第9話 家探し
「ここが、私達の生家ですか?」
「ああ。まさか、そのまま残っているとは思わなかったがな」
「パパとママの……家?」
「そうだぞ。といっても、ミルティナはほとんど記憶がないだろうし、俺もあまり覚えていないから、想い出などほとんどないがな」
森の中にある、木で出来た平屋の建物。
家庭菜園をしていたらしきボロボロの木の柵が傍にあるのみの、簡素な家。
周囲は草が伸び放題で、家の前は天然の柵のようになっていた。ここ数年は人が寄り付いていないことを示している。まあ、用のある人間など限られているだろうがな。
「普通の家なのですね。先日のお話から、研究室のある大きな家だとばかり」
「上は普通の民家だ」
「上は?」
「地下があるんだ。そこで研究していたらしい」
「なるほど。しかし、「らしい」というのはどういうことですか?以前にここを訪れたことがあるのでは?」
「その時は見に来ただけだ。特に何かを探して来たわけじゃない」
あの時も、こんな感じだったな。森の中にポツンとあるなんてことはない家。
記憶を頼りになんとなく訪れただけの、確認作業でしかなかった。
だが、今回は違う。
「その地下に、私達に関することが残されているはず……ということですね?」
「ああ。ジジイも言ってたから間違いないはずだ」
どんな理由で、何を求めて俺達のような存在を生み出したのか。
なぜ、俺は魔導院にいたのか。ここにその答えがあるといいのだがな。
「行きましょう」
「パパ、肩車!」
「わかったわかった。ほれっ」
「フレイ、頭をゴツンとぶつけないようにね?」
「は~い」
フレイの楽し気な鼻歌を聴きながら、いよいよ生家に足を踏み入れる。
さて、鬼が出るか、蛇が出るか。どちらも、という可能性もあるか。
まずは一階の捜索から開始。フレイが鴨居に頭をぶつけないように慎重に歩きながら、様々な場所を探す。
二十年近く無造作に放置されていたにもかかわらず、埃が被っている物はなく、蜘蛛の巣が張られている場所もまったくない。随分と年季の入った床板や梁も、まったく傷んでいる形跡がない。魔物や盗賊が住み着いてないのが不思議なほど、中の物は以前に来た時とまったく同じだった。
「兄様……」
「ああ。この家自体に魔法が使われている。家と、その中を対象にして発動している、時に干渉する魔法。まさか、そんな物を使うくらいに大事な場所だと…?」
「時に干渉するということは、大きな代償が必要なはずです。それに難度も普通の魔法とは次元が異なります。どうやって、何を供給源にしてこんな魔法を?」
「謎は深まるばかりだが、あれこれ言っても仕方あるまい。さっさと地上を探して、地下に行くぞ」
「はい」
結局、地上ではそれらしいものを見つけることは出来なかった。
あったのは昔の写真が一枚だけ。おそらく、俺と両親と三人だけの写真。フレイとミルティナは幼い頃の俺を見て興奮していたが、正直何が楽しいのやら。
地下へは床に隠し扉を発見して下りていった。
フレイはそれだけで楽しかったらしく、足をバタバタさせて喜んでいた。……子供でも、蹴られたら痛い―――んぐっ!
地下へ下りると、目の前には厳重に施錠された壁があったため、まずは手分けして下りてきた階段の周囲を探索したが、目的の物はなかった。
他に探す場所もないため、施錠された壁の前に戻って来たのだが………
「どう見てもここが怪しいが……さて、どうやって開けるか」
「魔眼で見ましたが、斬れそうにありません」
「だろうな。俺の眼でも、こじ開けるのは無理だということは分かる。かなり強力な魔法陣が張られている。斬ったそばから再生され、破壊しても同じく」
「どこかに手掛かりでもあればよいのですが……」
「いや、ちょっと待て。この魔法陣……完全ではない?一箇所だけ空欄になっている場所があるな」
「これだけ強力な魔法を発動していながら、未完成ということですか?」
「製作者の意図を感じるな……」
「兄様!?」
これを作ったのも父親であるならば、この空欄には意味があるはずだ。わざわざ高度な魔法技術で壊れない家を建てたんだ。残すつもりでいたのは間違いない。
おそらく、これは俺が触れなければならないのだろう。
壁に触れると、刻まれている魔法陣が起動して浮かび上がった。陣には三つの魔法術式と、空欄がある未完成の術式が一つ含まれていた。
魔法は、外部からのいかなる形態変化も受け付けない『不壊』、どれだけ時が経とうとも形を損なわない『維形』、術式への介入を阻害する『介拒』の三つ。
壁に触れ続けること三秒ほど経った頃、未完成の術式が回転し始め、俺の手に魔力回路を繋いできた。不快感はないが、得体の知れないものが体に侵入してくる感覚はあまり好きではない。
繋いでから十秒ほど経つと、未完成の術式の空欄に文字が刻まれ、やがて魔法陣が赤く輝き始めたかと思ったら、砕け散ってしまった。
「に、兄様…?これは大丈夫だったということですか?」
「みたいだ。見ろ、壁が左右に割れ始めた」
「秘密基地!」
「そうだな。さて、中には何が眠っているのやら」
中へ入るとそこは、様々な事柄についての書物で壁一面が埋め尽くされた書庫だった。壁は奥の扉近くまで十メートルほど続き、高さは人の三倍くらいまである。
部屋の中央にある机にはいくつか手記が残してあった。
内容は、初めのうちは研究に関する日記だった。
だが、日付が後になるほど内容は贖罪の言葉へと変わっていった。
途中、ごっそりと抜け落ちていたのは何か大きな事が起きたのかもしれないが、手記からは読み取れなかった。
最後の方は、残される者への謝罪と、親としての言葉。それから、自分では果たせなかったことを託すという言葉と、それらに関わる機密事項の数々だけが記されていた。
………怒りはない。だが当然、嬉しくなどない。自分で始めた事だ、自分の手で始末するのが筋ってものじゃないのか?息子と娘に託して、恥ずかしくなかったのだろうか?
思うことは色々ある。生れてこのかた、親からは迷惑ばかり掛けられて、良い事など一つもありはしなかった。それに加えて、死んでまで面倒事を押し付けられて。だが、このどうしようもない気持ちをぶつける相手はもういない。ミルティナにぶつけるのは御門違いだ。
「……兄様」
ああ、いいだろう。全てを片付けてやる。この不満は、目下最大の敵である魔神にでもぶつけてやろう。その後で、あんたの未熟な点を
「さっさと目的の物を探してここを離れるぞ――っ!!」
「兄様、この気配は一体…?」
「忘れ形見……とでも言うのか。嫌な予感しかしないが、放っておくわけにもいかないだろう。確認して行くぞ」
「はい。私が先導するので、フレイと後から来てください」
本当に、面倒事ばかり押し付けて逝く、はた迷惑な親だよ。
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