第11話 残響

「はぁ……。避けては再生。再生したらすぐに石ころ程度の攻撃を与えて気を逸らす。聞く分には簡単そうかもしれないが、心労と疲労が半端ないな!」

『でも、言い出したのは貴方なんだから、頑張らないとね?』

「分かっているさ!――うおっ!! 掠っただけで致命傷になりかねないとかでなければ、なおよかった!」

『頑張れお兄さん。あっ、パパでもあるか』

「喧しいなっ! 自分の体を成仏させるためにも、少しは手を貸せ!」

『え~。だって、貴方が私の封印を緩めないから、これ以上の手助けは出来ないんだけどな~』


 右腕を移植された存在程度でこの戦闘力って考えると、全盛期で肉体も万全だった時の彼女はどれだけ強かったんだ?

 相性もあるかもしれないが、こんなのが戦争当時はゴロゴロしてたのかと思うと、ゾッとするな。今は平和な時代になったものだ。


「確認だが、封印を解除した途端にあの体を操って――なんてことはないよな?」

『もう体に未練はないわ。それにあんな体、私の方から願い下げよ』

「なら、盛大にやっても構わんのか?」

『ええ、ご自由に。そういうわけだからぁ……解除して?』

「首輪は外さん」

『えぇ~』

「だが、それ以外は外してやる」

『おおっ!?――さて、ジャンジャンやろうかっ!!』


 封印を完全解除したことでラヴィーナの姿が現れた。

 もちろん魔力によって作られた仮初の体ではあるが、これまでと異なり戦闘に参加できるようになった。

 封印解除の恩恵は彼女だけではない。

 俺も、封印に回していた魔力を思う存分使えるようになった。

 馬鹿にならない量を封印に回していたからな。ようやく本気が出せる。


『やる気十分みたいね。それじゃあ、初めての共同作業だし、思いっきり派手にブチかますとしましょう!!』

「……なんか、性格が変わってるな」

『久しぶりの実戦だからねっ!! 〈ラァァァァ〉!!』


 ラヴィーナが歌声を発した瞬間、眼前に五つの魔法陣が浮かんだ。

 属性は――〈破滅〉〈絶望〉〈腐敗〉〈飢餓〉〈崩壊〉

 ………は?


 放たれた魔弾にそれらの属性が付与されているようだが、触れたらどうなるのか想像がつかない。

 分かるのは、とてつもなく禍々しいということだけ。

 一つの魔法陣から六発の魔弾が放たれたが、怪物はそれらを打ち消すことなく回避を選択した。

 あの怪物でもアレは相当危険なモノという判断のようだ。


『うーん……当たってくれないかぁ』

「危険性を感じ取れる者ならあんなものに当たろうなどと考えないぞ」

『ぐぬぬっ…! 昔の魔族は馬鹿みたいに当たってくれたのに!!』


 それは考え無しの馬鹿なだけでは…?


「意気揚々と仕掛けたわりには、全弾避けられたな」

『ふっふーん! アレはそんな生易しいモノじゃないんだから!! 〈ハァァァァ〉!!』

「また歌か。何が起こっ――は?」


 新たに魔法陣を生み出したのかと思いきや、先程放たれた魔弾に干渉して変質させてみせた。

 30発の魔弾全てが、それぞれさらに7つにバラけて怪物を追撃。

 バラけた段階で属性が変化し、火・水・風・雷・土・闇・光へ。

 ただし、元の属性を持ったまま。


 そのことに気付いた怪物は一度は迎撃しようとしたものの、すぐに諦めて回避に専念した。

 一発、回避し損ねて右足に触れた瞬間、足が崩れるようにして無くなった。


「おいおいおい……まさか、あれらは事象を引き起こすのか!?」

『ん?そうだよ。そうそう、人が当たると即死だから気を付けてね♡』

「……まさに悪魔だな」

『悪魔じゃなくて、魔族!! 〈アァァァァ〉!!』


 俺と会話しつつも手は抜かない。

 バラけた魔弾が再度集束し、今度は形状を玉から槍へと変化させつつ上下左右正面から襲う。

 恐ろしいのは、先程バラけた時の属性も保有していることだ。

 ただの魔弾が8つも属性を持つなんて聞いたことがない……が。


「決定打にはまだ足りないか」

『崩壊した部分を切り落として再生させちゃうかぁ……。私には無かった能力を持ってるから厄介だねぇ』

「もはや、右腕だけ落とせば収まる、なんて甘い願望は捨てた方がよさそうだな。存在ごと消し飛ばさない限りいくらでも復活するだろう」

『それが出来たら苦労しないわよ。手足が無くなっても再生させられるから気にしてないけど、胴体にはかなり強固な障壁を何重にも張ってる。危なくなれば逃げに徹するくらいには知能もある。ああっ、もう! 面倒ね!!』


