第6話 真の魔人戦争について

「ジャック様、先程から度々出て来られたので気になっていたのですが、『真の』魔神戦争とはどういうことですか?百年近く前に起きた魔神戦争のことではないのですか?」

「そのことも当事者に語ってもらう。ただ、先に俺が大まかな流れを話しておこう。その方が理解しやすいだろうからな。千年以上前に起きた、今は忘れられた魔神戦争―――」



 この大陸の北側にある暗黒大陸。そこに突如、魔神が現れた。

 これが千年前の魔神戦争の始まり。


 第一陣は空を飛ぶ魔物で構成されていた。このとき、人間側はまともな対応が出来ずに惨敗。大陸北部は占領されて魔神側の橋頭保となってしまった。

 この事実はすぐさま大陸全土に駆け巡り、普段は対立していた国々もこの時ばかりは団結して対抗しようとした。南部の国々は先に物資を送り、次いで人員を送った。東部と西部は、北部を包囲する形で軍を派遣して魔神側の侵攻を抑えようとした。結果として言えば、人間側の実力がなかったため、東部と西部の一部まで魔神側は侵攻し、戦線は日を追うごとに拡大していった。

 北部が完全に占領されてから数か月後、突如、東部と西部で戦線を押し返したという情報が入り人間側の士気が上がった。その後、今度は劣勢になっていた中央部でも、戦線を押し返して反撃を開始した。人間側全体の士気が高揚し、少しずつではあるが戦線を押し返して北部の三割を取り戻すまでに至った。

 しかし、魔神側も手をこまねいていたわけではなかった。目まぐるしい活躍で敵なしと言われていた東部側の戦線に、万の魔物を率いる魔族を二体派遣して潰走させた。この事実は大陸全土に衝撃を与え、特に東部では士気が一気に下がり、一部では脱走兵が出た程だった。


 少し捕捉をすると、この当時は魔法がなかったため、兵器と人が戦場の主力を務めていた。ただ、大砲や投射機の射程は短かく、魔族は魔術を使ってきたため人間側は様々な面で劣っていたと言える。劣勢に立たされたのは当然の結果だった。

 そんなある時、ヨルハと同じ人間が現れた。大陸の危機に反応した精霊たちが、自身が選んだ人間に力を与えたんだ。このおかげで人間側は一時的に戦線を立て直して反撃することが出来た。だが、大きな力を得たら気が大きくなるのが人間。調子に乗って攻め過ぎて独りになったところを、包囲されて死んだらしい。他でも似たようなことが起き、先に言ったように士気が下がる結果となったわけだ。



「魔法がない人間が相手であれば、魔族なら容易く殺せるのではないか?」

「それも後で説明してもらう。俺から言えることは、当時の魔神側で魔術を満足に扱うことが出来たのは魔族のみだった。そして、その魔族は数が少ないこともあり、人間側はなんとか抵抗できていたんだ」

「互いに直接的な戦いしか方法がなかったということか」


 ギラザールよ、一瞬笑ったが想像以上に厳しい状況だから、現実を目の当りにしたら笑えないぞ?


「そういうことだ。だが、人間側は兵器があったため多少の中距離戦は出来た。だからこそ、人的被害も想像より少なく済んだ」



 精霊使い達が次々と死に、戦線が再び押され始めた時、ある戦場で天から祝福を受ける戦士が現れた。彼の活躍でその戦場の魔族を含めた魔物たちは殲滅された。この時が、人々が初めて『魔法』を手に入れた瞬間だった。人々は彼を『勇者』と讃え、彼もまた人々の期待に応えるために戦場を渡り歩いた。

 それからもいくつかの戦場で『勇者』が誕生した。火を纏って敵陣に突撃する者。山から流れる水を利用して濁流で押し流す者。雷雲を呼んで魔物を焼き殺す者。大地を裂き、魔物を地の底へと誘う者。絵画で伝えられた『天使』の如く翼を羽ばたかせ、飛ばした羽を武器へと変質させて蹂躙する者。

 様々な『勇者』が現れて戦線は再度持ち直した。前回以上に戦線を押し戻し、北の端まで追い返した。勝利を確信した空気が人間側で流れ始めた頃、東部の端の地域で抵抗していた魔族を殲滅せんと動いていた一人の『勇者』と追随した部隊は、突如その地域を襲った地殻変動によって大陸から切り離されて孤立し、抵抗していた魔族によって逆に殺されてしまった。



