ばずこの方針に決めた理由は、いくつかあった。


「喰らえっ!」


 俺とリナは潜伏していた茂みを出るや否や、それぞれ違う方向へと合図用の閃光弾を放った。

 リナは本来の使用法通りに上へと放ち、俺は俺達を包囲しているケンタウロス達に向けて、背後へと放つ。


 戦うことを選ばず逃げることを選んだ理由の一つが、これだ。

 閃光弾はあくまで合図用のものだが、一応は目くらましとしても使える。ケンタウロスに有効である保証はなかったが、ケンタウロスは森の暗さに慣れているので効く可能性は高かった。


 とはいえ目くらましを使えば自分たちも視界不良になるため、戦闘に使うのは難しい。だから一つは逃走用の目くらましに使い、二つ目は上に放って援軍を呼ぶことにしたのだ。


 俺に出来ることが少なすぎるからこそ、自分が唯一持っていたアイテムである、合図のための閃光弾という頼りないものの存在価値に気づくことが出来た形だ。


「リナ、こっちの方向だ! 俺の手を離すなよ!」


 目くらまし作戦の問題点としては、リナは目までも猫に近い性能になってしまっているらしく、周りが強く照らされているだけで視界不良になるというところだ。


 これを打開するため先に目的の方向は決めており、しかも俺はリナに手を掴ませて移動していた。


 そしてとうとう、俺達はこの作戦の一番の山にぶつかる。目の前に見えたのは、俺達を包囲していたケンタウロスの内の一体である。


 ケンタウロスは等間隔に包囲網を敷いており、ケンタウロスの近くを通らずに包囲網を突破することは出来なかった。

 となると突破する際に問題になるのは、ケンタウロス二体の狭い間を通って逃げるのか、それともケンタウロス一体に特攻する形で逃げるのか、だ。


 これは本来なら悩ましい問題だが、俺達の決断は早かった。ケンタウロスの間を通らず、一体を正面突破することにしたのだ。

 なぜならケンタウロス二体の間を通り抜ければ目くらましが解けた後に二体から集中砲火を受けるし、それより何より、俺達は一体に特攻する形の突破に勝機を見いだしていたからだ。


「やっぱり、このケンタウロスは攻撃してこないニャ!」

「よし!!」


 行く先を阻むケンタウロスの近くに来て、リナが喜びの声を上げた。


 俺達が正面突破しようとしていたケンタウロスは、俺達の読み通り攻撃してこなかった。

 なぜなら、こいつは先ほど俺達が戦って腰を痛めつけた、瀕死のケンタウロスだからである。


 俺達が戦うのでなく逃げるのを選択した二つ目の理由がこいつだった。包囲網の一部があからさまに脆かったのだ。


「よし、これなら行ける・・・・・・!」


 閃光弾の使い方と包囲網の突き方。

 自分の考えた作戦が見事にはまって、俺はすぐにラノベ主人公としての自信を取り戻していた。


 どうやら俺は、チート特典で無双する系主人公ではなく、知力で劣勢を覆す系主人公だったようだ。

 数行分だけ悩んですぐに復活するのもラノベ主人公の特権。やはり俺はラノベ主人公だったのだ!


 俺は安心の余り満面の笑みを浮かべる・・・・・・が。


 ヒュボッ、という聞き慣れない音が、俺の喜びをすぐさまかき消した。


 俺は十秒以上喜ぶと痛い目に遭う呪いにでもかかっているのかもしれない。変な音がした直後に背中から衝撃が走り、同時に口から血を吐いた。


「ぐべぇっ・・・・・・ばぁっ・・・・・・!」


 ガハッ、みたいな格好いいうめき声すら出す余裕はなく、俺は何が何だか分からずに声にもならない声を上げる。

 しかし今がどういう状況なのかは、段々と感じられてきた背中の痛みと、腰まで流れてきた暖かい液体の感触が伝えてきてくれていた。

 どうやら俺は、背中を矢で打ち抜かれたらしい。


「なん・・・・・・で・・・・・・」

「コウタッ!」


 血と驚きの言葉を吐きながら俺が地面に膝をつくと、リナの動揺が手から伝わってきた。


 一体、何が起こったのだろう?


