第5話 男がスライムまみれになって誰得
弓を構えた少女は、微笑みを崩すことなく新たな矢を番え、何の気負いもなさげに放った。
鉄の矢が、俺の真後ろにいたスライムを再び深く貫く。
飛び散ったスライムの破片は、俺の首筋にビタビタとへばりついた。
絶命したとばかり思っていたが、まだ生きていたのか……!
あっぶねぇ、と俺は冷や汗をかいたが、その認識は程なくして改めることになる。
「ニャ。ニャ。ニャ。ニャ」
少女が無機質な「ニャ」を繰り返しながら、作業のように淀みなく矢を番え、放った。
俺の真後ろにいたスライムはその体積を半分以上に減らしているのに、その弓は止まらない。
しかも段々と、涼しげだった彼女の微笑みが、深みを増していた。
聞こえてくる声。
「滅びるニャ、消え去るニャ、気色の悪い面を私に見せるニャ。つーか面なんてあるのかニャおめーら。ここかニャ? ここかニャ? おい答えろっつってるニャァァァ!」
「うわやべぇぇぇぇぇ!」
スライムは三体もいるのに、一体に向けて延々と矢を放ち続ける少女。
その表情は興奮したように上気し、しかも自分の殺したスライムになんか質問している。
この一瞬で、頼れる女の子みたいな第一印象が覆されてしまった。
ただの戦闘狂じゃねぇか。
「泣けニャ! 喚けニャ! 悲鳴を上げニャァァァ!」
「スライムになんて無茶な要望を!」
スライムは喋れねぇし!
しかもつけるだけで可愛いはずの「ニャ」という語尾が、完全に少女の狂気を助長していた。
悲鳴を上げニャァァァって何だよ……!
「ふぅ、おっけーニャ。満足したニャ」
少女がホッと一息ついてから、俺の方に迫っている残った二体に手を突きだした。
そして一言。
「≪
その脈絡のない言葉は、おそらく魔法の名前だろう。
俺のラノベ勘がそう察した時には、もう残り二体のスライムが破裂していた。彼らの破片が、またもや俺に降りかかってくる。
足が痛くて少女とスライムを交互に見ているだけだった俺は、回しすぎて痛めた首を、最後に少女の方に向けた。
呆然としたような顔を向けてやる。
それに気づいた少女は、興奮したような笑顔を徐々に可愛らしいものに変えていって、語りかけてきた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ニャ。怖いスライムは私がやっつけたからニャ」
言いながら、少女が胸を張った。
でも違う。
俺が言いたいのはそういうことじゃない。
「あんたの方がよっぽど怖ぇよ!!!」
こういうことだった。
俺の真上にいるスライムで、ストレス発散するんじゃねぇ……!
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