第4話 魔王

「ここだ。――院長、連れて来ました」

「入れ」


 ここも懐かしいな。何十年前に訪れて以来か。

 扉をくぐると、正面に鎮座する大きな机で書類を処理していた、長い白髭を蓄えた白髪の老人がこちらに顔を向けて来た。


「――久しぶりだな、ジャック」

「まだくたばってなかったのか、バオール」


 相変わらずの不敵な笑み。衰えてもまだまだ現役か。


「――御爺ちゃん」

「おおー。久しいな、ラルカ。修業は順調に進んで――はいないようだな」

「――師匠が教えてくれない」

「教えてもらおうとしていてはダメだ。自分で盗もうとするくらいの努力をしないとな」


 左隣で立っている弟子からは恨めし気な上目遣いで睨まれ、ジジイからは呆れた目を向けられる。右のミルティナと背後の三人からも似た目を向けられている気がするのは気のせいにしておこう。


「随分と時間がかかったな?」

「少し見学して回った。まあ、変わり映えしてなかったがな」

「さて、積もる話はまた後でな。ジャック、私に訊きたいことがあって来たのだろう?私も忙しい身だ。なるべく手短に頼む」

「そうだな。ただ、短く済むかは貴様次第だ」


 ギラザール、ザドウェル、セリナ、ルクシャーナの四人か。

 マアナはともかく、カナタは怪我が完治してないのだろう。手加減出来なかったから当然と言えば当然か。

 さて、こいつらは後回しだ。まずは確認すべきことを確認させてもらおう。


「それで、何が訊きたいのだ?」

「全てだ。今更惚けるなんてのは無しだぞ?」

「……知っているのだろう?ならば、わざわざ訊く必要などあるまい」

「全ての元凶である貴様の口から全てを語ってもらうことに意味がある」


 こちらが苛立ちを表に出すと、悲哀の眼差しを向けてきた。

 思うところがあるのかもしれないが、そんなものは知ったことではない。

 こちらは全面的に迷惑を被って来たのだからな。


「今のお前の感情は怒りか?憎しみか?」

「くだらん。どちらでもない。怒ってはいるが、それはいつまでも話し出さない貴様に対してだ。ここにいる者は全てを知る権利がある。――いや、魔女がいないか」

「……全てを知ってなんとする?私を断罪するか?」

「今、貴様がすべきことは全てを包み隠さず話すことだ。それから、断罪するか否かはここにいる者達に決めてもらう」

「兄様、それはどういうことですか?」

「それはこれからこいつの話を聞けばわかる」


 ミルティナが代弁したが、俺とジジイ以外のこの場に居合わせた者達全員が理解できていないのだろう。ギラザールも見当がついてないようだ。

 

「はぁ……全ての始まりは四十年も前になる。私はその当時、すでにこの魔導院でそこそこの地位にいた。研究していたのは魔神戦争について。始まりから終わりまで、その全てを解き明かそうとした。その時に研究を協力してくれたのがジャックの父親と、のちのガリア王国の宰相だった。彼らの協力もあり、戦争の爪痕の確認、遺留物の収集などの研究資料を集めることが出来た」

「……誰が表の話をしろと言った?」

「前置きは大事だろう?」

「それなら、先に貴様の出自を話すのが筋だろう!」

「に、兄様…?」

「なぜ、を調べる必要があったのか答えろ、七大魔王が一柱――!!」


 一瞬、虚を突かれた顔をしたが、すぐに諦めへと変わる。

 ここにきて言い逃れは出来ないと悟ったのだろう。

 他の者達は唖然としていた。

 あのクロネルでさえも、口をパクパクさせて何も言えずにいた。

 ジェミニーは驚愕で口を押えている。


「……その名を知っているのか」

「俺に時間を与えたのは貴様だ。その間に各地を転々と回って様々な事を調べた。魔法、魔術、魔族に魔物。大陸の各国のこともな。魔女についても調べたが、そちらは空振りだった。だが、遥か昔、の一部ではあるが知ることが出来た」

「知っているのはお前だけのようだな」

「誰にも話していない。だが、事は大陸全土を巻き込むほどの一大事。だから、今回貴様に確認しに来たのだ」

「……私が味方か、それとも敵か。敵であればこの場で殺そうと?」

「ああ。師ではあるが、敵であるなら殺さねばならん」

「私を殺せる実力があると?お前に?」

「今なら確実に殺せる自信がある」


 殺気を漲らせた瞬間、ジジイ以外の全員が頭を垂れる。

 立っていた者は両膝と両手を地面に付き、座っていた者は膝に両手を当ててなんとか姿勢を維持している。

 例外はフレイだけ。俺が抱えているから何も影響はない。


「……待って、ジャック。何が何だか分からないんだけど。二人で話を進めずに、順番に説明してくれないかしら?み、皆も困ってるし」

「…………はぁ、貴様が説明しろ」

「射殺さんばかりの眼光。他者を威圧する力。どこで育て方を間違えたのか」

「始まりからだ」

「それに関しては、お前達の親を恨め。彼らの妄執が君達を生み出したのだから」

「彼ら…?院長、それはどういうことですか?」


 殺気を消すと、皆が徐々に立ち上がり始める。何が起こったのか理解できた者はいないようだ。ただ、全員の身体が震えている。呼吸が浅くなってしまった弟子には悪い事をしたな。


「ジャックとミルティナの父親と、ギラザールたちを生み出したガリア王国の宰相は、共に進めていた研究の途中で研究資料を盗んで逃走した。その研究資料を用いた実験の結果……」

「俺達の身体にはもう一つの魂が宿った。いわゆる成功例というやつだ」


 俺の一言に、覚えのある者は自分の胸に手を当てていた。

 ギラザールがこちらを訝しげに見てくる。


「ジャック、お前は知っていたのか?」

「大陸中の史料を読み漁り、様々な視点から情報を整理していった結果、自分の中にいる者に見当がついた。そして、お前達と出会って俺の憶測は確信へと変わった。俺達の父親は、俺達を使って自らの研究を進めようとした。そうだろう?」

「……兄様、その目的は何ですか?」

「こいつの最終的な目的は仲間の復活。出来なくても、魂を何かに利用できないかと考えていたのだろう。対して父と宰相の目的は、魂を人の身に封じ込めて無類の力を誇る人間を生み出すことだった」


 確認の視線を送ると、重々しく頷いた。

 当人にとっては不覚を取った苦い過去なのだろう。


「ただ、二人は焦ったのだろうな。収集した魂が誰のモノか分からないままそれぞれ盗んで逃走した。逃げ延びてから気付いたのだろう、予定していたモノと違うモノを持って来てしまったことに」

「それはどういうことですか?」

「ミルティナの中にある魂は、火天使フェニックスのモノだ。だが、俺のは違う」

「それは?」

「七大魔王の一柱、魔唱姫ラヴィーナの魂だ」

『魔王!!?』


 今日一番の驚きと絶叫が部屋に響いた。

 俺の二つ名との合致は偶然か、それとも必然だったのか。

 そんなことは今ではどうでもいいことか。


「だろう?」

「ああ。偶然……本当に億分の一の奇跡が起こって彼女の魂を見つけられたのだ。旧き友ゆえなんとか蘇らせて共にあらんと思っていたが、お前の父に盗まれた。まさか、あの無謀な実験を成功させて、しかも、ラヴィーナの魂を復活させるとは思いもしなかったがな」

「既に彼女は目覚めているぞ」

「何っ!?本当か!!?」


 目の色が変わった。現状は味方と思って問題ない…か?

 まだ油断はできないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る