第10話 残滓

〝 これを読む者に全てを託すことを許してほしい。いや、許されないことをした私達に赦しなどあるわけがないか。それでも――ジャックが読んでいることを願うが、お前達に全てを残す。私達の罪も、研究成果も。

 お前達には特別なことも、親らしいことも、何も出来なかったが、私達はお前達を愛していたことの証明をここに残す。どう扱うかはお前達次第だ。不要だと思ったなら葬り去ってもいいし、必要なら持って行っていい。きっと、私達のしたことを全て知ってこれを読んでいることだろう。私達のしたことに怒り、恨みを抱いても仕方がない。だが、私達はただお前達を実験台にしたわけではないのだ。

 魔神に対抗する存在の創造。これは我々に課された使命であり、何よりも優先しなければならなかったのだ。それがたとえ、子供たちの人生を大きく捻じ曲げることになろうとも。これでも人の子だ。子供に重責を担わせることに頭を悩ませなかったわけではない。だがそれでも、迫る脅威に気付いた私達が、そのことから目を背けるわけにはいかなかったのだ。

 どれだけの罵詈雑言を浴びせても構わない。私達では果たせなかった役割を全うしてもらいたい。自分勝手なのはわかっているが、それでも理解してもらいたい。これは、人類の危機なのだ。このことに気付いている者はごく少数。我々しか対抗手段を生み出せる者はいないのだ。


         愛している、ジャック、ミルティナ。私達の希望の結晶たち ″

 



「懺悔の言葉など求めていない。ただ一発、殴りたい」

「……………」

「ママ、痛い痛い?」

「いいえ、違いますよ。ただ、そうですね……複雑なだけです」


 まだ気持ちの整理が出来ていないようだ。

 顔も覚えていない親の、無責任な言葉の数々に色々と思い、考えることがあるのだろう。今はそっとしておこう。


 他の手記には俺とミルティナの経過観察が書かれていた。

 二人とも実験後は問題なく成長していること。

 それから、途中に不吉な言葉が残されていた。


 “ 肉体の廃棄は慎重にしなければならない ”


 この言葉が意味するのはおそらく……


「手記にあった研究。俺とミルティナへの魂の移植実験の他にもう一つ。この先の封印された部屋にそれがあるのだろう。覚悟はいいか?」

「はい。危険な何かが封印されているのですよね?」

「実験途中で封印を施しているからどうなっているのかは分からないが――」

「嫌なモノであることだけは分かります。背筋に冷たいものが流れましたから」


 書庫の先には実験道具が並ぶ部屋があった。

 その部屋にあった扉の向こうから嫌な気配がしてくるため、警戒しながら開けるとそこには、鎖に繋がれた〈何か〉がいた。


『あれは私の遺骸ね。右腕だけみたいだけど、油断しない事ね。依り代と融合してるからどうなるかは私にも分からないわよ』

「本当に、面倒事を押し付けてくれたものだな!」


 こちらの姿を見た瞬間、〈何か〉の口が大きく裂けて雄叫びを上げた――と同時に〈何か〉の正面に突如、夥しい数の魔法陣が浮かび上がった。


「おいおい、冗談だろう?まさか、拘束具に魔力抑制の魔法陣を施していなかったのか!?」

『違うわ。私の力を見誤ったのよ』

「兄様!」

「地上へ出るぞ!!」


 言うが早いか、フレイを抱きかかえながら書庫を通り抜けて地上への階段を上り、外へと転がり出た。

 その直後に家諸共地下が爆発し、土煙が立ち昇る。あと少しでも遅かったら巻き込まれていた事だろう。


「なんていうバケモノを生み出したんだ、俺達の親は!!」

『自制がないから破壊の限りを尽くす怪物に成り果ててるわよ。さっさと倒さないとここら一帯が焦土になるからね』

「笑えんぞ! 〈隔絶せし聖域〉『五業結界』!」

「私が戦います。兄様は援護と結界の維持を!」

「任せたぞ!《韋駄天》《聖鎧》」


 結界を張る前にフレイを外へ避難させる。フレイを抱えたままではまともに戦えないからな。

 土煙が晴れるとそこにいたのは、歪な翼を背に持った、とても人とは思えないほど肌が真っ白で、顔に口以外何もないバケモノだった。

 その姿を見ただけで嫌悪感というか、怖気がこみ上げてくる。


「何か助言はないのか?戦い方とか、弱点とか」

『自分の弱点なんて知らないわよ。戦い方は……声ね』

「声?」

『私の二つ名は「魔唱姫」。それは歌声に乗せて大量に魔法陣を生み出すところから来てるの。だから、「弱点は?」って聞かれたら、喉を潰すってことになるかしら。まあ、まず無理でしょうけどね』


