第14話 ケンタウロスが止まってくれない
「なんでだよっ!」
俺は予想外なケンタウロスの姿に、潜伏を終えた開放感もあって叫んでしまった。
ケンタウロスのビジュアル自体は、想像していたとおりのものだった。
老けすぎているとか子供だとか言うこともなく、屈強な成人男性が馬の胴体にぶっささってる形だ。しかも人間部分は西洋風のイケメン男性で、俺より普通に格好良かった。
俺が驚いたのは、その食事方法。
なんと馬が牧草を食べるために頭を地面に近づけるように、ケンタウロスの人間部分が腰を丸めて、口だけで地面に生えた草を食べていたのだ。
「なんかすごい辛そうなんだけど! 見てるこっちが悲しくなってくるんだけどぉ!」
「何を驚いてるのか分からニャいけど、さっさと攻撃を仕掛けるニャ。体を起こすまでの時間が勝負ニャ!」
リナはそう言って、背中にかけていたショートボウを構えた。潜伏のため、スライム戦で使った物より二回りほど小さい。
それにならって俺もリナに貰った鋼の槍を構えようとするが、竹の槍とは段違いな重さでまっすぐ前に構えることすら出来なかった。ごめんリナ、頑張って!
「あー、おもいわー」
「ふざけんニャアアア!」
しかし俺も不甲斐ないが、ケンタウロスはケンタウロスで不甲斐なかった。
こちらが臨戦態勢に入っていることに気づいてはいるようだが、度重なる食事で相当腰を痛めているのかなかなか起き上がろうとしない。手を使えよ、手を。
西洋風のイケメン男性が険しい顔で体を起こそうとする様はかなり哀愁漂うものがあったが、リナは容赦なく矢の先端を向けて、連続で放つ。
全て腰に命中し、これで相手は上半身を動かせなくなった。そして何故か笑顔になるリナ。
えっげつねぇ……。
でも、これでケンタウロスの攻撃手段は殆ど封じられたと見て良いだろう。
その後リナがもう一射、今度は下半身の馬に当てようとしたところで……。
「ヒヒーン!」
イケメン男性の口からまさかの馬の鳴き声が響き、ケンタウロスが俺に向かって走ってきた!
いまだに上半身は起こせないらしく、ケンタウロスはイケメン男性の首を地面に引きずりながら走っている。怖い!
「《伸縮鋼鉄(アイアンテール)》!」
思わず驚きと恐怖で硬直してしまったが、リナはケンタウロスに気圧されることもなく魔法名を叫んだ。
途端に俺の体に衝撃が走り、背中にやわらかい感触を味わいながら俺は空中へと浮かぶ。
ケンタウロスは俺の足に掠ることもなく森の奥へと駆けていった。決死の突撃が外れたので、その勢いで逃げるつもりらしい。
遠ざかった地面をポケーと眺めてから、俺は左右を見渡し状況を確認した。すると俺の顔のすぐ横に、リナの顔があった。
「ど、どうなったんだ……? 俺、浮いてる……よな?」
リナが魔法で俺を助けてくれたことだけはなんとなく分かるが、自分がどう助けられたのかがいまいち分からない。
しかしその疑問を解く前に、リナと俺はスルスルと地面へ降りていった。着地してから、やっとリナが口を開く。
「≪伸縮鋼鉄≫は、尻尾を機械化する持続魔法ニャ。さっきはこの魔法を使いながら尻尾で木にぶら下がったのニャ」
言いながら、リナが俺に背を向けて、尻尾をプラプラと揺らした。
しかしその尻尾はこれまで見ていたものとは似ても似つかない漆黒の金属で覆われ、しかも一回り二回り太くなっていた。先っぽには三本のかぎ爪のようなものがついている。
パーツとパーツの節目には空間が空いており、そこを広げたり狭めたりすることで長さを調節できるらしい。
「要するに、その鋼鉄の尻尾を最大限に伸ばして大木に突き刺して、尻尾を縮めることで俺とリナの体を空中に引き上げたってことか!?」
「そうニャ。私の尻尾はただの飾りじゃないのニャ」
リナが俺に向き直り、自慢げに目をつむって胸を張った。
「す、すげぇ! そんな魔法もあるんだ! やっとリナが数々の犠牲を払ってでも尻尾を維持していた理由が分かったよ!」
「ま、まあニャ。頑張れば一応、尻尾がなくてもこの魔法使えるけどニャ……」
俺が素直に感動して尻尾を見つめていると、リナは顔を背けながら言いづらそうにそんなことを告白した。
「もう一つ言うと、この魔法燃費悪いし、尻尾をぶっさせるような場所少ないし、何よりこの魔法で浮かぶと骨盤がめっちゃ痛くなるけどニャ……」
一つどころか三つも、リナが《伸縮鋼鉄》のデメリットを挙げていく。つ、使えねぇ魔法だ……!