「――まさか」

「そのまさか。魔神の力で孤立させられた、というのが文献を記した者の見解だ」

「――その後の展開は容易に想像ができる」



 それ以降、度々大陸では地殻変動が起き、そのたびに人間側では甚大な被害が出るようになった。ある時は部隊を分断されて各個撃破されたり。またある時は、突如地面から魔族が出て来て奇襲を受けたり。

 予想もつかない場所からの奇襲と、徐々に連合軍が削られていっている事実が、人間側の士気を下げることとなった。各地での『勇者』の奮闘も、すでに人々の心を高揚させるほどの影響力はなくなっていた。戦場から離れた場所にいる一般の人々の中には、家族共々自殺する者、飲まず食わずで一心に神に祈る者、自暴自棄になって悪事を働く者など、人間たちの間では脱走兵などから伝え聞く事実に絶望する者達で溢れかえっていた。



「そこからどうやって盛り返したのですか?」

「そこまで行くともうどうしようもないってなりそう。今度は何が出てくるの?」


 今度はアゲハとヨルハが口を挿むか。

 さてはこいつら、せっかちだな?


「兄様が呆れた目をしてるので控えてください」

 


 この絶望した雰囲気を吹き飛ばしたのが、『天使』たちの降臨だった。

 『天使』たちは生き残っていた五人の勇者のもとに現れて共に戦った。天より温かな光を伴って舞い降りた『天使』の存在は戦場で戦う者達に希望を与え、三度兵士たちを奮起させた。

 『天使』は直接戦うよりも、兵士たちの支援に力を注いだ。頑丈な皮膚や鱗、外殻を持つ魔物の相手は『勇者』にしか出来なかったが、『天使』のおかげで兵士たちの中でも腕の立つ者は、一人ないし二人掛かりで倒せるようになったらしい。

 『天使』の登場によって、これまで『勇者』や精霊使いに頼り切っていた現状が打破され、魔神側の質の高さに人間側は数で対抗することが出来るようになった。それからは一進一退の攻防が二年以上も続いた。

 魔神の天変地異は連続して何度も使えるモノではなかったらしく、始めこそ一月毎に起きていた地震も半年もすれば三か月に一回や半年に一回の頻度にまで少なくなっていったこと。『天使』も常に手助けしてくれるわけではなかったことが、戦争が長引いた大きな要因だった。

 だが、二年の長期戦は『天使』と魔神を消耗させ、人間に学習の時間を与えることになった。その結果、少ない数ではあったが「魔法」を習得する者達が現れることとなり、結果的に人間側が数で押して魔神たちを大陸から追い出すことに成功。

 暗黒大陸との間には『天使』と精霊の力で次元の境界が作られることとなり、この大陸には平和が訪れた。



「これがいくつもの古文書を紐解いて得た情報だ」

「なんだ、案外『天使』とやらも薄情ではないか」

「――意外と使えなかった?」

「お主等は随分と失礼だな。お前達の祖先なのだぞ?」


 ギラザールとラルカは冷たいな。ジジイが呆れた目で見るなんて滅多にないぞ。まあ、気持ちは分からなくもないし、当時の兵士たちも同じような気持ちを抱いていたことだろう。


「兄様、少し気になる点があるのですが……」

「なんだ?」

「次元の境界を設けられたのなら、なぜ七大魔王の一人がここにいるのですか?」

「だそうだが?」

「私はいわゆる残党だよ。最後の戦闘に参加できず、帰ることも出来なかった惨めな存在だ。だから、人の事を知ろうと人間の世界に紛れ込んだ」

「では、どのような経緯でここへ?人間は貴方にとっては仇そのもの。魔王であるなら破壊の限りを尽くすのでは?」


 ミルティナはミルティナで遠慮なく訊くなぁ。それに一切言葉を取り繕うともしない。俺としてはこの迷いのなさは好感が持てるな。後で面倒なことになりそうだから絶対に口にしないが。


「……………人と共に暮らすうち、段々と恨みつらみなど消え失せ、共に生きることを選んだのじゃ。贖罪ではない。ただ、恨みを抱えて生きるのが面倒になった。それだけじゃ」


 長い沈黙の後の紡ぎ出すように出た魔王の言葉と、人間の老人らしい哀愁漂う姿に、その場にいる者は何も言えなかった。今の彼の姿を見れば、誰が魔王だと思おうか。どこにでもいるただの老人にしか見えないだろう。

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