 目くらましの効果はまだ続いているはずなので、ケンタウロスには俺達を正確に捉えて矢を放つなんて出来ないはずなのだが。

 先ほどの作戦に致命的な穴でもあったのだろうか。


 俺は好奇心に負けて、そしておそらく頑張って前へ走ることを無意識に拒んだ結果として、後ろを振り向いてしまった。


 すぐさま、後悔した。


 振り返った先に見たのは、まだ目くらましが続いているはずのケンタウロス達が、包囲していた五体も動いていた一体も、皆がこちらに矢を向けているところだったからだ。


「・・・・・・!」


 矢を向けられたことすらないのに、目の前に自分たちを狙う弓が六つも並んでいたら本能的に恐怖を感じる。

 リナと握手したときよりも強い動悸が、俺の脳まで加熱していた。


 脳が疲れたせいなのか、俺は戦いの最中だという実感を失った。

 目の前の光景が、まるで美しい絵画のように鮮明に映る。

 絵画の中の神獣たちが、殆ど同じタイミングで、一斉に矢を放つ。


 そして矢は彼らの手を離れた瞬間に、避けようとするのも馬鹿らしいほどの速度でこっちに向かってきて、風切り音とともに視界から消えた。

 それらは全て俺やリナの傍らを通り過ぎていったようだ。

 外れたが、矢が近づいてきた恐怖だけは残り、俺の思考を余計に凍結させた。リナも未だ視界不良が続いているようで、俺の誘導を失って動けずにいる。


 そうこうしている内にケンタウロスのめくらましが解けたようで、ケンタウロス達の弓が、より正確に俺達を捉えた。

 特に姿勢が変わったわけではないが、先ほど刻まれた恐怖と、ケンタウロス達の目が教えてくれた。


 次は、当たる。


「リナッ!」


 そして俺は。

 いまいち自分が自分の体を動かしているという実感もないまま。

 ケンタウロスとリナの間に飛び出して、リナを庇うようにして背中に矢を受けた。







「・・・・・・ここは・・・・・・?」


 異世界で死んだら異世界の異世界に行けるのだろうかなんて他愛もないことを考えながら、俺はうつ伏せの状態で首だけ動かして辺りを見回す。


 目に映るのは日に照らされていない大木と草ばかり。

 そうか・・・・・・ここが、異世界の異世界か・・・・・・。


「こら、動くニャ。少しの動きで本当に死んじゃうニャ」


 俺の感慨を、特徴的な口調が阻む。

 平坦なトーンだが、焦りの要素も混ざっており、わざと動揺を押し隠しているのだと分かった。

 うつ伏せのままでリナの表情は見えないものの、心配していてくれたのかもしれない。


 リナがいるということは、俺はまだ、生きていたのか・・・・・・。

 矢を受けたタイミングで気絶して、リナがなんとかして逃がしてくれたのだろう。


「ごめん、心配かけた・・・・・・」

「謝って済む問題じゃないニャ」


 ラノベ主人公っぽく言ってみたが、俺の思ってた以上にリナは心配してくれていたらしく、不機嫌そうに言った。

 全く心配されてない可能性まで考えていたので、ちょっと嬉しい。


「喋るのもなるべく控えた方が良いニャ。言っとくけど君、今、本当に瀕死だからニャ? 分かってるニャ?」


 明るくするためか軽く言ってくるが、やはり焦りも感じる声だ。あれ、もしかして本当に俺やべえんじゃねぇのか。

 自分が今どうなってるか考えないようにしていたが、流石にそれどころじゃないと、リナに聞く。


「えーっと、何本・・・・・・刺さってる?」

「五本ニャ。喋るんじゃないニャ」


 五本・・・・・・。


 俺はお金の都合で相変わらずパジャマ姿なので、普通なら一本でも刺されば既に死んでいるはずだ。

 しかし茂みから飛び出す前に支援魔法の一つ《硬化ハードニング》を使っていたため、なんとか一命を取り留めているのだろう。


 とはいえ時間がなかったため《支援魔法強化》も発動していなかったし、何より《支援魔法強化》は自分が対象の支援魔法に効果がないらしい。だから俺が瀕死だというのは、誇張も一切なしということになる。


 リナが俺の背中に大量の液体をかけてきた。

 おそらく回復薬だろうが、道具屋を覗いたところ普通の回復薬でもかなり値段が高いため、リナもそんなに多くは持ってないはずだった。


「ごめん、こんなに回復薬使わせちゃって・・・・・・」

「私を庇って負った傷なんニャから、謝る必要ないニャ。もしあそこで庇ってくれなかったら、多分逃げられなかったしニャ」

「リナは、どうやってあいつらから逃げてきたんだ?」

「矢が刺さりまくったコウタを抱えて瀕死ケンタウロスの後ろに隠れて、視力が回復したと同時にまた《伸縮鋼鉄》ニャ。骨盤がクッソ痛いニャ・・・・・・」


 言いながら、俺に見えるように尻尾を差し出してくるリナ。

 意外と有能だな、その魔法。


「でも、なんであいつらは、目くらましを受けて俺達を狙えたんだろう・・・・・・」


 今になって気になるのは、ケンタウロスが俺達の位置を把握していた方法。

 もしかしてあいつらには、視覚以外にも敵を察知する方法があるのだろうか?

 そんな疑問は、リナが解決してくれた。


「私達に向かってきた矢は、殆どが瀕死のケンタウロスに当たってたニャ」

「なっ……じゃあまさか……!」

「私達が瀕死ケンタウロスの方向へ逃げるのを予想して、そっちを狙って打った……ってことなんだろうニャア……」


 ケンタウロスの知能の高さも驚きだが、瀕死だとはいえ自分の仲間を平気で敵を狩る道具にするやり方に、俺はやるせなさを覚えた。

 やはりそれは、陰鬱な現実世界を思い起こさせる。


「これだけ知能が高いのニャ。多分、そろそろケンタウロスに見つかる……。これ以上動かせば君が危ないし、もう・・・・・・撃退くらいしか方法が・・・・・・」


 リナがそんな、夢物語のような提案をし始めた……その時。


 すぐ近くから、ザッ! と茂みをかき分ける音がした。

 俺が気絶していたばかりに、ケンタウロスの接近を許してしまったのか!

 矢が飛んできた時のことを思い出して歯を食い縛る……が。


「あのぉ……お困りでやすか?」


 聞こえてきたのは矢の音ではなく、細々とした少女の声だった。

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