一応この魔法を使う度に骨盤やら背筋やらも強化するように改良はしてあるらしいが、話を聞く限り完全に趣味の領域だった。どう考えても尻尾を有効利用したくて習得しただけだろその魔法!
俺は呆れつつも、その魔法に助けられたので無粋な突っ込みは入れずに感謝した。
「ありがとうな、尻尾」
「別に尻尾に感謝しなくて良いニャ!」
はい、そんなわけでケンタウロスさん一匹目、逃しましたー。
ケンタウロスさんがいなくなった開放感からかなり明るく話し込んでしまったが、この森林が危険なことに変わりはない。
俺たちは再び潜伏し、移動していた。とはいえ最初ほどの緊張感は流石に続かなかったようで、リナが話しかけてくる。
「さっき茂みから飛び出したときに、なんで叫んでたニャ?」
「あれやっぱりまずかった?」
いくら驚いたとはいえ、ケンタウロスへの奇襲をかけようというときに叫ぶのはやはりまずかったか。
俺はラノベ風突っ込みを練習した日々が裏目に出たことを反省しつつ、同時に誇りに思った。
「いや、茂みを飛び出した時点で気づかれたはずだから、別にまずくはないニャ。でも正直、コウタはときどき挙動不審で怖いニャ」
リナが若干の恐怖をにじませて言う。
それは突っ込みどころばかりの異世界が悪い気もするけど……まぁ異世界から来たって言っても頭を心配されるだけだろうから、素直に驚いた理由だけを述べる。
「ケンタウロスさ……ケンタウロスの食べ方がすごく意外だったから、つい……」
「ニャ、ケンタウロスの食事風景見たことないのニャ!? 薄々そうだと思ってたけど、コウタは温室育ちなのニャア……」
リナは驚いていたが、それ以上は追求せずにケンタウロスの説明をしてくれた。
「ケンタウロスは特殊な構造をしたモンスターだから、上半身には人間のような胃が、下半身には馬のような胃があるのニャ。上半身の胃は肉でも何でも消化できるけど、肉を食べると下半身の胃まで来たときに消化できなくて死んじゃうから、ああして馬の食べられそうな草しか食べられないのニャ……」
肉を食べるだけで死んじゃうって、ケンタウロスさん不憫すぎないか?
