第13話 アンラッキースケベ
部隊分けが終わるなりクエストメンバーの表情に真剣味が増し、場の緊張感が高まった。幸福を再確認していた俺の顔だけがとろけていた。
全部隊はそれぞれ違う地点に移動し、そこから森林の中に入っていく。
二人しかいない俺たちは、一番敵がいなさそうな地点から森林に侵入することになった。
敵がいなさそうということは、それだけ移動が大変で面倒くさい場所でもあるわけだが。
「というわけでコウタ。竹槍おいてけニャ」
「は?」
いざ森林へ侵入、という段になって、リナがそんなことを言った。
いやいや何言ってんだこいつ。
「竹槍置いてったら武器なくなっちゃうじゃん! というわけでって何? もしかしてリナも地の文使ったの!?」
地の文で喋って良いのはラノベ主人公だけだと思ってたけど。メインヒロインもいけるのか?
そういえば、三人称とも言えないような三人称ラノベだとたまに……。
「何を驚いてるのか分からニャいけど、冷静に考えろニャ。背中に竹槍背負った奴が、潜伏なんか出来るわけないニャ?」
あー、確かに。
え、ということは俺、今回必要なさ過ぎねぇ!?
「コウタには私の、バックアップ専用野郎になってもらうニャ」
「バックアップ専用野郎って、凄い言葉だなぁ……」
そういえば俺、武器で戦うことしか考えてなかったけど魔法も覚えたんだった。
でもなぁ。支援魔法しか使えないのが地味すぎるなぁ……。
「つーか! 俺の竹槍が駄目なら、リナのその格好も駄目だろ!」
俺はリナを指さしながら叫んだ。
部隊決めの後、リナはどこから取り出したのかいつの間にか全身鎧に身を包んでいた。
フルフェイスの鎧で、顔さえ見えない。メインヒロインとしてアウトにも程があるだろう。
「だって、虫刺され嫌だし……」
「その鎧で動いたら、絶対ガシャガシャ音が鳴るじゃん! そしたら虫じゃなくて矢に刺されるんですが!」
「大丈夫ニャ、この鎧はけっこう固いし、刺されるのはコウタだけニャ」
「大丈夫じゃなさすぎる!」
リナは渋々と鎧を脱ぎ捨て、俺は鍋のふたに続き竹の槍まで捨てる羽目になった。
森林に入ってからは潜伏経験があるリナが先行し、俺が見よう見まねで潜伏しつつリナを追った。
潜伏魔法みたいなのもあるにはあるらしいが、誰も使えないのでリナの経験に頼るしかない。やっぱり細かいところまでシビアだ。
でも……。
「潜伏魔法なんてなくて良かった、とも思うな」
「ん? なんでニャ?」
「いやだってほら、クエスト中、ずっとリナのお尻を眺められるわけだし……」
「……ッ!」
リナと俺が行っている潜伏というのは少しだけクセのある動きだが、基本的にはハイハイだった。
この大森林には大木だけでなく背の高い草や茂みも有るので、その裏に隠れるようにして四つん這いで移動している。
もちろん匍匐前進の方が見つかる確率は断然減るが、俺の体力がもたない上に素人では移動速度も劇的に落ちるので、この形をとっている。
そしてリナが俺の前を先行しているため、俺の視界いっぱいに動く度に揺れるリナの尻が映っているというわけだ。
竹槍を持ってきてたらリナの肛門にぶっささってたな。
ちなみに、尻尾が立ってると見つかってしまうので当初は俺の手に握らせる予定だったが、試したところリナが発情しかけてしまったので今は何らかの魔法で隠しているらしい。
握られただけで発情しかけるとか魔力使って隠さないと潜伏できないとか、尻尾に欠陥しか見つからないのだがそれでいいのだろうか。
「ニャア……。お尻が眺められるとか、わざわざ口に出して言わないで欲しいニャ。移動に集中できなくなるニャ……」
リナにしては珍しいことに、しおらしく非難してくる。少し顔をずらして確認したら、リナの顔は赤くなっていた。最高かよ。
アニメほど劇的に赤くなるということはそりゃないけども、やっぱ照れてる女の子は可愛いな。
ラノベならここらへんで挿絵が入るところだ。口絵にはもっと劇的なエロシーンが入ってくるだろう。そのエロシーンに立ち会えるときが楽しみで死にそうだ。
「後は……任せた……」
「な、なんで死にそうになってるニャ!? 狙撃されたのニャ!?」
リナが普通に心配してくれた。もしかすると、さっき友達が俺しかいないのを再確認したからより親身になってくれているのかもしれない。現金なやつである。
「見つけた……! あそこにケンタウロスがいるニャ」
潜伏を始めて一時間もたっただろうか。リナが急に動きを止めて、押し殺した声で俺に報告してきた。
俺は想定の五十倍くらい疲れていたため(俺の想定が甘すぎただけだが)、何も考えず無心で前へ前へと進んでおり、急には止まれなかった。
そのため、四つん這いで歩いているリナの尻に頭から突っ込んでしまう。
「な、何するニャ! ケンタウロスが近くにいるって言ってるのニャ、遊んでる場合じゃないニャ!? 地味に死地! 地味に死地ニャ!」
リナが混乱の余り、小声でよく分からない突っ込みを重ねた。
尻から顔を放すと、リナが真っ赤な顔で振り向いて「死にたいなら一人で死ねニャ!」と小声で威圧してきた。やっぱりこの世界のヒロインは照れてても辛辣だな!
