第7話 院長
「さて、俺から語れる人間側の視点の話は以上だ。ここからは捕捉みたいなものだが、ジジイから魔神側の話でも聞くとしよう」
「語れることなどほとんどないぞ?お前が語ったことが全てだ」
「いや、まだ足りない。俺達は再び同じ相手と戦おうとしているんだ、可能な限り敵の情報は欲しい」
先程の弱々しい姿はすでになく、今は眼光鋭くジャックを睨んでいる。
力が籠っているせいか、魔力が少し漏れ出している。
「ワシにかつての仲間の情報を売れと?」
「平和な世界を求めているのなら、俺達が勝てるように手を貸すべきだ。違うか?」
「……ワシが魔神側に情報を伝えるという選択肢もあるが?」
「それはないな。あんたは情が深い。弟子は切り捨てられないし、仲間も売れない。まして、孫であるラルカを見殺しになんて出来ない」
ラルカを持ち出されては強く反対できないようで、かつての仲間への情と、孫のように可愛がっているラルカを天秤に掛けて腕を組む。
「……手助けはしよう。だが、かつての仲間の情報は売れん」
「なら、魔神の情報だけでも提供してくれないか?」
「おい、魔王!」
「最重要事項は魔神を今度こそ確実に倒すことだ。他の魔族は最悪その場で相手をする者に任せればいい。だが、魔神はそうはいかない。天変地異を起こすほどの力を持つ存在だ。奴への対策は万全を期さねばならない」
「だがな……」
「ジジイ。お前がここにいるのは魔神に肩入れする気はないということの表明だと俺は思っている。この場でヤツの情報を売って、人類に牙を向かないと証明しろ」
ジャックからの譲歩と提案に、バオールは柔和な笑みを浮かべた。それは、弟子の成長を目の当たりにしたためか。
「……変わったな。昔のお前ならば問答無用で、手段を選ばずに情報を手に入れようとしたはずだ。対話など論外だ、とな」
「ああ、否定はしない。以前の俺ならばそうしただろう。だが、俺も少しは人間らしくなったらしい。対話で済むならそれでいいと、そう思うほどにはな」
「お前の言うとおりだ。争う必要などないのだ。話し合えばいいというのに……」
「人も魔族も、自らの欲望を満たすために話し合いをせず、すぐに力で言う事を聞かせようとする。だが、相手が力に訴えてくるというのなら、俺達も力で抗うのみ。だから、俺達が勝利するためにお前の力を貸してくれ」
ジャックの真摯な言葉と真剣な目にバオールもとうとう折れたようで、深いため息を吐きながら腕組を解いた。しかし、その顔は不思議と晴れやかだったことを、当人だけはついぞ知ることはなかった。
「…………いいだろう。ワシが持つ魔神に関する情報のみという条件で、話せる限りを話そう。それをどうするかはお前達次第だ」
「十分だ。何も無いより百倍マシだ。これで勝率がゼロではなくなった」
「兄様……」
ミルティナだけでなく、その場にいるバオールとフレイ以外の全員から咎められる視線を受けても、ジャックは一切気にせず膝上で寝ているフレイの頭を撫で続けていた……のだが、ふと思い出したことがあったらしく、場の空気など気にせずバオールに質問した。
「……いや、一つだけ魔族について確認するのを忘れていた」
「なんじゃ。何も教えるつもりはないと言ったはず」
「他の魔族はお前やアイツと同程度の実力とみていいのか?」
「むっ…………同じか、いや、あやつらの方が……少し、弱い…はずじゃ」
「つまり同程度か」
「まだまだワシの方が強いわ!!……たぶん」
「なら、こいつらが相手しても問題はなさそうだな」
ジャックの意味深な発言にバオールはすぐに察しがついたらしく、頬杖を突いて呆れたように言う。
「なるほどな。お前はその間に魔神を討つつもりか」
「時間を掛けたらヤツの力で状況を一変されかねない。やるなら最短でだ」