しかも胃の話とかされるとなんか神聖なイメージがどんどん失われていくんだけど。
「草しか食べられないから上半身の胃は常に食事を求めていて、一日に何十回も食事をするらしいニャ。手を使わないのは、襲われたときのために弓を両手で持ってないと反撃が遅くなるからという説や、食事が早く終わってしまうと寂しいからという説があるニャ」
どちらにしても、食事のせいであんなに大きな隙をさらすことになってたら目も当てられない。
食事をして死ぬか食事をせずに死ぬか、イートオアアライブ。映画のタイトルになってもおかしくないほど格好いい語感だが、そんな生き様は御免である。
あまりにも可哀想な魔獣だった。
「あー、でもこれでまた振り出しに戻っちゃったな……。またケンタウロス探しか」
「一匹に重傷負わせられただけでもマシ、ニャ。まぁ、とどめを刺さないと報酬は貰えニャいけど……」
リナに聞いたところ、今回のクエストは報酬が出来高のみで、クエストに参加しても一体も討伐できなければ一円も貰えないそうだ。
確かに、そうでもしなければ安全地帯にずっと隠れているだけでお金を貰おうとするやつも出てきそうだが、運悪くケンタウロスに出会えなかった人は一日中タダ働きになるわけだ。
そりゃ、こんなにシビアだったら冒険者になりたいなんて人は減るわな……と思わず遠い目になってしまう。
そして、その遠い目をした先に、西洋風のイケメン男性が見えた。
「……! いたっ、ケンタウロスだ!」
「ニャ、本当ニャ!?」
予期せぬ発見に驚きながらもリナに報告する。まさかこんなに早く二体目を見つけられるとは。
代わり映えのしない風景の中にいきなりケンタウロスの巨体を見つけると流石に怖さを感じてしまうのだが、距離はちょうど良い具合に離れておりこちらは発見されていない。
となればあとはケンタウロスが食事を始めるのを待つだけだ。俺は興奮もあり、思わず微笑んでしまう。
しかし、その微笑みは続くリナの言葉によってすぐに崩された。
「……! コウタ、まだ飛び出さないでニャ! こっちにもケンタウロスを見つけたニャ! しかも、……三体!」
「なんだって!?」
リナが報告してきた内容は、冒険者素人の俺でも絶望的だと分かるものだった。俺のミスもあったとはいえ一体すら仕留めきれなかったケンタウロスが四体もいたら、一体と戦っている内に矢で射貫かれてしまう。
なんて運の悪い……。いや待て、まさか。
俺は周囲を入念に見回して、自分の推測が合っていることを確信した。
「リナ、周囲をよく見てみろ。ケンタウロスは四体だけじゃない……。七体いる!」
「ナナッ……七体!?」
リナは俺の言葉を聞いて目を剥き、驚きで叫びそうになったところをなんとかこらえたようだ。
そして訝しげに全方位を確認して、その表情を強張らせた。
「……本当ニャ。これは……正直、どうしたらいいのかさっぱりニャ……」
冷や汗をかきながら、リナが上ずった声を出す。
「というかケンタウロスは五体だけじゃなかったのかよ!?」
「何言ってるニャ。クエスト内容がケンタウロス五体の討伐なだけで、ガル大森林には余裕で二桁いるニャ。五体だけでこの広大なジャングルを守れるわけないニャ?」
なんてこった……。
リナが言ってることは正論なので納得はするが、目的は五体の討伐だけど実際にはもっといるよってなんかの詐欺みたいだ。俺はとんだ死地に赴いてしまったらしい。
俺は思わず、スライムの攻撃を受けたときの痛みを思い出してしまった。もしあらゆる方向から飛んでくる矢に射貫かれれば痛みはあれの比じゃないだろうし、内臓をやられれば呼吸も苦しくなってしまうだろう……。
引きこもりらしく無意識に家に帰りたくなるが、するとなおさら状況がそれを許さないことを実感してしまう。
俺は今にも両手両足を使って駆け出したいとウズウズしている体を、理性でなんとか押し込めた。それは異世界にあるまじきストレスだった。
「ど、どうするんだよ。隠れ続けてケンタウロスが立ち去るのを待つか? いや、それは無理そうだな」