はい、というわけでラッキースケベもちゃんと消化したので、言われたとおりケンタウロスさんに集中しますかね。
「いや、なんで何も言わずに流そうとしてるニャ?」
「え、今のシーンまだ続くの? 正直、ラッキースケベ制裁パンチとかは勘弁して欲しいんだけど……。前時代的だよ、それは」
エゴだよそれは。
「何言ってるか分からニャいけど、多分そういう問題じゃないニャ? 謝れニャ、普通に」
あー……。
俺が読んでるようなラノベでは、謝罪する前に殴られて倒れるパターンが多かったから失念してたわ。謝罪ね、謝罪。なるほどなー。
「でも、尻に顔突っ込むのって、ラッキースケベと言い張るには少し弱くない? せめてテンプレ通り胸をもませてもら……」
言い終わる前に、ナイフで左肩の肉を抉られた。制裁パンチじゃ済まないぜ、異世界。
ケンタウロスの近くなので悲鳴は上げなかったが、痛い。痛すぎる。でもなんか、既に痛みに慣れちゃった自分がいるわ……。
まぁリナの尻はズボン越しにも体温が感じられて正直とても興奮したので、お詫びにというかお礼にというか、謝ってやらんでもない。
「ありがとう」
「ナイフで肩を抉られて感謝しないで欲しいニャ!?」
あれ、間違えてしまった。まぁリナは怒りが一周回ってもう怒りとは別の感情に突入しているようなので、もう謝らなくても良さそうだった。というか謝ってどうにかなりそうになかった。
よし、ケンタウロスに意識を戻そう、というか逸らそう。
できれば俺たちとは違う部隊に五体とも倒して欲しかったところだが、ケンタウロスを見られること自体は素直に嬉しい。
なによりもそのファンタジー感溢れるフォルム! 異世界ものに限らず可愛い女の子モンスターものでも定番となりえるだけの、圧倒的な存在感がある魔物だ。
早く実物を見たくてリナの横を通り抜けようとするが、それはリナの手に阻まれた。
「ちょっと、何しようとしてるニャ?」
「何って、ケンタウロスさんを見ようと……」
「いやいや今不用意に見たら死ぬから。」
死ぬ……? あぁそうだった、俺とケンタウロスさんは今、敵同士だった。いつからかケンタウロスさんだけ見たら帰る気でいたわ。
潜伏のあまりのストレスで、嫌なことを全部忘れていたらしい。
そうか、憧れのケンタウロスさんを、これから殺さなければならないのか……。
「でも倒すなら倒すで、飛び出さなければできないだろ? 今飛び出しちゃ駄目なのか?」
「……それ、本気で言ってるニャ? ケンタウロスの下半身は馬なんだから、ギリギリまで近づかないとすぐに攻撃が当たらないところまで逃げられて矢で殺されるニャ」
マジかよ。
ケンタウロス一体倒すのに、ハードル高すぎるだろう。
ターン制RPGなら戦いが始まるや否や敵が目の前に突っ立ってくれるので、ケンタウロスの下半身が馬だから速いとか、考えもしなかったや。
でもそういえば、敵としてケンタウロスが出てくるゲームって少ないな……神話上の生物だからかな?
しっかし、異世界のヒロインからここまで高頻度で殺す殺されるの話が出てくると気が滅入ってくるな。
「あれ、ちょっと待て。潜伏したままこれ以上近づかなきゃいけないのか? この距離でもギリギリ感あるし、流石にそれは無理じゃない?」
これからやろうとしていることに思い至り、俺は純粋な疑問を口にする。
リナの横を通り抜けようとしたときにケンタウロスの尻尾だけ見えたが、俺たちとケンタウロスの距離は約五十メートル。
これ以上近づけば人間でも気がつくだろうし、ましてや相手はモンスター。人間以上に敏感でもおかしくはない。
潜伏経験のあるリナが先行していたお陰でここまでは気づかれていないが、これ以上はとてもじゃないけど無理だ。
「うん、確かに無理ニャ。だからここまで近づいたら、大きな隙が出来るのを待つしかないニャ。それがケンタウロスを狩る秘訣ニャ」
「大きな隙って?」
「基本的には、ケンタウロスが食事をする時ニャ。もし食事する前に移動されたらまた潜伏してケンタウロスを探す、の繰り返し」
そんな馬鹿な!
モンスターを蹴散らす爽快感がないどころか、もう単なる苦行じゃないかこのクエスト! 苦痛しかないよ! さっき抉られた左肩も痛むし!
「それはコウタが悪いニャ」
「相変わらず読心術が冴え渡ってますね……!」
ラノベ主人公たるもの突っ込みはうるさく、が信条だが、流石に自重して小声で突っ込む。潜伏接近作業をもう一回繰り返すのは嫌だ。
「でも食事って、そんなに隙になるのか?」
「そりゃそうニャ。お、早速食事しそうニャ。今回は運が良いニャ」
ケンタウロスの様子をチラチラと窺っていたリナが、嬉しそうに声音を弾ませる。
そして、リナは魔法で、俺のために鋼の槍を生成してくれた。すげぇ、そんなことまで出来るんだ!
素直に受け取る。
「まぁケンタウロスの食事頻度はもともと高いけどニャ。じゃあ、あと十秒したら同時に攻撃を仕掛けるニャ。準備は良いニャ?」
「い、良いニャ」
「語尾をパクるニャ」
しまった、つられてしまった!
そうこうしてる内に十秒なんてすぐに経つ。俺とリナは頷き合い、一斉に茂みの裏から飛び出た。
正直に言えば、なんとしてでも倒すという気概よりもケンタウロスさんとの出会いへの期待の方が勝っていた。
しかし。いや、だからこそ。そこに待っていた光景は俺にとってかなりショッキングなものだった。
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