 バケモノが再び雄叫びを上げると、先程のさらに倍の魔法陣が空中に現れた。魔法陣が輝いて回り始めたかと思ったら、それぞれの魔法陣が歯車のように繋がり合って――六つの炎の槍を射出してきた。

 ミルティナは付与魔法のおかげ難なく回避。

 俺は飛行魔法を使って空へと退避。


「……なるほど。同時に、大量に生まれた魔法陣が発動する時、相互に作用し合ってより強力な魔術へと昇華しているのか」

『そうよ。でも、それだけじゃないわ。たとえば――ほら、今のは普通に発動してたでしょ?その場に合わせて使い方を変えられるのよ。便利でしょ?』

「一見同じ魔法陣の数々だが、ある時は強力な一個の魔法を放ち、またある時は大量に魔法を放ってくる。予測のしようがないから避ける以外に選択肢がない。魔法師殺しだな」

『へへ~ん! 少しは尊敬したかしら?』


 一見同じ魔法陣が並んでいるように見えるが、その使い方は臨機応変に対応できるようになっているようだ。数で押せる時は数で圧倒し、質を求められたときには連結させて一つの魔法へと姿を変える。厄介以外の何物でもないな。


「少しな。だが、今回は相手が悪い」

『……それはどうかしら』

「なに…?」


 魔眼を発動しているミルティナならば、魔法陣などスパスパ切り裂いて……吹き飛んだ!?なぜだ?いや、今は確認が先だ。


「大丈夫か!?」

「ええ、なんとか。兄様の鎧のおかげで負傷することは免れました。ですが……少々心が折れそうです」

『別に魔法陣を大量に展開するのに歌う必要はない。でも、私はあえて歌う。その理由は――』

「歌そのものにも魔力が込められていて、それを魔術に変化させることができるから、か?」

『御名答。歌にも力は宿るのよ。今のは、魔法陣に触れたものは爆発で吹き飛ばされるっていう魔術を発動してたみたい』

「歌を理解できなければ判別のしようもないのか――『光網陣』」


 絨毯爆撃のように次々と魔弾が降り注いできたため、急いで防御魔法を発動。

 この程度なら防げるか。


「兄様、歌を無効化する、などとということは出来ますか?」

「……難しいな。ヤツはこちらが何かを仕掛ければすぐに対抗してくるだろう。先程の爆発がいい例だ。歌を無効化すれば、すぐにでも対抗手段――具体的には俺を最優先で抹殺しようとするだろう」

「その前に私が斬り捨てます!」

「いや、さすがに無理だろう。ヤツは多対一の状況に対応できる技能を有している。ミルティナを足止めしつつ、俺を殺すことなど容易に出来るはずだ」

「それでは……」


 ミルティナの中にいるフェニックス。その遺骸もここにあるはず。

 分の悪い賭けであることには違いない。だが、この場で起死回生の切り札になりうるのはミルティナだけだ。

 ラヴィーナの力を借りても、おそらくあの魔法障壁と化す歌を突破できないだろう。何度か試したが、全ての魔法が無効化されてしまった。

 あれを突破するにはミルティナの魔眼の力に頼るしかない。


「ミルティナ。地下に行って封印されていた部屋を捜索しろ。おそらく、フェニックスの遺骸が残っているはずだ」

「ですが!」

「お前が探しに行っている間、俺達で時間を稼ぐ。この状況を打開できるのはお前だけだ。任せたぞ」

「っ! ――すぐに戻って来ます!」


 さて、ここからは死と隣り合わせの時間だ。

 一つでも仕損じれば死ぬ可能性が高い、極めて危険な闘いだ。


『私に御手伝いさせる気?』

「お前の体だ。自分の手で始末したくはないか?」

『貴方の父親が持って行った右腕よ』

「右腕?だが、あれは……」

『さっき言ったわよ。私の右腕を移植したか、何かと融合させたか。なんにしろ、あれはすでに魔物でも何でもない、ただ破壊の限りを尽くす怪物。諸共に消し飛ばすのを薦めるわ』


 それが出来たら苦労しないんだが――なっ!!


「どれだけ時間を稼げると思う?」

『そんなことを言ってられないわよっ!』


 バケモノは容赦なく上空から魔弾を撃ってくる。

 火・水・風・雷・土・光・闇。複合属性の溶岩・氷・蒸気・嵐。

 種類が多く、とても一発一発を処理している暇はない!


『結界を破壊することに専念したらこちらの負け。なんとしても、こちらに注意を向けさせ続けるわよ』

「無茶を言ってくれる!!《韋駄天》」


 最速の魔法で少しずつ攻撃を試みるが、歌に阻まれて霧散してしまう。手数を増やそうにも攻撃が激しすぎて、こちらは避けるので精一杯。

 ミルティナ、早く見つけて戻って来てくれ!!

 こちらはすでに手一杯だ!!―――うぉっ!! 魔弾が頬を掠めたぁ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る