 相手になって初めて、自分の厄介さを理解したか。

 まあ、その厄介さに加えて父の研究が合わさってしまったために、面倒臭さは倍以上にまで跳ね上がっているがな!

 こんなモノを手懐けられると本気で考えていたのか?

 そうだとするなら、本物の馬鹿だぞ。


「当初の目的通り、時間稼ぎが出来ているからまだいいが、いつこの檻から出ようとするか。そして、檻から出ようとしているヤツを妨害できるかが問題だな」

『だねー。逃げながら檻を破壊しようとするでしょうね。なかなか死なないから多少の無茶も出来るし』

「俺の魔法はほぼ効かないから実質――」

『この役立たずっ!!』

「……他人に言われるとこんなにも腹が立つものなんだな! 間違っていないが」


 自分で分かっている分、余計に他人に言われると自分への情けなさと苛立ちが生まれるな。

 なんとも歯痒いことだ……。


「兄様!」

「っ! 戻って来た……か?」

「えっと……この姿に言いたいことがあるとは思いますが、今は触れないでください!!」

『ひゅ~! 大胆ね!!』


 戻って来たミルティナは、胸と腰以外露出しているという、ラヴィーナの言う通り大胆な恰好をしていた。その胸と腰を隠している炎(?)も面積が小さく、ただ隠しているだけで、とても防御力があるようには見えない。

 髪色も、いつもの蒼から赤紫へと変化していた。

 フレイにはとても見せられない姿だな。


「それで、力は手に入れられたと思っていいのか?」

「事情は後程。まずはヤツを!」


 ミルティナの体から魔力が漏れ出す。それは次第に色を帯び、炎へと変質する。

 熱くはない。炎のように見えるだけなのかもしれないが、それだけでも驚きでいっぱいだ。加えて、様々な色に変化している。

 青・赤・黄・橙・白・水と、どんどん変化していっている。


『あの炎……まさか!』

「知っているのか?」

『……昔戦ったことがあるんだけど、数多くの魔族と魔物が屠られたわ。《浄化》を司っていたはずよ』

「《浄化》……」

『天司たちの力は私達には相性が悪いのよ。その中でも、彼女の持つ炎は一番最悪だったわ。始まるわよ、一方的な虐殺が』


 ラヴィーナの言葉を受けてミルティナを見ると、言葉通りの状況が生まれていた。

 ミルティナが纏った炎を翼に変えて急接近すると、怪物は恐れ慄きながら全力で逃走。それをミルティナは余裕の表情で追撃。

 怪物は追って来るミルティナに魔弾を放つが、それらがミルティナに当たる前に周囲の炎が消してしまう。全方位から放っても同じこと。

 今のミルティナに一切の攻撃が通用しないのだ。


『アレのせいで遠距離で戦う奴等は無力と化し、接近戦を挑んだ者は灰も残らず焼き尽くされる』

「破格の力だが、人が扱えるものなのか?」

『わからない。どんな代償があるのかは使っている当人しか知らないわよ』


 魔弾の雨を減速することなく避けながら飛翔。怪物は焦っているらしく、余裕がなさそうだ。戦い方が単純であることが災いしたな。


 決着は思いのほか早く着いた。

 ミルティナの接近を許した怪物は最後の抵抗として自爆を試みようとしたが、それすらもミルティナは無効化して一突き。

 怪物は燃えながら落下している途中で灰となって完全に消滅した。

 落下している最中、虚しい歌声が響いていた。


 戻って来たミルティナはモジモジとしながらこちらにやって来た。

 結界を解くのは少し待とう。


「元の姿には戻れないのか?」

「そ、その……どうすればいいのでしょうか?」


 ……当分はこのままかもしれないな。

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