第5話 王子・王女の秘密

「ジャック、お前たちの秘密は分かった。だが、俺達はどうなんだ?知っているなら教えてくれ」


 こちらの話が終わるまでわざわざ口を閉じていたのか。


「それは俺よりも詳しいヤツに訊くんだな」

「はぁ……ギラザール。君には魔王に準ずる魔族の魂が宿っておる。名はザウォーグ。『歩く災害』と呼ばれて忌避されていた。奴が歩けば森は破壊されて川は枯れるとまで言われておったな」

「俺は?」

「ザドウェル君も同じく魔族だ。名はアモン。二つ名は『迅雷』だったかの。とにかく光速戦闘を好む、いわゆる武人気質の芯のある性格だった」

「ちなみに、ここにいないカナタにはガリオーンという悪魔が宿っていた」

「……悪魔?魔族ではなく?」


 ミルティナが可愛らしく小首を傾げながら尋ねてくる。これは皆が疑問に思ったらしく、バオール以外の全員が俺に顔を向けていた。

 ……俺が説明しないといけないのか。


「どちらも同じだ。宗教がらみでは悪魔と呼び、一般的には魔族と呼称されているだけの違いでしかない」

「私には何が巣食っているのかしら?」

「セリナ嬢には魔王の眷属であるデューロビューという、植物を操る魔族の魂が宿っているが、その魂は弱って自我も薄いようだ。元々あまり戦闘を好まぬヤツだったが、その能力は破格だった」


 ちらりと見ると、ラクシャーナは冷めた目でジジイを見ていた。

 こいつは平常運転だな。

 全てに関心を抱かず、常に冷めた――もとい冷静な目で物事を見極めているのかもしれない。


「ラクシャーナ嬢には随分と珍しい魂が宿っているようだ。『氷の女王』と呼ばれていた氷精を統べる魔族、ゼロアビス。一部では魔王と呼ばれていたな」

「私の中にも魔王が?」

「と言っても、氷で閉ざされた山から動かなかったため、七大魔王には含まれなかったがな。私からすれば、魔王と呼んで差し支えない実力者だったよ」


 ん?一瞬こっちを見たが、魔王という点に何か思うところがあったのだろうか?

 ……ヨルハを煽るネタを手に入れた、と捉えることもできるか。


「ヨルハ嬢には……おい、ジャック」

「ああ、奇跡だ。誰にも予想出来なかったことだろう」

「えっと、ダーリン?私だけ何か悪い事が起きたの?」


 珍しくヨルハが不安そうな表情を浮かべている。

 だが、俺とジジイの心境は真逆だ。分かる者には分かる。ヨルハという存在がこの世界でどれだけ希少な存在であるかということが。

 宰相は隠し通そうとしたけれど、ギラザールたちに殺されたことでヨルハは表舞台に出て来てしまった。ギラザールたちが運命を変えたとも言えるな。


「逆だ。研究者にとってお前は喉から手が出るほど欲しい研究材料だということだ。おそらくだが、世界にお前と同じ人間は二人といないだろう」

「???」

「お前だけは他の兄姉と異なるということだ。お前には、存在するのかも分からないと言われていた、火の精霊の『血』が流れているらしい」

「はい?」

「お前は世界に望まれて生まれた、神の子であるフレイとはまた異なる、救世の英雄としての宿命を背負った存在ということだ」


 呆けた表情を浮かべているのは、自分の状況がまだちゃんと理解出来ていないからだろう。正直に言えば、俺もまだ半信半疑だ。


「私が……救世の、英雄?」

「生まれた時にはすでに精霊の血が目覚めておったのだろう。宰相が魂を封じ込めようとしたかもしれんが、逆にそれが薪となって精霊の力をより強くした結果になったと見るべきか。だから、ヨルハ嬢は他の王子・王女とは異なり軟禁生活を強いられることになったのだろう」

「精霊を扱えるのは精霊に認められた者のみ。そして、その能力は当人の力量次第で大きく変わると言われている。今のお前は兄姉たちと遜色ない実力を持っているはずだ。扱えれば、という条件が付くがな?」


 俺達の説明でもまだ納得がいってないないようだ。

 詳細な説明は追々すればいいか。今は時間を与えるべきだろう。


「兄様。精霊とは、それほどまでに強いのですか?」

「いや、精霊そのものはそこまで強くない。だが、精霊が認めて力を貸す存在の力量次第では、それこそ魔王をも凌ぐ力を手に入れられるとされている。ある史料には、真の魔神戦争を戦った人間側に精霊使いがいたとの記述があった。それだけでなく、ヨルハのように精霊の力を使う戦士もいたらしい」

「ああ。確かにそのような人間がいたのを覚えている。ナメてかかった魔族が何体も返り討ちに遭っていたな」

「それぐらい強力な反面、力を引き出せなければ使い物にならない」

「ヨルハさんはその点どうなんですか?」


 今はまだ、精霊の力の一端しか扱えてないようだ……少しの間見ていただけで頬を赤く染めてモジモジするな。ミルティナが物凄く険しい表情で睨みつけてるぞ。


「本人は自覚していないが、潜在能力が飛び抜けていることは確実だ。これまでの戦闘を見ていれば分かる。だが、まだ精霊の力を自分の物に出来ていない」

「それはこれからの努力次第だろう。お前がラルカと一緒に鍛えてやればよいではないか。得意だろう?」

「さすがの俺でも精霊は専門外だぞ。何を教えろというのだ?」

「…………一つだけ心当たりがある」

「ほう?それはどこの誰だ?」

「大陸の東、果ての岬にて居を構える『天空』の魔女なら、もしかしたら精霊のことで手を貸してくれるかもしれん」


 魔女! 果ての岬ということは、あそこを越えなくてはならないということか。

 まさか、あんな場所に住んでいたとは………いや、逆か。あそこだからこそ住むには最適だったのか。人目を気にする必要もないから。


「――師匠。彼女はそこにいるかな?」

「どうだろうな。魔女に会いに行くとは言っていたが、誰と会うかまでは言ってなかったからな。別の魔女かもしれない」

「ですが、彼女がいれば話は早いかと。彼女と面識があることを理解いただければ無用な詮索は受けずに済みますし、穏やかに対話できるかと」

「だが、結局は行くまで分からない。あまり期待はしないでおこう」




 事態は少しずつ動き始めていく。


 魔神戦争の再開を危惧して準備を始める者。

 大陸の動きを察知しているが静観する者。

 情勢を見てどう動くか考えている者。



 そして、混沌を呼び込もうとする者たち。

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