第8話 教団からのシシャ

「こんなぬるい連中に世界の国々は手をこまねいていたのか?」

「おい、ジジイ。何か言い返してやれ」

「まあ、ワシの手違いで招き入れてしまったからのう。耄碌もうろくしたと言われても仕方ないな」


 耄碌し過ぎだろう。どう考えても招かれざる客ではないか。

 こんなヤツは俺の仲間にもいないぞ?……たぶん。ティルがちょっと近いか?


「その御方が女神様の御子か」

「だからどうした?」

「その御方を渡せ」

「嫌だと言ったら?」

「後悔す――っ!?」

「ここではなんじゃ。ちと外で戯れるとしよう」


 一瞬か。実力はいまだ衰えずだな。

 教団の人間が一瞬で外に吹き飛ばされ、すぐに姿は見えなくなった。


「今、何をした?」

「頭の中で選んだ魔法を目で見た相手にぶつけたんだ。『魔法師と目を合わせるな』って逸話はあのジジイのせいで生まれた」

「――師匠も同じことできるよね?」

「俺はまだまだだ。発動までに時間が掛かる。それに対してジジイのは一瞬だ。あれではほとんどの人間が対応できずにやられる」

「兄様、どこへ行かれるのですか?」


 招かれざる者とジジイが出て行った壁の穴から飛び出そうとしていたら、後ろで心配そうな表情をしたミルティナに呼び止められた。

 どこって、決まっているだろう?


「ジジイの戦いを見に行く。滅多に見られないからな」

「パパ、私も!」

「うーん……待ってろ、と言っても付いてきそうだからな。わかった」

「やった!えへへ~♪」

「行ってくる。他のヤツが来るかもしれないから、油断するなよ?」

「ここは任せてさっさと行きなさい」


 ジェミニーが呆れたような表情をしながら、しっしと手を振って来た。

 さっさと行け、ということらしい。ならば遠慮なく。

 フレイを抱っこし、飛行魔法を無詠唱で展開して――飛ぶ!


 ジジイの魔力を追って来てみれば、地面と激突したまま寝ている客を、ジジイが腕を組んで空から見下ろしていた。


「おう、遅かったな。来たのは三人だけか?」

「三人…?……ああ、なるほどな」

「俺も興味があったからな。問題ないだろう?」

「ほっほっほ。何も問題ないわい。さて、そろそろ起き上がってはどうだ?」

「――なんだ、油断している隙に殺してしまおうかと思ったのに」


 見た目はほぼ瀕死の状態だった男は、何事もなかったように立ち上がった。

 あれだけの距離を吹き飛ばされて、しかも受け身もまともに取れなかったはずなのに、無傷だと…?


「パパ……」

「ああ。お前、一体いくつの魔術を体に張り付けているんだ?」

「魔術?こいつは教団の人間ではないのか?それとも、教団は魔術を使うのか?」

「俺も分からない。だから今、こいつに訊いている」

「はっ! 我々の事を何も知らないとは。無知は罪という言葉を知らないのか?ますます、女神の御子は我々が保護しなくてはならないという思いが強くなった」


 仮面で隠れた顔から漏れる狂気に、フレイが怯えて服を握りしめてくる。

 こんな奴に連れて行かせはしない。


「お前達と一緒にはいたくないとさ」

「なら問答は無用じゃな。ほれ、〈潰れろ〉」

「あがっ!?ぐぅぅぅぅ!!」

「重力を増幅して押さえつけているのか」

「ああ。しかも何百倍という、普通の人間ならばとっくに圧殺している程のな。生きているのは体に刻まれている魔術のおかげか」

「だが、あれでは生き地獄以外の何物でもないだろう」


 ギラザールの言う通りだ。

 体中の骨が砕け、臓腑が潰れても即座に再生される。再生されたそばから同じことの繰り返しだ。普通の人間ならば死んだ方がマシと思うほどの苦痛。死にたくても死ねない、不死という言葉の裏側。