気を紛らわすために、リナに打開策を尋ねる。俺には尋ねても無駄だという確信があったが、ラノベ主人公ならばこんなところで立ち止まっていられない、という矜持もあった。
「そうだニャ。七体もケンタウロスが集まっている状況。これはどう考えても偶然じゃなくて……私たちが狙われてるニャ」
ケンタウロスはこの広大なジャングルの防衛を任されている。
本来なら群れで行動していたら侵入者に気づける可能性が減るため、個々にガル大森林中に散らばっている。
しかし一体が敵を見つけたら、近くにいるケンタウロスはその周辺に集まって殲滅するようにしているのだろう。その証拠に七体のケンタウロスの内、六体は動かず一体は何かを探すように動き回っている。
これは俺達のいる場所に大体のあたりをつけて包囲し、一体だけが潜伏している俺達を見つけるという魂胆なのだろう。六体は動かないので隙を見計らって逃げ出すこともできず、一体は俺達を探しているので潜伏し続けることも難しい。完璧な布陣だった。
「なんでモンスターがこんなに戦略的なんだよ……」
「そりゃ、魔王が入れ知恵したからに決まってるニャ。魔王の力でモンスターは力だけじゃなくて知能も上がってるし、そう簡単には倒せないニャ」
状況は予想以上に悪い。まさかここまでの窮地に立たされるとは思わなかった。
俺が読むようなラノベでは主人公が苦戦するところを見ることは少ないし、あったとしてもすぐに解決することが多い。だからもう俺のラノベ知識は役に立ちそうもなかった。さようなら。
「勝手に死ぬニャ。まだ何か手があるかもしれないニャ、考えるニャ」
リナの台詞が勝手に死ねなのか勝手に死ぬななのか一瞬迷ったが、続く言葉で死ぬなと言われたのだと分かった。
現実逃避なのは自分でも分かっているが、「やっぱその語尾は無理があるな」なんて関係のない方向に思考が向いてしまう。
「でも、考えるって言ったって俺に出来ることなんて何もないだろ……?」
何を言われようとも、支援魔法しか覚えてない俺に出来ることはなさそうだった。
現実世界でも無力だった俺が、こんなシビアな世界で役に立てるはずなかったのだ。現実で上手くいかない奴が異世界で上手くいくなんていう話は、チート特典ありきのものなのである。俺は今更ながら、そんな当然のことに気がつく。
「開き直ってる場合じゃないニャ! 自分の命が掛かってるのにゃ!? もっと真剣になれニャ!」
俺のネガティブな発言に、リナが小声ながらも怒気をはらんだ声で返す。俺は真剣さを欠いてるつもりはなかったのだが、リナの目にはそう映っていたのかもしれない。
「君はなんか、ピンチな時も妙に平然としてて怖いニャ! そんなに余裕なのは、何か秘策でもあるからなのかニャ?」
「いや、そんなもんないけど……」
そもそも、自分が平然としているという認識すらなかった。俺はそれなりに緊張していたつもりだったが。
「じゃあもう少し緊張感持てニャ! このままじゃ本当に死ぬのニャ!」
リナは焦りもあってかいつも以上に不機嫌だ。せめて俺は彼女にストレスを与えないようにしなければと思うも、何が問題なのかいまいち分からないのでどうしようもない。
もしかすると、命の危険を実感することが殆どない日本で暮らしていたために感覚にズレが生じているのかもしれなかった。
せめて彼女に言われたことはしようと、自分に出来ることを考えてみる。
魔法はろくに使えるものがなく、武器の槍も使いこなせているとは言えない。かといって魔法や武器の助けがなければ、自分自身には一番自信がない。とすると……。
「あっ……!」
俺は一つだけ思いついたことをリナに言い、リナも「上手くいくか分からニャいけど、それしかなさそうニャア……」と嫌そうな顔で呟いた。
ケンタウロス七体の内、動いている一体はもうすぐそばまで近づいており、もう他の案を考える時間はないのだ。
「仕方ニャい、行くニャ!」
俺達は近くに来ているケンタウロスが少しだけでも離れたタイミングを見計らい、同じ方向へ一斉に駆けだした。
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