「ふむ……ああ、情報じゃったな。ここにまとめてある。後でじっくりと読め」
「………足りないな。あんたの言葉で語ってくれないか?ヤツの強さを」
「はぁ……しばらく会わんうちに随分と傍若無人になったものだ」
「あんたは老いたな」
「この減らず口を………はぁ。ヤツはとにかく全ての魔族を越える存在。全てはヤツから始まったとも言われておる。武芸百般に通じ、魔術の祖にして世界の起源ともな。だが、誰もヤツの姿を見た者はおらん。ワシも知らん。千年前、人がヤツを封印出来たこと自体が奇跡じゃった。ある者は、百の腕持つ巨人と言い。またある者は、時を忘れて見惚れるほどの美貌の持ち主と言ったそうじゃ」
「魔族でも姿を見た者はいない…?」
魔神に関する漠然とした情報に、ミルティナの口から思わず言葉が漏れた。
「それでは探しようがないのでは?そうなると倒すことなど……」
「いや、まだ情報源があるかもしれんぞ」
「どういうことだ、ギラザール?」
「先日我々を襲った『天使』。あれを寄越した相手に訊いてみる必要があるんじゃないか?我々の知らない事を知ってるやもしれん」
ギラザールの不穏な気配と、察しがついたジャックの悪い笑みに、さすがのバオールも背中に冷たいものが走る感じがして二人を制止する。
「待て待て、そう慌てるな。お前達を襲撃した者がいるのは『教国』アスガルドじゃろう」
「なぜ居場所を知っている?」
「それは秘密。じゃが、行くなら少し慎重にならんといかんぞ」
「なぜだ?」
「今、あの国は――」
――――――
「姉上! また無茶をして……」
「仕方ないでしょ! 少しでも戦力は必要なのよ」
「でも、それで姉上が死んだら騎士団は……っ!!」
「それでも……戦わなくちゃ駄目なの。ここで退けば私達の護るべきモノを見捨てることになるんだから」
ここは聖国の大聖堂。普段は礼拝者が朝早くから夜遅くまで祈りを捧げている場所だが、今は戦争での負傷者を収容する療養所になっている。
そこに教皇と『光の乙女』がいるとあって、視線が否が応でも二人に集まるが、二人はまったく気にしない。いや、気にしている余裕などないのだ。
――――――
「――あの国は今、聖国と戦争中じゃ。神の子であるフレイを導くに相応しい教義はどちらか、それを決めるためのな」
『…………』
フレイという名を聞いて全員が、ジャックの膝上でスヤスヤと眠る少女を見る。
「くだらんな」
「兄様…?」
「そのくだらない戦争でどれだけの無駄が生まれることか」
「それが人と言うものじゃ。自らの利のために、他を排除することを厭わん。宗教はそれが顕著じゃ。よそ者は認めん。自分たちだけが正しいと思っておる」
「フレイは誰にも渡さない」
「どこへ行くつもりじゃ?」
「くだらない戦争を終わらせに行く」
「わからんか。お前達が出て行けばさらなる混沌を生み出すのみ。我々に出来ることなど何もない」
「だが……」
「これまで戦ってばかりじゃったろう?今は休め。英気を養って次の戦に備えよ。お前達の戦いはまだまだ続くのだから」
「だが、状況は把握しておきたいな。誰か、密偵はいないか?」
「ほっほ。それならちょうどよかったな。来たぞ」
ギラザールの提案にバオールが扉の方を指差す。
するとそこには、全身を黒の外套で覆い、不気味な仮面を付けた謎の人物が立っていた。それに気付いたバオールとジャック以外の面々はすぐさま戦闘態勢に移る。
「ここが魔導院か?随分と寂しい場所だな」
「おい。やはり耄碌したか?刺客をわざわざ内に入れる馬鹿がどこにいる?」
「ちと違う奴が来てしまったようじゃな。ほっほっほ」
己の失態と弟子の
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