 おそらく体に刻まれている魔術はそれだけではないはずだ。

 まだいくつか未確認の魔法陣が残っているのが見える。


「この、程度で……私は、死なぬ!」

「頑丈だのー。なら、もう少し強くするか」


 先程よりも少しだけ上がった頭が再び地面にめり込んだ。

 ……先程から身動き一つしなくなったが――


「バレないと思ったか?」

「?……ああ、血を魔力で動かしていたのか。暗殺にはもってこいだな」


 いつの間にか背後の地面から伸びていた血の塊が、俺目掛けて迫っていたので氷魔法で凍結させた。

 俺を刺し殺してフレイを手放したところを、攫って逃げようとでも考えていたのだろうが、魔力を通わせた物を俺が感知できないと思ったのが運の尽きだ。


「まだそんなことが出来る余裕があるか。なら――」

「いや、強めても時間の問題だろう。こいつはおそらく魔法への耐性を持っている」

「おん?……ほほう、なるほどな。再生と耐性付与の魔術による疑似的な不死を作り出しておるのか」

「おそらくな。だから、こいつ相手には短期戦でいくべきだろう」

「なら、これかのう?」


 ボソボソと呟いたかと思ったら、白い槍を握っていた。

 ただの白い槍ではなく、微かに周囲の空気が歪んでいる。

 白いから見難くて仕方ないな。


「……悪魔だな」

「悪魔じゃもん」

「何を、しようと……私は死なん!」

「なら試してみよ。『燃命の光槍』」


 投擲された槍は寸分違わず心臓を射抜いた。

 その直後、白い炎がその身を包む。

 相手が黒い服装だから分かりやすいな。


「あれは……なんだ?」

「簡単に説明すれば、命あるものの生命力を燃料にして燃える槍だ。炎が白いのもそれに由来している。あれを受けたものは急速に命を燃やされて確実に絶命するという、禁忌指定の魔法だ」

「命を燃やす?」

「術者以外の者が触れたら、たとえ一瞬の接触であっても経路が構築され、あっという間に燃焼させられる。まずは魔力。次に命だ」

「……なぜそんなものがあるんだ?」

「ジジイに訊け。この学院の禁忌指定魔法は八割あのジジイのモノだ」

「残り二割は?」

「……俺だ」


 ギラザールが呆れた目で見てくるが気にしない。出来たものはしょうがない。

 右側からも視線。フレイからも同じ視線を受けるとさすがに……こう、来るものがあるな。

 反省しなくては。良き父でなくてはならないのだから。


「…………ちとやり過ぎたかのう?」

「殺してしまったら情報を聞き出せないだろう?」

「お前達は確実に師弟だな」


 男は灰も残さず消えていた。

 貴重な教団の情報の回収も、ヤツの身体に刻まれていた魔術の解析も出来なくなってしまった。

 俺なら死なない程度に痛めつけ――いかんいかん。 

 フレイがいるのにこんな考えでは駄目だ。嫌われてしまう。




 壁の穴は修復されていたため、改めて塔を上り直して戻ってくると、ミルティナとジェミニー、クロネル以外は寛いで待っていた。

 まあ、ギスギスした空気じゃないだけマシか。


「兄様、どうでしたか?」

「このクソジジイが殺したせいで情報を聞き出せなかった」


 戻って来る途中の無言の空気に堪えられなかったのか、ジジイは今も肩を落としてしょげている。俺達、別にあれ以降責めてないのにな。


「院長、弟子たちの前だからと張り切り過ぎです。以前から申し上げていましたよね?力加減が下手なのですから、無用に魔法を使わないで下さいと。はぁ……また後で修復作業をしないといけないんですね」

「あなたも大変ね」


 クロネルが俺達の気遣いなど気にせず、ジジイに説教をし始めた。

 ふむ……以前にも同じことを何度かしてるのか。だったらキチンと反省してもらいたいものだ。フレイが真似したらどうしてくれる。

 さらにしょぼくれてるが、いい気味だ。


「それで兄様。これからどうしますか?」

「『天空』の魔女、聖国と教国、精霊等々の調査。やるべき事はたくさんある。だが、全てをやろうとすればどれだけ時間が掛かることか……」

「ふむ……。ジェミニー、クロネルよ。ジャックの特使として魔女のところへ向かってくれんか?地図は渡そう」

「魔王、俺達が聖国の戦争に加担しよう。貸しを作れば追々何かの役に立つだろう?」

「頼めるか?俺はその間に調べ物を済ませる。それが終わり次第……そうだな、聖国に向かおう」

「分かっておるのか?ここで宗教戦争に参加すれば、より大きな混沌を生みかねないということが」

「今は少しでも多くの戦力と、時間が必要だ。これからは時間との勝負。どれだけの戦力を揃え、どれだけ兵の質を上げられるかに掛かっている。負けられないのだ。負ければ今度こそ全てを失うだろう」


 俺の言葉に、全員が息を呑む。いや、正確にはバオールとギラザールの二人だけは、眉一つ動かさなかった。

 世界を救おうだなんて大層な願いは持ち合わせていない。

 だが、今の世が壊されるのは断じて許容できない。今が面白いし、フレイの成長を父親として見届ける義務もある。見過ごすことなど決してできない。


「……ワシに出来るのは、育てた者に託して見守るのみだ。すまんな」

「構わん。敵にならないだけマシだ」


 バオールははじめこそ寂しそうな顔をしていたが、今は少し晴れ晴れとした表情に変わっている。何かが吹っ切れたのかもしれないな。

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